神奈川フィル・第9回音楽堂シリーズ

如何にも梅雨空という9日の土曜日、選曲に惹かれて桜木町の神奈川県立音楽堂に行ってきました。フレッシュな演奏とアイディア満載のプログラムが続く神奈川フィルの定期です。
愛称「神奈フィル」は従来から続くみなとみらいホールの定期に加え、最近は山下公園前の県民ホールを会場とする県民ホールシリーズ、そして今回の音楽堂シリーズと、3つの会場を巧みに使い分けながら積極的な活動を展開中。
特に今回第9回目を迎える音楽堂シリーズは、私の大好きなハイドン作品を通して取り上げていて目が離せません。

7月定期はプログラムが発表された時から聴きたかった以下のもの。

バルトーク/弦楽のためのディヴェルティメント
ハイドン/ヴァイオリン協奏曲ハ長調
     ~休憩~
ハイドン/交響曲第92番ト長調「オックスフォード」
 指揮/川瀬賢太郎
 ヴァイオリン/郷古廉
 コンサートマスター/石田泰尚

常任指揮者に川瀬賢太郎を迎えてからの神奈フィルは見違えるよう。先ずハイドンにバルトークを合せるという気の利いた選曲がそそります。このシリーズは指揮者によるプレトークが恒例で、今回は副指揮者の阿部未来が川瀬にインタヴューするというスタイルでの進行。
川瀬は学生時代、今回のバルトーク作品を最も多く指揮し、思い出の作品とのこと。思い入れの深い作品に改めて手兵と挑むところが聴き所の由。

続くハイドンのヴァイオリン協奏曲は、前年の定期で郷古とチャイコフスキーを共演した後に郷古の希望で実現した作品。“ハイドンの協奏曲を弾くなら音楽堂でやりましょう”ということで意気投合。
普通オケの定期で協奏曲を取り上げる時は、リハーサルは1日か2日。しかし今回は郷古の希望もあって3日間ミッチリ、指揮者とオケのメンバーとも一緒になってアンサンブルを磨き、彼等のハイドン像を創り上げて来たそうな。ハイドンを演奏したいという意欲と、準備に時間を充分に掛けたというだけで演奏に期待が高まります。

更にオックスフォードは、ハイドン好きの川瀬としてもトップ3、いやことによると最も好きな交響曲と言うことで、何かサプライズを考えているという話。
川瀬はこれまで同シリーズで90番、60番、45番と何れも演出が付いたシンフォニーを取り上げてきましたが、今回は真っ当な交響曲で、特に演出は無し。それでもサプライズがあるかも、と暗示していましたから、何か仕掛けがあると勘繰るのは当然でしょう。
でもオックスフォードでサプライズ、って何?

思わせ振りなプレトークが終わって最初のバルトーク。
川瀬の棒(指揮棒は使いませんが)にかかると、バルトークの弦楽作品が実に活き活きと蘇る。木質の響きを持つこのホールで聴くと、首席奏者を中心としたソロ・パートと全員の合奏がバロック協奏曲のスタイルで書かれていることが手に取るように判り、手作り感に溢れた新鮮さが増強されていきます。

バルトークと言えば、近年2つのソナタを一緒に演奏して注目を集めているのが郷古廉(すなお)。次は彼がソロを弾くハイドンということで、組み合わせも真に自然。
そして郷古登場。滅多に取り上げられないヴァイオリン協奏曲ですが、如何にもこの作品が好きで堪らない、というハイドン愛に満ちた好演。特に長めな第1楽章のカデンツァ(誰のカデンツァだろう?)ではストラディヴァリの音がキリリと締まり、改めて若きヴィルトゥオーゾの技巧に聴き惚れてしまいました。
郷古はこれまでも何度かもっと大きいホールで聴いてきましたが、音色と言いハイドン作品と言い、県民ホールはそのサイズにドンピシャリ。適材適所の名演と讃えたいと思います。

作品として面白いのは第2楽章で、冒頭はただ音階を上がっていくだけの序奏。そのあとは綿々たるヴァイオリンのソロを、オケ(と言っても弦楽アンサンブルだけ)が徹底したピチカートで伴奏して行く。この辺りはヴィヴァルディの四季・冬の第2楽章を思い出させ、バルトークのバロック・スタイルとの共通点も感じさせる憎い選曲。
主部が終わると、再び音階上昇が全員のアルコで繰り返され、ハイドンの楽しさを満喫できます。もっと頻繁に聴かれて良い、ハイドンの独創性が良く出たコンチェルト。

休憩を挟んで川瀬が溺愛するというオックスフォード。どういう仕掛けがあるかと楽しみにしていると、ファースト・ヴァイオリンのプルトの後ろに椅子と譜面台が一脚追加され、何と神奈フィルのメンバーに混じって郷古も登場。つまりソリストも合奏に参加する、というサプライズでした。
最初は気が付かない聴衆もいたようですが、やがていつもと違うメンバーが座っているのを見て、“あっ、サプライズってこれかぁ~”。

協奏曲でも活気に満ちた指揮で作品に息吹を与えた川瀬、交響曲でもアイディアと誠意に満ちた表現で独自のハイドン・ワールドを創り出し、客席を大いに盛り上げます。
例えば、冒頭の序奏部からしてルーチンな演奏とは決別。2小節目に登場するクレッシェンドには表現意欲が籠められ、9小節と10小節のヴァイオリンのフレーズは真に細やか。そして第12小節からのスタッカートが付いた刻みには抑え切れないまでのワクワク感を滲ませる。
私はこの序奏を聴いただけで、川瀬のハイドンに参ってしまいましたね。アンサンブルに加わる郷古の表情も川瀬と完全に同感している様子。

独自の解釈を加えたメヌエットのテンポ、躍動感が楽しいフィナーレとオックスフォードは飽きる間もなく終了。梅雨空の鬱陶しさを吹き飛ばすようなハイドンの快演を楽しみました。
演奏を終えてのカーテンコール。川瀬がソリストたちを指名すると、その合図に応える楽員たちにも笑顔が見られ、首席指揮者との関係が良好なことが窺われます。
最後に川瀬が最後列に座る郷古を指名すると、“エッ、俺の後ろに誰かいるのか?”とでも言わんばかりの対応。客席がドッと沸いた所でハイドン定期は幕を下ろしました。

あ~、楽しかった。

 

 

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