日本フィル・第236回横浜定期演奏会

昨夜の横浜に登場したエキサイティングな二人、久々に日本フィルが呼び込んだ新風をご紹介しましょう。第236回の日本フィル・横浜定期の曲目は、

シベリウス/交響詩「エン・サガ」
サン=サーンス/ヴァイオリン協奏曲第3番
~休憩~
チャイコフスキー/交響曲第4番
指揮/ピエターリ・インキネン
ヴァイオリン/ホアン・モンラ
コンサートマスター/江口有香

日本フィルではポッド・キャストという対談番組を放送しています。その一つ、このコンサートの紹介を聞いて、“インキネンの日本指揮者デビューを聴かねば後悔するぞ” という直感がありましたね。
19日と20日のプログラム、冒頭のシベリウス作品が違うのですが、エン・サガとフィンランディアを比較し、断然横浜にしよう。コンサートの直前になってチケットを手配したため、席は1階4列の右奥辺り。バランスは今一ですが仕方ありません。

このところ日本フィルの横浜定期は人気があり、いつも満席に近い状態ですが、今日は空席が目立っていました。完売のはずのP席にもパラパラと隙間が。会員の中には、“インキネン? 何だそれ。聞いたことないなあ。今回は止めとこう” と考えた人達がいたのでしょう。
その人達、一生後悔しますよ。こんな素晴らしいコンサートを聴き逃がすとは・・・。

オーケストラ入場。コンサートマスターも拍手もなく入場。チューニングが始まった時、花束ボーイならぬ花束オジサンがつかつかと舞台下に。どうやらコンサートマスターに数輪の薔薇を献呈したい風情。江口さん、キョトンとしながらもオジサンに手を握り締められるというハプニング。

こうして始まったコンサートですが、後は驚きの連続。オーケストラの期待通り、いやそれを大きく上回ったであろう、圧倒的な印象を残してインキネンの日本フィル・デビューが飾られました。
インキネンの来日は今回が二回目。彼はヴァイオリンの名手で、ザハル・ブロンの弟子。初来日は、先般読響で協奏曲を弾いたアンティ・シーララとのデュオとしてのものだったそうです。
指揮者としては今回が初。当然、日本のオーケストラを振るのも最初のことです。

初めての指揮者ですから、簡単に紹介しましょうか。
2008年1月からニュージーランド響の音楽監督に弱冠27歳で就任する、とありますから1980年か1981年の生まれでしょう。フィンランド出身。
背はそれほど高くありませんが、指揮台に立つと大きく見えるタイプです。指揮台にスコアを置いて指揮します。指揮棒はやや長め。若手ですから振りは大きいのですが、無駄な動作は一切ありません。極めて見やすく、的確に指示を与えていく。

事務局によると、指揮者としてのキャリアも実は長く、14歳から指揮台に立っているとか。何と27歳にして指揮暦13年という猛者なんですね。若手に有り勝ちな「舞い上がってしまう」指揮者では、ぜ~んぜんありませぬ。
コンサート終了後、楽員に伺ったところでは、リハーサルは時間一杯キッチリとやるそうですが、音楽以外のことは何も喋らない。練習の効率も良く、今回は全楽員から高い評価を獲得したそうです。インキネンも日本フィルを大いに気に入ったそうで、その様子はカーテンコールで客席にもシッカリ伝わってきました。
(日本フィルのトレードマーク、全員による答礼をインキネン自ら主導、しかも二度も行って客席からドヨメキが起きてました)

肝心の音楽。
テンポは、若手としてはゆったりしています。「遅い」のではなく「ゆったり」。それより大事なのは、音楽の構えが実に大きく、スケール感が漲っていること。最初の音から最後まで緊張感が支配しますが、ピリピリというのではなく、ゾクゾクという緊張。
作品の構成を把握する能力も只者ではありません。交響曲や協奏曲という大曲はもちろんのこと、冒頭のシベリウスのような単一楽章の作品でも、音楽的なドラマがシッカリと捉えられ、聴き手は知らず知らずの内に音楽の魅力に惹き込まれていくのでした。
その様は客席の反応で明らか。最初に登場した時は「半信半疑」の拍手だったのが、コンサートが進む毎に喝采の度が増し、最後は絶賛に変わっていくのが明確に伝わりましたから。

ソロのモンラの素晴らしさにも触れなければいけません。中国出身、パガニーニ国際コンクールの覇者。
私はこの俊英を同じ日本フィル横浜定期で聴いているのですが(パガニーニ1番)、その時はほとんど印象に残っていません。しかし今回は違います。
サン=サーンスを最初の出からグイと手元に引き寄せ、時に夢見る如く(第2楽章)、時にありったけの情熱をぶつけて(第3楽章)、見事に弾き切りました。作品のスケールを上回る名演。
指揮者とオーケストラの素晴らしい伴奏がモンラを刺激し、互いの感性を高めあった結果でもありましょう。

一旦下がった舞台裏でインキネンにアンコールを促されたとか。コンマスに了解を取って弾き始めたアンコールは、何とパガニーニのネル・コル・ピウによる変奏曲。正しい曲名は、「パイジェルロの“水車屋の娘”の“わが心うつろになりて”による変奏曲」ということになるのでしょうか。恐らくパガニーニに限らず、全ヴァイオリン文献の中で最も難しい作品。
モンラはあらゆるヴァイオリンのテクニックを駆使し、ほとんど完璧に演奏して聴衆の度肝を抜きます。悲鳴に近い歓声が挙がったのは当然でしょう。予め予定されたアンコールではなかった、というところが尚更の驚異。

チャイコフスキーの第4交響曲の素晴らしかったこと、繰り返すまでもないでしょう。先日すみだで聴いた某日本人指揮者の演奏とは雲泥の差。指揮者の実力がこうも違うものか。
オーケストラは絶好調。このコンサートに限って言えば、これは世界最高クラスのアンサンブルと断言しましょう。いや、オーケストラを本気にさせ、どこまでも純度の高いオーケストラ・サウンドを引き出して魅せた指揮者の実力こそ驚異!!!

喝采に応え、インキネンくんの日本語による挨拶。“アンコールは、シベリウスのヴァルス・トリステッス、うォ 演奏します”。その「悲しき円舞曲」の素晴らしかったこと・・・。
恐らく日本フィルではインキネンの次の客演を要請しているでしょう。海外でも引っ張りだこの彼、押さえるのは難しいかも知れませんが、是非インキネンを日本フィルの「顔」にして頂きたい。将来の日本フィル、音楽監督・ピエターリ・インキネン、首席指揮者・アレクサンドル・ラザレフという布陣になっても、私は決して驚きません。

ところでインキネンの次なる日本上陸、2009年1月の大阪フィル定期です。シベリウスと得意にしているというラウタヴァーラによるプログラム。
私は敢えて関西地区のクラシック・ファンに警告します。ピエターリ・インキネンを聴き逃がすべからず、と。

 

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2件のフィードバック

  1. まー より:

    はじめして。
    実は、来年インキネン君が大フィルと共演すると聞いたので、その前にリサーチがてら横浜公演に伺いました。
    日フィルのストリングスは、前からこんなに良かったかしらと思うほどすばらしい演奏に、往復の新幹線代もおしくないほどです。
    彼は今後有名なオケとの共演が目白押しのようで、1年後には相当メジャーになっているかもしれませんね。
    というわけで、今回日本デビューに立ち会えてちょっと自慢になるかもです。
    もちろん、来年のラウタヴァーラの「旅」日本初演聞き逃してなるものかです。では、失礼しました。

  2. メリーウイロウ より:

    まー様
    わざわざ大阪から聴きにいらしたのですね。お疲れ様でした。日本フィルのストリングスを気に入っていただけたようで、とても嬉しく思います。
    私も大フィルの定期、大いに関心があります。特にラウタヴァーラは日本初演でもありますし、発売されたばかりのCDで予習中。
    都合が付けば、是非大阪にも出掛けたいと画策しているところです。

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