読売日響・定期聴きどころ~08年5月

 5月定期の聴きどころ。読響名物となった感のある、現代物プログラムです。現代物といっても恐れてはいけませんね。むしろ楽しい演奏会として聴いてください。いよいよ下野竜也もお笑い系デビュー、ということになりましょうか。
プログラムは、発表されている順番では、最初がワーグナーの楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲、次が読響が毎年新曲を委嘱するシリーズで、今年は山根明季子のオーケストラのための「ヒトガタ」。もちろん世界初演です。
ここで休憩が入るのか、あるいはそのまま続けられるのか不明ですが、3曲目がコリリアーノのザ・マンハイム・ロケット、日本初演だそうです。そして最後は同じコリリアーノのハーメルンの笛吹き幻想曲、実態はフルート協奏曲ですね。これは日本初演と表記されていないので、既に何処かで演奏されているのでしょう。
一見して雑多なプログラムのように見えますが、実は「仕掛け」があります。その謎解きも大切な聴きどころなので、実はここで種明かしをして良いものかどうか暫く迷っていました。でもこれを書かないと聴きどころになりませんから、思い切って書いちゃいます。事前にそのようなアナウンスもありませんので、もしその積りでしたら、下野君、読売日響さん、ゴメンネ。
この謎、正解された方は抽選の上3名様を「ニュールンベルク、マンハイム、ハーメルン、ドイツ3都市巡り特別ツアー」にご招待!! とやって欲しかったなぁ。
最初からアホなことを書いてますが、定期会員の皆様、間違ってもコンサートに遅刻してはいけませんゾ。最初のワーグナーの出だし、“じゃーん、じゃーじゃじゃーん”(ドーソーソソー)を聴き逃がすことのないように。
さて聴きどころですが、スペースの関係で、コリリアーノのフルート協奏曲から始めましょう。作曲の経緯などは当日のプログラムに詳しく書かれるでしょうから、そこは簡単に。
要するにですね、名フルーティスト、ジェームス・ゴルウェイがコリリアーノに新作を委嘱したところから物語が始まります。コリリアーノはいろいろ悩んだ末、ゴールウェイがティン・ホイッスルの名手であることに注目したんです。
ティン・ホイッスルというのはペニー・ホイッスルとも言って、ブリキ製の横笛で穴が6っつあります。一種のオモチャですね。ゴルウェイの演奏会に行かれた方はご存知でしょうが、彼はアンコールなどで目をクリクリさせながらティン・ホイッスルを演奏してましたよネ。
コリリアーノはそういうシーンを思い出したのでしょう。フルート協奏曲を書くに当たって、何かストーリーがあってティン・ホイッスルも使えそうなもの。そこで直ぐに閃いたのが、ロバート・ブラウニングの詩、ハーメルンの笛吹き男の話です。この話もプログラムに載るでしょうから、そちらで確認して下さいな。
ところがこの物語は比較的単調なので、コリリアーノは自身でストーリーに手を入れます。特にフルート演奏の技巧を思う存分発揮させるため、笛吹き男(英語では piper パイパー、と言います)とネズミとの戦いの場面を創作し、ストーリーに一貫性を持たせたのだそうです。
その結果出来上がった作品の楽器編成は、
フルートのソロ、これは前述の通りティン・ホイッスルも吹きます。ティン・ホイッスルが無い場合はピッコロを使っても良いことになっています。
オーケストラはフルート3(2番奏者ピッコロ持替、3番は無くても可)、オーボエ3、クラリネット3(3番奏者Esクラリネットとバスクラリネット持替)、ファゴット3(3番奏者コントラファゴット持替)、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ、打楽器4人、ハープ、ピアノ(チェレスタも演奏)、弦5部(最低でも14/12/10/8/6、という指示あり)。打楽器は書ききれないくらい沢山ありますし、特殊なものもありますので省略。ただ、特別なものとして「紙やすり」が使われることを特記しておきましょう。
            
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作品はストーリーがあるだけでなく、演出も付いています。それも、これまでも演奏の度に様々なアイディアが加えられてきましたから、今回も新たな工夫があるかも知れませんね。演奏の度に進化する作品と言えるでしょうか。
初演は1980年のハリウッド・ボウルのオープニング・ナイト。チョン・ミョンフン指揮のロスアンジェルス・フィルで、ソロはもちろんゴルウェイでした。以来、ロンドン、プエルト・リコ、イスラエルなどで演奏されてきた結果、スコアには「照明」、「ソリスト」、「子供達」の三項目に亘って注意書きが記されています。
それらを全部紹介するわけにはいきませんが、例えば「照明」では、指揮者が登場した後、ホールとステージの照明を極力落とすこととか、第1曲の夜明けでは徐々に光度を上げ、朝の場面で光を全開にせよとか。
「ソリスト」については服装についても選択肢を指定していますし(普通の燕尾服でも、沢山の色が着いたカラフルなものでも結構、とかネ)、最初はステージに立たず、舞台裏(又は客席)から登場せよ、とか。
「子供達」についても、三つのグループに分かれてフルートを吹かせたり、演技や行動についての指示も細かく書かれています。楽しそうな表情で、いつもソリストを見つめて、演奏を始めたら最後まで音楽に合わせてリアクションするようにとか。最後はホールから退場していかなければなりませんしね。
という具合でフルート協奏曲を聴く、というより、登場人物たちのパフォーマンスを楽しむという感じになるかもしれません。ただし、フルートのソロはメチャクチャ難しいですよ。遊び半分じゃ演奏できません。
全体は7つの部分に分けられ、それがストーリーに則った流れになっています。その7部とは、
1.「夜明けとパイパーの歌」 最初は夜。オーケストラだけで「夜明け」が描かれます。特にオーボエからトランペットに受け継がれるファの音が太陽。パイパーが何処からとも無く現われ、「パイパーの歌」を吹きます。8分の6によるシシリアーノ風の美しいメロディー、その後何度もライトモチーフのように使われますから、シッカリ耳に留めておきましょう。
2.「ネズミ」 様々な楽器の特殊奏法によってネズミの走り回る様子が描かれます。誰でも聴けば「それ」と解る音楽。ここではソロはお休み。
3.「ネズミとの戦い」 コリリアーノが創作した場面ですね。フルート・ソロが登場し、ネズミと激しく戦う技巧的にも聴かせどころ。タンギングや目まぐるしいパッセージに注目。「ヒステリックなくらい速く」などと言う厳しい指示も。最後はオーケストラの巨大なグリッサンド。
4.「戦争のカデンツァ」 文字通りフルート・ソロのカデンツァです。途中からネズミが顔を出し、ひっかくような音は紙やすりが「演奏」します。次第にネズミが優勢になり、パイパー危うし!
5.「パイパーの勝利」 危機一髪でパイパーは「パイパーの歌」を吹きます。この笛にネズミどもはうっとりし、金縛りにあってしまうのです。パイパーの勝利とネズミの消滅。
6.「市民のコラール」 町の大人たちが遠くからやってきます。金管楽器のコラールが次第に大きくなり、パイパーの笛を邪魔します。フルート・ソロの必死の吹奏と、それを妨害するような指揮者とオーケストラの駆け引き、視覚的にも面白そうですね。ぶち切れたパイパーは、高音のタンギングで市民たちが打ち鳴らす太鼓の音を真似して聴かせます。
7.「子供達の行進」 パイパーは遂にフルートを放棄し、ティン・ホイッスルを取り出して行進曲を始めます。市民のコラールも負けじとやり返しますが、行進が次第に勝っていきます。これに呼応するように、客席で待機していた子供達が、行進曲に合わせてだんだんその数を増していきます。子供達のフルートにはドラム奏者たちも伴っています。子供達の三部隊がステージに向かって進撃、舞台に上がって市民のコラールを圧倒、遂に市民たちは舞台を追われます。
遠ざかる行進曲と同時に鳴らされているオーケストラの美しいメロディー(ホルンと弦楽合奏)を聴き損なわないように・・・。
最後はパイパーと鼓笛隊の子供達も舞台を去り、オーケストラが静かに冒頭の夜を再現しつつ、全曲を閉じるのです。
以上がハーメルンの笛吹き幻想曲の概要です。スコアには「ト書き」がビッシリ書き込まれていますし、指揮者に対する「演奏法」も至る所に登場します。楽器の特殊奏法、小節数で区切られないテンポ指示等々。
しかしここには所謂「ゲンダイオンガク」の難しさはありません。パイパーの歌、市民のコラール、子供達の行進などはどれもメロディックな音楽ですし、コリリアーノの奇想天外なフルート協奏曲を見て、聴いて楽しむことこそ聴きどころ。ここには肩肘張ったクラシックは存在しないのです。

 

引き続きコリリアーノで、ザ・マンハイム・ロケット。この作品はスコアが市販されておらず、現在のところ貸譜のみです。従ってスコアを見ていませんので、CDで聴いた印象と、出版社・シャーマーのホームページに掲載されているプログラム・ノートだけで聴きどころを書きます。より詳しい内容は当日のプログラム誌を読んで下さいね。
今回が日本初演の由。楽器編成は、そのホームページに従えば、
フルート3(3番奏者ピッコロ持替)、オーボエ3、クラリネット3(3番奏者バスクラリネット持替)、ファゴット3(3番奏者コントラファゴット持替)、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ、打楽器4人、ハープ、ピアノ、弦5部。打楽器の詳細は判りませんが、音だけ聴いた限りでは、かなり特殊なモノが使われているようです。
タイトルのマンハイムから想像できるように、これは音楽史上「マンハイム楽派」と呼ばれる音楽用語に対するコリリアーノの個人的な発想が元になっているようです。マンハイム楽派と言えば、独特のクレッシェンドが有名で、そのまま「ロケット」というイメージに繋がるでしょう。
作品は11分ほどの短いもの。正にロケットが徐々に上昇していく様子を描いています。同じような趣向にオネゲルのパシフィック231というのがありますが、正に描写音楽。特にストーリーなど知らなくとも、聴いて楽しめばよいのじゃないでしょうかね。
ただロケットは打ち上げられた以上、落下してくるのが当然の成り行きですから、この曲もそのように書かれています。
冒頭、マッチを擦る音で始まります。二度三度、シュッという音が聞こえますが、何の楽器をどのようにして出しているのか、舞台を注視しておきましょうか。
火が導火線に点火し、モーターが次第に回転してくる。この辺の描写はそのまんまです。
マンハイム楽派に敬意を表するように、ヨハン・アントン・ヴェンツェル・シュターミッツ (1717-1757) のシンフォニア変ホ調(ラ・メロディア・ゲルマニカ第3番)が引用されるのだそうですが、私は原曲を知らないのでサッパリ。ただ、それらしきメロディーが聴こえてきます。
次第にロケットが上昇していく過程で、「ワルキューレの騎行」の引用と思われる節がチラリ。ドイツ音楽200年が駆け足のように描かれます。
曲が発射してから5分位、ガラスの割れる音とドラが盛大に響いて、音楽は天体の静けさに突入します。宇宙を漂う様々な音楽破片。
しかし7分半を経過した辺りから、ロケットは下降を開始します。遂に地上に激突する寸前、ワーグナーがクラッシュを止めようと立ちはだかります。ここで登場するのが、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕前奏曲の頭、、“じゃーん、じゃーじゃじゃーん”(ドーソーソソー) なんでありますな。三回出てきます。
正にここ、何故このコンサートの冒頭にワーグナーが置かれていたのかの答。この聴きどころを読まないで正解した人、ぱちぱちぱちぃ~。
8分半、遂にロケットは陸地(terra firma)に激突します。思わず目を背けてしまう音楽。全てが灰に帰し、静寂がホールを包みますが、最後の1分、再びオーケストラはクレッシェンドを開始し、マンハイム・ロケットは賑々しく任務を終了するのであります。チャン、チャン。
さて冒頭のワーグナー、改めて聴きどころを書く必要もないでしょう。私個人としては、大昔に日本フィルの定期でマルケヴィッチの指揮でナマ初体験。終了後、スコアの冒頭ページにマエストロのサインを頂いた懐かしの名曲です。“じゃーん、じゃーじゃじゃーん”。

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最後にもう1曲、山根明季子の新作については、まだ出来上がっていない作品ですから手も足も出ません。ただ彼女の作品については、去年の芥川作曲賞にノミネートされた「水玉コレクション」を選考演奏会で聴いたことがあります。なかなかに個性的で、特に現代音楽ファンでなくとも比較的すんなりと受け入れられる作風だと感じられました。
ここでは彼女のホームページを紹介することで、聴きどころに代えたいと思います。
http://www.komp.jp/akiko_prof.html

 

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