2016クラシック馬のプロフィール(10)

事実上、今年のクラシック・レースは先週土曜日にドンカスター競馬場で行われたセントレジャーで幕を下ろしました。クラシック・レースは3歳馬限定と見做せば、アイルランドもフランスも所謂セントレジャーはクラシックとしてのステイタスを喪失していると考えるからです。
従ってこのコーナーも2016年の最終回となりました。尤も、同じ規格で日本の菊花賞馬についても書く予定ですが。

今年のセントレジャーは大本命の落馬と言うことで、予想もしない馬が勝ってしまいました。それがハーバー・ロウ Harbour Law です。牝系を中心にウォッチして行きましょう。
ハーバー・ロウは、父ロウマン Lawman 、母アブナイ Abunai 、母の父ピヴォタル Pivotal という血統。この3頭の名前からはセントレジャーに勝つ馬は連想できません。その辺りを繙いていきます。

父ロウマンについて簡単に触れておくと、2007年に仏ダービー(2100メートル)に勝ったとは言え、2100メートルが自身が走った最も長い距離でした。仏ダービーのあとはジャン・プラ賞に勝ち、夏のドーヴィルでもジャック・ル・マロワ賞に出て6頭立ての6着。これを最後に種牡馬として引退してしまいました。
2009年生まれが初産駒で、これまでGⅠクラスの馬では2010年生まれのジャスト・ザ・ジャッジ Just The Judge (愛1000ギニー)、5年目の産駒で2013年生まれのマーセル Marcel (レーシング・ポスト・トロフィー)だけ。
今シーズンもG戦に限れば、2013年生まれのディクトン Dicton が1600メートルのフォンテンブロー賞(GⅢ)に勝ったのみで、ハーバー・ロウが漸く2頭目。1600メートルを超える距離のG戦に勝ったのは、ハーバー・ロウが初めてのことでした。少なくとも父の影響が大きく出たとは言い難いようです。

ここからは母アブナイ(2004年 栗毛)に移ります。彼女は去年のダービー馬ゴールデン・ホーン Golden Horn で有名なオッペンハイマー氏の所有馬で、ロジャー・チャールトン厩舎に所属し、2歳から3歳まで12戦3勝しました。走った距離は5ハロンから7ハロンまでで、2歳時に3戦目から3連勝(バース、ニューマーケット、サウスウェル)。全て1番人気で、勝ち鞍は5ハロンと6ハロンでしたが、2歳最後のヨークでのリステッド戦は5着でした。
3歳時は全てハンデ戦を使われ、2着と3着が2回づつで、勝ち鞍はありません。短距離しか走らなかったのは、父ピヴォタルが典型的なスプリンターだったためでしょう。ピヴォタルは短距離のGⅠ戦、キングズ・スタンド・ステークスとナンソープ・ステークスの勝馬です。
ピヴォタル産駒も多くはスプリンター。もちろんスタミナ系との配合では、例えばパーク・ヒル・ステークス(セントレジャーと同じコース、同じ距離)に勝ったザ・ラーク The Lark (母の父はイン・ザ・ウイングス In The Wings)のような馬も出てはいますが・・・。この傾向は母の父としても同じで、ハーバー・ロウは珍しいケースと言えるかもしれません。

繁殖牝馬としてのアブナイの成績は以下の通り。
2009年 ナイェフ・フライヤー Nayef Flyer 栗毛 牡 父ナイェフ Nayef リチャード・ファヘイ厩舎で2歳時に6ハロンから8ハロンまで4戦未勝利。
2010年 シバヤ Sibaya 鹿毛 牝 父エクシード・アンド・エクセル Exceed and Excel オッペンハイマー所有。ロジャー・チャールトン厩舎に所属し、3才時に5ハロンと6ハロンで4戦未勝利。
2011年 ブラック・ブレイド Black Blade 牡 父オーソライズド Authorized 5戦1勝とするデータもありますが、この馬については詳細不明。
2012年 モヒート Moheet 鹿毛 牡 父ハイ・シャパラル High Chaparral アル・シャカブの所有馬で、リチャード・ハノン厩舎で現役。2歳時1戦1勝、1マイル戦に7馬身差で圧勝。3歳初戦クレイヴァン・ステークス(GⅢ)3着したあと、2000ギニー8着、ダービー10着、サラブレッド・ステークス(GⅢ)6着。4歳の今年は現在まで2戦未勝利。
2013年 ハーバー・ロウ

配合する父によって守備範囲が異なるのは当然でしょうが、やはりロウマンとの組み合わせでステイヤーを予想するのは厳しいものがありましょう。
しかし、これだけで短距離馬・マイラーと決めつけられないのが血統の面白いところ。先に進みましょう。

2代母はインゴジ Ingozi (1991年 鹿毛 父ウォーニング Warning)。彼女もオッペンハイマー所有馬で、ハリー・ラグ厩舎で10戦2勝。勝鞍は7ハロンと1マイルで、後者はサンダウンのスターライト・エクスプレス・ローラー・マイルというリステッド戦でした。3歳まで走って引退。
繁殖に上がってからは12年間、ただ1年の空胎を除いて産駒を出し続けましたが、2006年生まれのミス・ケラー Miss Keller (牝 父モンジュー Montjeu)が競走馬としては最も活躍しました。カナダで現地のG戦に2勝し、中でも5歳で制したE・P・テイラー・ステークス(カナダGⅠ)は海外からも参戦する国際級のGⅠ戦です。

またインゴジの娘では、アブナイの他に1998年生まれのオシポンガ Osiponga (栗毛 父バラシア Barathea)と、2002年生まれのウムリオ Umlio に注目。
オシポンガは、イギリスでサパラティヴ・ステークス(GⅢ)、アメリカでぺリヴィル・ステークス(GⅢ)に勝ったハッタ・フォート Hatta Fort と、イギリスでスイート・ソレラ・ステークス(GⅢ)に勝ったブルー・ベイユー Blue Bayou の母となりました。
一方ウムリオは未勝利馬ながら、アメリカのオーク・トゥリーダービー(GⅡ)に勝ったファンタスティック・ピック Fantastic Pick を出しています。

次の3代母インチマリン Inchmurrin (1985年 鹿毛 父ローモンド Lomond)はオッペンハイマー氏の名牝で、11戦6勝。フォルマス・ステークス(GⅠ、当時はチャイルド・ステークスの名称でGⅡ戦でしたが)に勝ち、コロネーション・ステークス(GⅠ)は2着でした。
インチマリンの産駒では、インゴジの一つ上の半兄に当たるインチノール Inchinor (父アホヌーラ Ahonoora)がグリーナム・ステークス、クライテリオン・ステークス、ハンガーフォード・ステークスとGⅢ戦に3勝し、GⅠ戦でもデューハースト・ステークス2着、サセックス・ステークス3着と活躍しています。

4代母オン・ショウ On Show (1978年 黒鹿毛 父ウェルシュ・ページェント Welsh Pageant)は1勝馬で競走馬としては無名でしたが、母としては遥かに上回る成績を残しました。
即ちインチマリンの一つ下の娘ゲスト・アーティスト Gest Artiste はコロネーション・ステークスで3着、チャイルド・ステークス(GⅡ、現フォルマス・ステークス)でも3着して姉の跡を追って活躍。
更に一つ下のウェルネイ Welney はミル・リーフ・ステークス(GⅡ)に勝ち、1990年生まれのバルナハ Balnaha からバリサダ Balisada が生まれます。
バリサダは遂にコロネーション・ステークスを制したほか、フォルマス・ステークス(当時もGⅡ)で2着し、サセックス・ステークスとクィーン・エリザベスⅡ世ステークスでも4着したトップクラスのマイラーでした。

と、ここまではスプリンター、マイラー系のファミリーと思われますが、5代母アフリカン・ダンサー African Dancer (1973年 鹿毛 父ニジンスキー Nijinsky)まで遡ると、様相が変わってきます。
アフリカン・ダンサーは3歳時、チェシャー・オークス(現在はリステッド戦ですが、当時はGⅢ)に勝ってクラシック路線に乗り、オークスで3着。夏にはヨークシャー・オークス(GⅠ)で2着し、ドンカスター競馬場で牝馬のセントレジャーとも呼ばれる同じコース、同じ距離のパーク・ヒル・ステークス(GⅡ)に勝ちました。

彼女の1980年生まれの娘デイム・アシュフィールド Dame Ashfield は、チェスター・ヴァーズ(GⅢ)とヘンリーⅡ世ステークス(GⅡ、16ハロン)に勝ったファイト・ユア・コーナー Fight Your Corner の母となりましたし、
1982年生まれのミル・ダンス Mill Dance は後に日本に輸入され、ブラックタイプの勝馬3頭の母となります。中でも1994年生まれのランニングゲイル(父ランニングフリー)は京都3歳ステークスに勝ち、朝日杯3歳ステークスが4着。翌年は弥生賞(中山2000メートル)に勝ってダービー5着。古馬としても札幌で道新杯(1800メートル)にも優勝しています。
1992年生まれの牝馬ネイティブドリーム(父は2000ギニートライアルに勝ったリドヘイム Lidhame)は新潟で三条特別(ダート1700メートル)に勝ちましたし、1995年生まれのシーズマン(父リドヘイム)は寒狭川特別(中京2000メートル)、熱田特別(中京2000メートル)、紫野特別(京都1800メートル)、信濃川特別(新潟2000メートル)と、特別競走に4勝しました。

アフリカン・ダンサーの長距離血脈が、突然5代を経てハーバー・ロウで復活したとは言いませんが、底流にはステイヤーの資質が流れていることの証にはなると思います。
アフリカン・ダンサーの母ミバ Miba はリプルスデール・ステークス(ロイヤル・アスコットの12ハロン)2着、パーク・ヒル・ステークス3着で、何と言っても父は名ステイヤーのバリモス Ballymoss 。今年のセントレジャー馬には愛セントレジャーで開花、セントレジャーから古馬になってキングジョージ、凱旋門賞を制した遅咲きのステイヤーと重なるものを感じます。

ミバの別の娘、ヤー・ヤー Ya Ya からも世代を経、エクリプス・ステークスのコンプトン・アドミラル Compton Admiral 、クィーン・エリザベスⅡ世ステークスのサモーナー Summoner 、ヨークシャー・オークス、愛チャンピオン・ステークス、プリンス・オブ・ウェールズ・ステークス等を制覇したザ・フューグ The Fugue 等が出ていることも付け加えて置きましょう。

ファミリー・ナンバーは7-a。1800年生まれのヴィシシテュード Vicissitude を基礎とする牝系です。

 

 

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