読売日響・定期聴きどころ~08年6月

 まだ5月定期が終わっていないのですが、6月の聴きどころを始めてしまいます。日程を見ると、5月と6月の間が比較的詰まっているんですね。
さて6月はロシアの名指揮者アレクサンドル・ラザレフが登場、3つのプログラムを振ります。例によって聴きどころで取り上げるのは定期と名曲だけ。
ラザレフの読響登場は6回目だそうですが、今年の9月からは日本フィルの首席指揮者に就任される予定、暫く読響からは遠ざかるかも知れません。ラザレフについては、本コミュニティの「回想の読響」シリーズに何度か紹介しました。そちらも参考にしていただければ幸甚です。
定期のプログラムはオール・チャイコフスキー。メインに交響曲第4番を据え、前半は管弦楽曲が二つ並びます。前半のテーマは、ズバリ「シェークスピア」ですね。
チャイコフスキーが取り上げたシェークスピアの戯曲は三つ、今回は「テンペスト」と「ロメオとジュリエット」が演奏されますが、もう一つは「ハムレット」です。「ロメオとジュリエット」は演奏会の定番ですが、「テンペスト」は大変珍しいもの、今回はこれが聴けるのが「聴きどころ」でしょう。
ということで、最初は幻想曲「テンペスト」。日本初演データを探したのですが、見当たりません。まさか今回が日本初演ではないと思いますが、日本のオーケストラの定期演奏会、2000年までの記録には登場したことがないようです。チャイコフスキー・ファンは聴き逃さないように・・・。
オーケストラ編成を紹介しましょう。
ピッコロ、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ、打楽器2人、弦5部。打楽器は大太鼓とシンバルです。
チャイコフスキーの管弦楽作品、交響曲と協奏曲以外ではコルネットとトランペットを使い分けるものが多いのですが、今回の「テンペスト」と「ロメオとジュリエット」はどちらもコルネットを使いません。この辺もコンパクトなプログラミングになっていますね。 
                                        楽譜9

シェークスピアの「テンペスト」について紹介する必要はないでしょうが、一度は読んでおかれることをお勧めします。音楽ではシベリウスが附属音楽を作曲していますし、フランク・マルタンや最近ではトーマス・アデスがオペラにしていますね。
チャイコフスキーの幻想曲に関する解説はあまり見かけませんが、ほとんどのものは単純な3部形式と説明されているようです。つまり愛の音楽を挟んで、海を描写した部分が両側に置かれている、と。
これ、私は納得できません。そこで全くの我流ですが、少し詳しく触れたいと思います。滅多に聴けない機会ですからね。
私は、「テンペスト」を次の8つに分けています。即ち、
①モデラート・アッサイ  1~82小節
②アレグロ・モデラート  83~142小節
③アレグロ・ジュスト  143小節~264小節
④アンダンテ・ノン・タント・クワジ・モデラート  265~342小節
⑤アレグロ・アニマート  343~458小節
⑥アンダンテ・ノン・タント・クワジ・モデラート  459~523小節
⑦アレグロ・モルト  524~581小節
⑧モデラート・アッサイ  582~629小節
①は冒頭、管楽器の合奏がオルガン風に和音を奏します。プロスペローがかける魔法のよう。直ぐに弦楽器がアルペジオで波の音型を始めます。テンペストの舞台、孤島でしょうか。続いてホルン2本が跳躍の大きい主題を何度も吹きます。こういう解説を読んだことはありませんが、作品全体を通して出現しますから、「プロスペローの主題」とでもしておきましょう。
②チェロとコントラバスによる3度進行で始まり、木管と弦のピチカートがコラール風のテーマを出します。コラールが2度出、高まったところでコラールが金管で吹奏。
③いよいよ嵐の場面でしょう。大太鼓が不気味に登場し、「プロスペローの主題」がトランペットとホルンに吹き交わされます。ここのホルンにはベル・アップが要求されていて、まるでマーラーみたい。
激しいシンコペーションにシンバルも加わって、正にチャイコフスキー節全開です。
④嵐が静まり、ファーディナンドとミランダの愛の場面が始まります。愛のテーマは2種類あって、最初に弱音器を付けたチェロの凛々しいメロディーはファーディナンドでしょうか。これに続くヴァイオリンの慰めるような感じのメロディーは、3連音符も混ざってミランダの趣。そんなにこじ付けなくてもいいんですがね・・・。
⑤は弦と木管の軽やかな対話で始まります。精霊エアリエルを連想してしまいます。テンペストにはエアリエルの他、様々な精霊が登場するエピソードが出てきます(第4幕第1場)が、ここはそのシーンを連想させます。ここも直ぐにシンコペーションを伴ったクライマックスに向かいますが、奇怪なキャリバンや道化師トリンキュロー、酔漢ステファノーを描いたもの、と勝手に想像しても罰は当たらないと思います。頂点でトランペットが「プロスペローの主題」を強奏するのは、精霊たちもまた、プロスペローの支配下にあるからでしょう。
⑥前部のヴィオラの細かい動きに乗って、再び愛の場面。④よりも熱く、情熱的になっています。
⑦コントラバスを除く弦楽器のユニゾンが細かく、かつ劇的に盛り上がった頂点で「愛」を高らかに謳い上げます。愛の勝利、ということでしょうが、二人の出会いはプロスペローが仕組んだものですよね。
シンバルと大太鼓が乱打されたあと、②で出現したコラールが再び金管で高らかに奏されます。これは何を表しているのでしょうか。
⑧音楽は急速に弱まり、弦に波が再現してきます。①の再現。最後は再びホルンに「プロスペローの主題」が登場し、冒頭と同じオルガン風和音が全曲を締め括ります。
以上、テンペストについて細かに触れてみました。あくまでも私の個人的な解釈ですから、“そういう聴き方もあるんだ、” 位の軽い気持ちで読んで下さい。間違っても信用しないように。
もう一言。テンペストは現在ではほとんど演奏されませんが、チャイコフスキーの生前はかなり取り上げられていたようですね。フォン・メック夫人がこれを聴いて涙を流さんばかりに感激し、チャイコフスキーへの援助に踏み切ったのです。テンペストの何処が夫人の心に訴えたのか、そこを想像しながら聴くことこそ、聴きどころでしょうか。

 

 次は幻想序曲「ロメオとジュリエット」です。まず日本初演。
1926年(大正15年)3月14日 日本青年館 ヨーゼフ・ケーニヒ指揮・日本交響楽協会
続いてオーケストラ編成。
ピッコロ、フルート2、オーボエ2、イングリッシュ・ホルン、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ、打楽器2人、ハープ、弦5部。打楽器はシンバルと大太鼓です。テンペストとほとんど同じ。
ところで「ロメオとジュリエット」は何度か改定されています。通常演奏されるのは1880年改定の第3版。今回もこれが演奏されるはずです。
オリジナルの第1版は1869年のもので、チャイコフスキーはこれを1870年に改定し第2版を作りました。決定稿と言えるのが1880年の第3版です。 
                   楽譜11        楽譜10

聴きどころの一つ、実は改定で「ロメオとジュリエット」がどのように変化したか、が面白いんですねぇ。機会がありましたら、是非第1版であるオリジナルを聴いて頂きたいと思います。
通常聴かれる「ロメオとジュリエット」は、ソナタ形式による主部を挟むように序奏と後奏が置かれていると説明されていますし、それはその通りでしょう。そのソナタ形式も、第1主題はキャプレット家とモンタギュー家の抗争わ表すような激しい音楽。第2主題はロメオとジュリエットの愛を表すような美しいメロディー。
オリジナル版も基本的には同じです。ただ決定的に異なるのが序奏と後奏。第3版に出てくる、冒頭のコラール風音型はオリジナルでは出てきません。全く違う素材が使われているんですね。
このコラール、性格から判断して、僧ローレンスを現わしているように思えますね。実は第3版主部の展開部に相当する部分で、この「ローレンスの主題」がトランペットに威圧するように出てくるところがあります。ストーリーの展開に思いを馳せれば、ローレンス僧正がキャプレットとモンタギューを諌めるようにも聴こえるでしょう。
当然の成り行き、オリジナル版ではこの箇所は出てきません。
「ロメオとジュリエット」第3版の大切な聴きどころに、その後奏があります。ティンパニのドロドロ打ちが消えた後。葬送行進曲風伴奏に乗って、ファゴット+ヴァイオリン+チェロが悲劇的な一節を奏でます。
この短いテーマ(第486小節)、よく聴いてみれば、愛の主題(ソナタの第2主題)を短調で鳴らしたもの。
これもオリジナルには無いアイディアです。
以上、チャイコフスキーが改定を重ねて第3版で到達したシェークスピアの世界は、正に戯曲の内容とストーリーを見事に表現していると感じられます。そのことはオリジナル版との聴き比べを体験してみると、実によく判るんですよ。
最後に、チャイコフスキーは「ロメオとジュリエット」のオペラ化を考えていたようです。その遺稿の中から「ロメオとジュリエットのデュエット」という二重唱が発見され、これを弟子のタネエフがオーケストレーションを完成した版があるのです。
私はこれも聴いてみましたが、序曲に登場する愛の主題に歌詞が付けられたもの。珍品の一つとして紹介しました。

 

 交響曲第4番については簡単に。
日本初演は以下です。
1919年(大正8年)6月22日 帝国劇場 山田耕筰指揮・管弦楽団  但し、これは第2楽章と第3楽章のみでした。全曲の日本初演は、
1928年2月12日 日本青年館 エフゲニ・クレイン指揮新交響楽団  現N響の第23回定期演奏会でした。
オーケストレーションは、
ピッコロ、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ、打楽器3人、弦5部。打楽器はトライアングル、シンバル、大太鼓です。 
                                楽譜8

プログラムの冒頭に置かれていたテンペストに感激したメック夫人に捧げられた交響曲。交響曲とは言いながら、ストーリーとも思われるような解説をチャイコフスキー自身が手紙に書いています。
全部で4楽章、特に第1楽章が飛び抜けて長いのが特徴でしょうか。冒頭のホルンによるファンファーレ風の楽句は「運命」のテーマとして第1楽章に何度も、第4楽章の最後にも再現されてきますから、シッカリ耳に焼き付けておきましょう。
第3楽章も大変目立つ楽章です。弦楽器はこの楽章を通して全てピチカートで演奏されます。ほとんどの演奏では、奏者は弓を置いて演奏していますから注目して下さい。
第3楽章と第4楽章をほとんど休みなく続ける指揮者もいます。その場合、第3楽章の一番最後のピチカートは皆弓を持って弾きますから、それと解ってしまうのも見所、かな。
第4楽章の出だし、シンバルと大太鼓が加わって“ドカン”と鳴らされる大音響に腰を抜かさないように・・・。
第4交響曲には管楽器のソロが活躍する場面が多いのも聴きどころ。読響の名手たちのソロを楽しみましょう。

 

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