サルビアホール 第70回クァルテット・シリーズ

今年最後のサルビアホールSQSは、シーズン21を締め括るパヴェル・ハース・クァルテット。札幌から京都までを席巻したプラジャーク・クァルテットと入れ替わるように、同じチェコからやってきた「俊英」というキャッチフレーズが未だ通用する世界最高峰クラスの団体です。
今回が二度目のサルヴィア登場となるパヴェル・ハース、実はもう少し早い時期に予定されていましたが、都合により延期されていたもの。確か女性奏者の出産が理由だったと思いますが、確認できるものがありません。予定ではシュールホフが組まれていたと記憶しますが、今回は以下のプログラムが選ばれていました。

ウェーベルン/弦楽四重奏のための5つの楽章作品5
ショスタコーヴィチ/弦楽四重奏曲第2番イ長調作品68
     ~休憩~
シューベルト/弦楽四重奏曲第15番ト長調D887

延期の理由だったかもしれませんが、前回(2011年11月、SQS第5回)から二人のメンバーが替わっています。一人はプログラムにも書かれていたように、ヴィオラのパヴェル・ニクルが近親者重病のためラディム・セドミドブスキ Radim Sedmidubsky に。この方はメンバーの長年の友人で、シュカンパに師事した由。
もう一人はセカンドのマレク・ツヴィーベル Marek Zwiebel で、前回は女性奏者のエヴァ・カロヴァでした。私が彼らを初めて晴海で聴いた時にはセカンドは別の女性で、私が知っている限りでは今回のセカンドは4代目。ずっと女性が務めてきたパヴェル・ハースのセカンドしたが、数年前から現在のマレクで定着しているようですね。
ということで、現在のホームページは以下。但し各メンバーの経歴などは触れられていません。

http://www.pavelhaasquartet.com/en/

今回の日本ツアーは極めて短期のもので、ホームページによれば7日から11日までの5日間で、公演は4回。初日7日のトッパン・ホールはNHKが収録するそうですから、いずれクラシック倶楽部(この番組、未だあるのかな?)でオンエアされるでしょう。
一日置いて9日がサルビア、11日の名古屋が最終日です。10日は東京とだけアナウンスされていますが、彼らのフェイスブックによると成蹊学園で開催されるとか。学生向けのアウトリーチでしょうか。

私にとっては3回目の体験となるパヴェル・ハース、メンバーが半数は替わっても印象は変わりません。前回のサルビアで感じたことをそのまま繰り返したいと思います。↓

サルビアホール クァルテット・シリーズ第5回

木質のサウンド、ダイナミックスの振幅の大きさ、常に張り詰めている緊張感などが特徴。特に冒頭に演奏されたウェーベルンの繊細で、緊張の糸が無尽に張り巡らされた音楽は、滅多に体験できる10分間じゃありません。
ppp から fff まで多彩なテクニックを繰り出すウェーベルンの世界は、サルビアホールの空間でこそ十二分に聴き取れるもの。もう少し大きい室内楽ホールではこれほど微細なニュアンスは感じられませんし、もっとデッドな空間ではウェーベルンの色気が失われてしまうでしょう。サルビアならではの貴重な体験に感謝。

作品5は、私にとってはほとんどウェーベルン初体験だった作品。二十歳の頃にカラヤン指揮のベルリン・フィルで、後に改訂された弦楽合奏版で見聴きしたのが忘れられません。
その時は大阪での公演だったためテレビ観戦でしたが、いつも瞑想するように目を閉じて指揮するカラヤンが、ウェーベルンだけはスコアを置き、もちろんカッと目を見開いての指揮。指に唾を付けて譜捲りするマエストロのレアな姿も驚きでしたが、ウェーベルンの迫力ある特に第3楽章に圧倒され、その後暫くはウェーベルンを聴きまくったものでした。

2曲目はショスタコーヴィチ。ショスタコーヴィチと言えば6月のパシフィカQによるプロジェクトが忘れられませんが、パーヴェル・ハースもまた見事。確かサルビアでは4回目(パシフィカが2回、モルゴーア)となる第2ですが、長大でありながら構成が多彩で、コンサート映えがする一品として取り上げ易いのでしょう。
どうしてもパシフィカと比較したくなりますが、一言で言えば、アメリカ的なパシフィカに対し、ヨーロッパ的・チェコ的なパヴェル・ハースとでもしておきましょうか。今回の演奏では、私はどうしても伝統的なチェコの弦の響きに惹かれてしまいました。

最初に書いた「ダイナミックスの振幅の大きさ」が如実に示されたのがこのショスタコーヴィチで、特に内側の二人、セカンドとチェロのアイコンタクトの凄さは必見。チェロのぺテルに至っては、ほとんど譜面に目を落とすこともなく、他の3人の表情に合わせるように弾いて行く。
これが最初のウェーベルンからしてそうなのですから驚きです。つまり譜面はほとんど頭の中に入っているということでしょう。ぺテルの足の使い方もナマ演奏に接してみなければ判らないこと。とてもお行儀が良いスタイルとは言えませんが、時に踏み込んだり、リズムを取ったり、両足を投げ出したりと、それがまた音楽に合っているのだから笑ってしまいます。
プラジャーク/カニュカの左手と、パヴェル・ハース/ヤルシェクの両足は、チェコQの二大名物。

後半はシューベルトの最後にして最高傑作のト長調。パヴェル・ハースの高度な緊張感とダイナミックスの大きな振幅が全編を支配するのは相変わらずですが、それが利点である一方で、シューベルト特有の純真さや素朴さを失うことにも繋がったのじゃないでしょうか。
例えば第2楽章。全体をABABAの5部形式と取れば、Bの強音によるトレモロが、シューベルトを通り越してヤナーチェクのように聴こえてしまうのです。弛緩と緊張が交替するAとBですが、Aも極度の緊張感の中で進められるため、聴き手の耳や心に弛緩する瞬間を与えない。集中して聴き通した後の疲労感は半端じゃありません。こんなシューベルトがあるのか。
ここから先は聴き手の好き嫌い、世代の違いに判断は委ねられるのでしょうが、“これはシューベルトじゃない”という意見があったとしても驚きません。私はこういうシューベルト、好きですけどね。

長大な作品が続いた後ではアンコール無用、と思いましたが、しっかりとドヴォルザーク/アメリカからフィナーレが演奏されました。新しいヴィオラ、ラディムの曲目紹介。
前回のアンコールもアメリカの第2楽章でしたが、やはりお国モノのドヴォルザークには大喝采。

実はアメリカ、3日前に全曲をプラジャークで聴いたばかりで、どうしてもその違いに耳が行ってしまいます。鵠沼では望郷の念止み難していうドヴォルザークでしたが、一世代も二世代も若いパヴェル・ハース。そこには明らかに新しい風が吹いており、望郷よりは現実感が支配します。
このフィナーレ、必ずしも鉄チャンでなくともSLの疾駆を連想させますが、ブラジャークが昔懐かしいSLなのに対し、ハースはリニアとは言わないまでも、最新型新幹線の乗り心地。ガッタンゴットンというレールの繋目は無く、鉄路を滑るが如く音楽が進んで行きます。これも好みでしょうが、ロートル世代の私は懐かしいSLにより惹かれてしまうのでした。

昨夜はプログラムにSQSニュースがチラシとして挟まれていましたが、来年は何とアルディッティQが登場するとのこと。その他今年のボルドー覇者アキロンの名もあり、益々目が離せないサルビアSQSです。

 

 

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