第359回・鵠沼サロンコンサート

今年最初の演奏会カテゴリーです。実はコンサート通いそのものは今年初めてではありませんが、1月第1週に出掛けたコンサートは印象が今一。敢えて書くこともないまま1月15日を迎えました。
この週末は日本全国「最強寒波」の到来で、雪に見舞われなかったのは東京湾を囲む地域だけだったのじゃないでしょうか。東京も藤沢も雪こそ無かったものの寒さは第一級。万全の防寒対策を施して鵠沼海岸に降り立ちます。

会場のレスプリ・フランセに向かって歩いていると、かつてサロンコンサートにも登場したことのある某女史とすれ違い。最初は他人の空似かと思っていましたが、後で本会にも聴きに来られていたのを確認し、改めてサロンの質の高さに感服。
その第359回、1月と2月は寒いために日曜日のマチネーという設定ですが、サロンで企画している《新しい波》という期待の演奏家を紹介するシリーズの第23回目。上村文乃によるチェロ・リサイタルでした。プログラムは意欲的な以下のもの。

ベートーヴェン/「魔笛」の主題による7つの変奏曲WoO46
シューベルト/アルペジォーネ・ソナタ イ短調D.821
     ~休憩~
黛敏郎/無伴奏チェロのための“BUNRAKU”
ヒナステラ/パンペアーナ第2番作品21
レスピーギ/アダージョと変奏P.133
ショパン/序奏と華麗なるポロネーズ ハ長調 作品3
 チェロ/上村文乃(かみむら・あやの)
 ピアノ/須関裕子(すせき・ひろこ)

私としては初めて聞く名前(もちろん演奏も)で、最初にプロフィールを取り上げると、
チェロの上村文乃は、6歳からチェロを始め、国内での様々なジュニア・コンクールで優勝・入賞多数。ルーマニア国際音楽コンクールの弦楽器部門で第1位になり、注目されます。既にいくつものプロ・オケと共演しており、室内楽にも意欲的。チェロは毛利、堤、ノラス諸氏に、室内楽も原田、徳永、Qエクセルシオに師事しており、正に新しい波と呼ぶに相応しい才媛と聴きました。
ピアノの須関裕子は、桐朋在学時代にチェルニー=ステファンスカ国際ピアノ・コンクールで優勝し、ポーランド各地でリサイタルを開催。ソロの他に室内楽でも活動し、現在は母校で講師を務める若手です。

コンサートが終わって、“どうです、良かったでしょう。”とでも言いたげな平井プロデューサーのドヤ顔が印象的。氏の新人発掘の鑑賞眼に付いて行けば「新しい波」に乗れること間違いなし。これこそが鵠沼サロンの最大の楽しみかもしれません。

初めて聴いた演奏家なので感想はザックリ。
前半はチェロのリサイタルでは定番、ドイツ音楽を二つ並べたもので、ベートーヴェンは3曲ある「チェロとピアノのための変奏曲」シリーズの最後のもので、モーツァルトの「魔笛」からパミーナとパパゲーノのデュエットをテーマにしたもの。
続くシューベルトは、今では博物館でしか見られなくなったアルペジォーネのために書かれた楽曲をチェロで演奏する、と平井氏の解説。サロンでは既に何度も取り上げられていて、会員にはお馴染みの由。上村は、若手ながら楽曲の形式感を大きく捉えることに長じており、構成感を伴った伸びやかな快演。

後半の4曲は何れも10分前後の作品で、こうした機会でなければ中々聴けない佳品が続きます。平井解説も、氏の体験談を交えてユニークなもので、評論家的な固い論調にならないのが素晴らしい所。
黛作品は無伴奏のための小品で、倉敷の大原美術館開館30周年を記念して作曲され、大原総一郎氏に献呈されたもの。美術館での初演は松下修也のソロでしたが、私は後に堤剛が録音したソニー盤LPで親しんできました。一緒に聴いていた友人と銀座に出掛け、ペータース版の譜面を買ったことを思い出します。
三味線の技法を西洋楽器に移植したもので、音だけでなく視覚的にも大いに楽しめました。

次のヒナステラも現代作品に分類されるもので、こちらはピアノとの二重奏。去年が生誕100周年だったアルゼンチンの作曲家ヒナステラは、「パンペアーナ」と題する作品を3曲残しており、今回演奏されたのは第2番。第1番はヴァイオリンとピアノ、第3番はオーケストラのための作品で、平井氏によれば第2番が最も優れているとのこと。実際、音盤も第2番が圧倒的に多いようです。
その第2番、ヒナステラとしては民族的な作風だった時期を代表するもので、大まかに言って4つの部分に分けられそう。その第1部はほとんどがチェロ・ソロのカデンツァで、ピアノが入ってくる第2部からはアルゼンチンの民族的リズムが支配していきます。と言っても民謡を生のまま使わないのがヒナステラの特徴で、去年何度か聴いた弦楽四重奏曲第1番と共通していると感じました。譜面はブージーから出版されていますが、手元にはありません。

ここで時代は少し戻り、イタリアのレスピーギ。現代的な響きが続いた後では、レスピーギのメロディーは途轍もなく美しく鳴り渡ります。平井解説に若干補足すると、これはそもそも失われたチェロ協奏曲の緩徐楽章として書かれたもの。高名なチェリスト、アントニオ・チェルターニのために書かれましたが、紛失後にレスピーギがチェロとピアノ版に復元されたものが演奏されました。
レスピーギは更にこれをチェロと管弦楽用に改訂し、私はこの版をアンドレ・ナヴァラのスプラフォン盤(アンチェル指揮チェコ・フィル)で愛聴してきました。ボンジョヴァンニという出版社からスコアが出ていましたが、現在はペトルッチのサイトからダウンロードできます。このアダージョ、マニアックなファンの間では「知られざる佳曲」として人気ある一品で、これがナマで、しかも眼前で体験できたことに感謝しましょう。

プログラムの最後は、これも珍しいショパンのオリジナル室内楽。ショパンにはチェロが活躍する室内楽がいくつもあり、チェロ・ソナタはかつてサロンでも演奏され、台風と停電の中で演奏されたという苦い思い出もあるのだとか。
今回はそうしたアクシデントも無く、上村と須関の堂々たる熱演にサロンも沸騰。最強寒波もたじたじの熱いマチネーとなりました。
アンコールはチェコの作曲家デヴィッド・ポッパーの「妖精の踊り」。ハイポジションの超速パッセージに、改めて上村のテクニックの完璧さ、耳の良さに圧倒された次第。地球と時代を俯瞰するようなプログラムにも感心しました。

演奏会が終了した午後5時少し前、今が丁度日没の時間でもありました。

 

 

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