サルビアホール 第71回クァルテット・シリーズ

2月7日、今年最初のクァルテット・シリーズを鶴見のサルヴィアホールで聴いてきました。シーズン22の第1回でもあります。
今回は、一昨年2月の初登場以来何と3回目、3年連続となるクァルテット・ベルリン=トウキョウで、彼らがレジデンス・アンサンブルを務める札幌の「ふきのとうホール」との連動企画でもありましょう。プログラムは以下のもの。

ハイドン/弦楽四重奏曲第63番変ロ長調 作品76-4「日の出」
バルトーク/弦楽四重奏曲第3番
     ~休憩~
ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第8番ホ短調 作品59-2「ラズモフスキー第2」
 クァルテット・ベルリン=トウキョウ

札幌では年2回、冬と初夏にレジデンスとしてのコンサートを開いており、今回のツアーも既に1月28日と29日の2日間に2種類のプログラムを演奏しての帰り?というスケジュール。この後は大阪、岡山、鶴川などを回る由で、東京の読売大手町ホールでは抽選方式の無料コンサートも行われるそうです。
サルビアで演奏されたプログラムは2種類のうちの一つで、もう一つはハイドンの冗談と細川俊夫の開花、メインがベートーヴェンの作品130(大フーガ付き)という組み合わせで、ハイドンとベートーヴェンで現代作品を挟むという構成は彼らの定番。サルビアでの前2回もこのパターンでした。札幌では毎回バルトークを取り上げるという計画もあるそうですから、何れは全6曲が聴けるのでしょう。

しかしサルビア第3回目は前2回とは違った顔もあって、それはヴィオラが杉田恵理からケヴィン・トライバー Kevin Treiber に替わったこと。交替は去年の11月からのようで、新メンバーは参加して未だ数か月。プログラムには元ヴィジョン・クァルテットのヴィオラ奏者としか紹介が無かったので、彼方此方ネット検索を試みました。その結果、こんな文章を見つけたので貼り付けます。

(トライバーは)1992年台湾に生まれ、ドイツ・フランクフルトで育つ。4歳よりヴァイオリンを始め、2009年よりヴィオラに転向。これまでにマーテ・スーチ、ニムロッド・ゴアズの各氏に師事し、現在リューベック音大大学院で、バーバラ・ヴェストファル氏に師事。
室内楽をアルテミスクァルテットに師事。また多数のマスタークラスにも参加し、キム・カシュカシャン、トーマス・リーブル、カザルス弦楽四重奏団、ジュリアード弦楽四重奏団などの各氏に師事。
ヴィジョン弦楽四重奏団の創立メンバーとしてゲヴァントハウスなどで演奏し、2013年カールスルーエ欧州室内楽コンクールで第2位入賞。ソリストとして、イエナ・フィルハーモニー管弦楽団、アンサンブル・モデルン、ウェンドランド交響楽団、カラアカデミーオーケストラ、リューベック音大オーケストラと共演。
また、ラインガウ音楽祭、ハイデルベルクの春、ブラームス音楽祭、ゲツァイテン音楽祭、カッセル音楽祭、シェーンベルグ音楽祭、ブクステフーデ音楽祭、ヴュルツブルク・モーツァルト音楽祭、メクレンブルク=フォアポンメルン音楽祭に参加。
多数の演奏が、ドイツ文化放送、SWR、NDR、ZDF、ARTEによりテレビやラジオで放送される。ドイツ国内のみならず、フランス、オーストリア、スイス、オランダ、インド、中国で幅広い演奏活動を行う。

ということです。またクァルテットのホームページはメンバー交代後間もないもので、現時点では至ってシンプル。トライバーは臨時ではありませんから、情報も徐々に充実していくことでしょう。↓

http://www.quartetberlintokyo.com/

彼らのハイドン、前2回(33の4と皇帝)と同様にハイドン愛が満ちたもので、今回もハイドンのユーモアを存分に味合わせてくれました。弟子筋のベートーヴェンとの繋がりも意識した選曲で、ここにもQBTの狙いが見通せます。
俗称「日の出」はハイドン自身の命名ではなく、第1楽章冒頭の第1ヴァイオリンが奏する第1主題が穏やかに上昇し、如何にも日の出を連想させるから。一方第2主題は「日の出」主題の逆行形のようなチェロの下降メロディーで、「日の入り」とでも呼びたいほど。これこそがハイドンのユーモアでもあります。

ベートーヴェンとの繋がりという意味では、第4楽章のコーダが聴き所。一種の変奏曲で、アレグロの主部がコーダではピウ・アレグロ、更にピウ・プレストとスピードを3段階にギア・アップして全曲を閉じる。このやり方はベートーヴェンによって継承され、ラズモ第2のフィナーレはプレストからピウ・プレストに2段階ギア・アップされるのはご存知でしょう。QBTの選曲によって、改めてこのことに気が付きました。
ハイドンでもう一つ注意を喚起されたのは、第2楽章の第52小節目に唯一鳴らされるチェロのピチカート。この楽章は、ロマン派を先取りするような無形式とも取れる幻想曲。松本チェロのホールに響き渡るピチカートがいつまでも耳に残るのでした。
QBTのハイドン、耳を澄ませて傾聴すべし。

続くバルトークは彼らが集中して取り組んでいる作曲家で、去年の2月は第6番を堪能しました。今回はバルトーク円熟期、独自の語法を確立させた第3番で、クラシック音楽の基軸をそれまでより大幅に東に移動させた記念碑的作品。活動拠点がベルリンとは言え、東洋系のDNAが強いベルリン=トウキョウの面目躍如と言えるスリリングな演奏でした。
特にチェロの豊かな表情を眼前に見ながら聴くと、千変万化する作品の感情が聴き手に直接伝わってくるよう。難しい現代音楽という概念は一遍に吹き飛んでしまいます。
第3番は2楽章、というより二つの部分で構成され、各部が提示された後に第1部の要約的な反復、最後に第2部を元にしたコーダという構成ですが、第2部と第1部の反復の間、チェロ1本が残って ff でレ・ミ・ソ・ラ・ドと5音を駆け上がる場面は、当演奏の白眉だったでしょう。

休憩を挟んで演奏されたベートーヴェン、彼らは第1回の登場時にラズモ第1を取り上げましたから、今回はその続編。切れの良いフィナーレのリズムと、テンポ・アップしたコーダの迫力はハイドンとの繋がりを指摘した通り。

所で新しくメンバーに加わったトライバー、どうやら左手の小指を負傷しているようで、小さなギブスで固定しているのがイヤでも目に入ります。ということは3本指で一晩を弾き切ったことになりますが、こんな事って可能なんでしょうか。
事務局にもこのアクシデントは伝えられていなかったようで、詳しいことは不明。恐らく札幌を終えた後の事件ではないかと想像するばかり。弦楽器を嗜む常連の会員氏によれば、ヴィオラは楽器が大きい分、ヴァイオリンより厳しかったのでは、とのこと。チェロでは絶対不可能な小指だそうです。流石にプロフェッショナル、と言うのは易しいことか。
ハイドンを終えて舞台裏に引き込んだ時、セカンド・パヴロフがトライバーの肩を叩いて励ましているのが見えましたから、4人にとっても懸念材料だったと想像されます。このあとのツアーが若干心配。

私はハイドンの途中で異変に気付きましたが、見ていても気になる事態。ヴィオラが100%ではなかったのは事実で、前2回ほどの圧倒的な感銘には至らなかったのも、これが原因でしょう。どことなくヴィオラの存在感が薄かったような印象が残りました。
ベルリン=トウキョウは6月に再度来日することが決まっており、首都圏では鵠沼に出演予定。私はスケジュールの関係で参戦できるかは微妙ですが、次回はパーフェクトな状態でのリベンジを祈らずにはおられません。なお、鵠沼ではハイドンのラルゴ、バルトークの1番とベートーヴェンのラズモ第1と発表されています。ハイドンとベートーヴェンに現代作品というスタイルは変わりません。

鶴見のアンコールは、バッハのマタイ受難曲から有名なコラール。受難曲では調を変えて5回も登場する、あのコラール。
マタイ受難曲は初演後にメンデルスゾーンが再演するまで眠っていた作品で、再演した時にはベートーヴェンは既に亡くなっていました。しかしベートーヴェンはパトロンの一人からマタイの楽譜を贈られていたそうで、その研究の成果が後期の四重奏に反映されている、という説もあるほど。ベートーヴェンの後に聴かれるアンコールには相応しい選曲と言えるでしょう。

演奏後のサイン会はありませんでしたが、未だ彼等にはCDが無いから。しかし彼らのフェイスブックには、26日に最初のCD録音を終えたというコメントが掲載されていますから、近い将来はサイン会の機会があるかも。その時はファンとしての交流が持てるかもしれません。鵠沼に間に合う、かな?
いずれにしても気になる鵠沼ではあります。

 

 

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