読売日響・定期聴きどころ~08年7月
7月の定期は、前首席指揮者アルブレヒト久し振りの登場です。曲目は二つ、「新世界」に題材を取った作品を並べるという、いかにもマエストロらしい選曲。ヴァレーズとドヴォルザーク、二つのアメリカです。
さてヴァレーズの「アメリカ」ですが、新旧二つの版が存在することはご存知でしょう。今回どちらが演奏されるかについてのアナウンスはないようですが、ほぼ間違いなく改定版(1929年版)が演奏されるものと思われます。
なぜかというと、アルブレヒトは既に読響定期でこれを取り上げており、その時は改定版だったから。今回が二度目の演奏になります。
日本初演と明記した記録は見ていませんが、ヴァレーズの作品が日本のオーケストラ定期で演奏される機会は極めて珍しく、正にアルブレヒトの演奏こそ日本初演だったのではないかと類推されるのです。
2001年7月6日 サントリーホール ゲルト・アルブレヒト指揮・読売日本交響楽団第396回定期演奏会。
この時のプログラムの詳しい内容は、当コミュニティのトピック「読響小史39」をご覧下さい。
次にオーケストラ編成。オリジナル版(1922年版)は8管編成という膨大なものですが、改定版は5管が基本、作品の長さも3分ほど短くなっておりますね。
改定版の編成は、
ピッコロ2、フルート2、アルト・フルート、オーボエ3、イングリッシュ・ホルン、ヘッケルフォン、ESクラリネット、クラリネット3、バス・クラリネット、ファゴット3、コントラファゴット2、ホルン8、トランペット6、テナー・トロンボーン3、バス・トロンボーン、コントラバス・トロンボーン、チューバ、コントラバス・チューバ、ハープ2、ティンパニ2組、打楽器9人、弦5部。
打楽器9人は極めて多種、9人の割り当てがスコアに記されていますので、そのまま書き写しておきます。日本名で何と称するのか判らない楽器もありますので、英文のままです。
第1奏者 Xylophone, Chimes, Triangle, Sleigh Bells, Low Rattle affixed to a solid base
第2奏者 Glockenspiel, Lion’s Roar, Low Rattle affixed to a solid base, Whip
第3奏者 Tambourine, Whip, Gong
第4奏者 Celesta, Bass Drum 2(2-head extremely tightend), Triangle, Gong
第5奏者 Bass Drum 1, Bass Drum 2(with wirebrush), Crash Cymbal, Triangle
第6奏者 Castanets, Sleigh Bells, Gong
第7奏者 Siren(deep and very powerful,with a brake for instant stopping affixed to a solid base, Sleigh Bells
第8奏者 Cymbal(both suspended and struck together)
第9奏者 Snare Drum
以上ですが、スコアには①~⑨の如く、どの奏者がどの楽器を担当するかが細かく指示されています。
特殊な楽器も極めて多く、個人的にはヘッケルフォン、コントラバス・トロンボーン、コントラバス・チューバ、サイレン、「ライオンの咆哮」などという楽器が見所だと考えています。
演奏前に、マエストロから作品分析なども含め、楽器紹介コーナーなども設けてくれると有難いですよね。アルブレヒト氏の得意技ですから。
聴きどころと言っても、これは大変難しい。私が教えて貰いたい立場ですね。
ヴァレーズは1883年にパリに生まれたフランスの作曲家ですが、1926年にアメリカに帰化しています。
ヨーロッパ時代は主にパリとベルリンで活動していましたが、リヒャルト・シュトラウスやブゾーニと親交を結び、パリではドビュッシーの知遇を得てシェーンベルクの作品を教えたりしています。ですから意外に「旧世界」のキャリアを持っていた作曲家なんですね。
第一次世界大戦で召集されましたが、6ヶ月で退役。1915年12月にアメリカに渡っています。この戦争で、ベルリンに残していた彼の全ての楽譜が保管場所の火災のため消失。新世界で新たな一歩を踏み出さざるを得なかったようです。
「アメリカ」は、そのヴァレーズが新天地で作曲した最初の大作。1920年から1921年にかけてニューヨークで作曲され、1926年4月にストコフスキーとフィラデルフィア管によって世界初演されました。
その後改定された版が1929年にパリで演奏された後、1965年まで一度も演奏されたことがないのだそうです。
出版に当たっては、新旧両版とも中国人作曲家でアメリカで活動しいるチュー・ウェン・チュン(周文中)が編纂しています。
作曲者によれば「アメリカ」とは、“地理的な場所を描写するものとしてではなく、むしろ地上における、空間における、あるいは更に人間の精神の内部における新世界の発見の象徴”として考えられたタイトルなのですね。
聴きどころは正にこのポイント。新世界の発見の象徴として、この斬新な大作に耳を傾けて下さい。全体は26分ほどかかり、打楽器や金管楽器の音が目立ちます。ヴァレーズは弦楽器より、打楽器と金管楽器を愛好した作曲家ということに注目しましょう。
CDで予習するのも良いでしょうが、とてもじゃないけれど、このスコアがマイクロフォンに収まるわけはありません。特に最後の大音響、全楽器がクレッシェンドして sffff に至るスリルは、ナマでなければ決して体験できない世界でしょう。
レコードで聴く位なら、スコアを呆然と眺めている方がマシ。個人的にはそう思います。新旧両版ともリコルディ社から売り譜が出てますが、一度見てみたいという方がおられましたら、連絡していただければお持ちししますよ。
ということで、聴きどころにならない「聴きどころ」で我慢して下さい。
続いてドヴォルザークの交響曲第9番。今更「新世界より」をCDで予習するという人は少ないと思いますが、いくつか基本的なデータを紹介しましょう。
先ず日本初演ですが、どうもこれのようです。
1920年(大正9年)12月29日、帝国劇場。山田耕筰指揮日本楽劇協会。
(このトピックを書いているのが日本初演の日である!)
世界初演の27年後にあたります。この世界初演も12月でしたから、この曲は新年よりも師走に縁があるのですね。
次に版ですが、最初の出版はジムロック(1894年)ですね。長年これが使われてきたと思いますが、最近になってドヴォルザークの自筆譜などを参考にしたクリティカル・エディション(批判校訂版)が出ました。
確か1955年のことで、最近は新版による演奏の方が多いと思います。
ポケット・スコアでは、今でも楽譜屋さんの店頭に並んでいるものの多くは旧版に基づくものでしょう。
新版はスプラフォン社から出ているのですが、同じものの日本語解説版がヤマハから発売されています。この新版には改訂の経緯や細かい訂正箇所が記してありますから、一度解説だけでも読んでおかれることをお薦めします。
私も両版とも持っていまして、この聴きどころもこれを参考にしています。
楽器編成についても触れなければいけませんね。
2管編成が基本ですが、フルート属ではピッコロが出てきます。第1楽章の展開部に入って直ぐの1箇所だけですが、2番フルートの持ち替えです。
一番の問題はイングリッシュ・ホルンですね。第2楽章の名旋律を担当します。
ジムロック版では第2オーボエが持ち替えて演奏するようにと読めるのですが、最後に出る箇所ではオーボエとの持ち替え時間が不足してしまいます。第100小節と101小節間のことです。
それでどうするか。
①つなぎの部分でテンポを落とし、奏者は慌しく持ち替える。
②ここに先立つ2番オーボエ・パートは最後まで吹かなくとも聴いている人には判らないから、途中で端折ってイングリッシュ・ホルンに持ち替える。
③二人のオーボエ奏者とは別にイングリッシュ・ホルン専門の奏者を用意する。
などが思いつきますね。新版ではパートの重要性に鑑み、③を採用しています。ドヴォルザーク自身は、この点について何も指示していないのですね。
下野氏が去年「三大交響曲の夕べ」で採用していたのは②だったと記憶しています。チョッと意地の悪い見所ですが、チェックしてみては如何でしょう。当然ながら録音では判りません。
もう一つがチューバです。これは第2楽章にしか出てきません。しかも単独のパートではなく、第3トロンボーン(バス・トロンボーン)と同じパートを吹きます。
ドヴォルザークがチューバを重ねるように指示したのは冒頭5小節のコラールだけですが、最後のコラールも冒頭と整合を取るために吹いた方が自然なのでしょう。新版でもここは括弧を付けて記譜しています。
そもそもチューバは使わなくても問題ないように思いますがどうでしょうか。
以上は基本的な情報です。
最後に我流の聴きどころ。第1楽章のフルートですね。第3主題というかコデッタのテーマですが、これはアメリカ・インディアンの民謡にヒントを得たというメロディーで、郷愁を誘うが如き美しい旋律がフルート・ソロに出ます。
当然、首席奏者が吹きますが、問題は再現部。ここは第2フルートが吹くケースもあります。いやその方が多いでしょうか。
楽譜ではどうなっているかというと、特に2番という指定はありません。ただ、音譜の旗が下向きに書かれているのですね。
フルート・パート一段に二人の奏者の音譜を記す場合、音譜の旗を上下に分けることによって夫々のパートを表わすことが多いですね。普通は1番奏者が高いパートを分担するからです。
ところがここはソロながら旗は下向き。つまり2番が吹け、と解釈できるのですよ。ただ旗といっても最初の2小節だけです。
フルートに限らず2番奏者のソロは少ないですから、これは貴重です。席によっては見えないのですが、どちらが吹くか確認しましょうか。
もう一つは第4楽章に1箇所だけ出るシンバル。楽譜では管や弦が p か pp なのに、シンバルは mf 。ここはそれこそ演奏者(最終的には指揮者の指示でしょう)によって千差万別です。音色、音量、奏法。
どのように叩くかの指示もありませんから、2枚を摺り合わせるもの、吊りシンバルを柔らかい撥で叩くもの、レコードで音だけ聴いているとどうやって出したのか謎のものまで様々です。
打楽器奏者は第3楽章のトライアングルも担当しますが、トライアングルでも吃驚するような奏法で叩いた人がいました。名人芸でしたね。ほとんど出番のない打楽器奏者ですが、ここにも注目しましょうか。
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