日本フィル・第325回横浜定期演奏会

昨日の日曜日はパソコンに向かっている時間が無く、1日遅れの感想です。3月11日に横浜のみなとみらいホールで行われた日フィルの3月横浜定期。

3月11日と言えば、あの日から丁度6年目。日本フィルは震災の翌月、2011年の4月から「被災地に音楽を」と題した訪問コンサートを開始し、それは現在でも続いています。
もちろんオーケストラ本体が出掛けるわけではありませんが、楽員諸氏、時にはOB楽員も交えてチームを編成し、被災された方々にナマの音楽を届ける活動。究極のアウトリーチ活動と言えるでしょう。
そのレポートは毎回カワラ版形式で公開され、今年3月に発行された第38号によれば、訪問コンサートは2016年12月末までで実に208回を数える由。これほど被災地に継続して寄り添ってきたオーケストラは、日本フィル以外には無いのじゃないでしょうか。これは我々定期会員の誇りでもあります。

もちん偶然ですが、6年目の当日は、第325回横浜定期と重なっていました。奇しくも指揮するのは福島出身のマエストロ・小林研一郎氏。そのことは敢えて紹介されてはいませんでしたが、ほとんどの人がその意味を理解していた筈です。

サン=サーンス/序奏とロンド・カプリツィオーソ
マスネ/タイスの瞑想曲
サラサーテ/ツィゴイネルワイゼン
     ~休憩~
マーラー/交響曲第1番「巨人」
 指揮/小林研一郎
 ヴァイオリン/前橋汀子
 コンサートマスター/木野雅之
 フォアシュピーラー/千葉清加
 ソロ・チェロ/菊地知也

横浜定期は、毎回オーケストラガイドと銘打たれたプレトークで始まります。もちろん今回は特別な日が話題。マーラーと3月11日がどう繋がるのかと聞き始めました。
今回の解説は、ヨーロッパ文化史研究家の小宮正安氏。氏はヨーロッパにおける音楽上の自然観をヴィヴァルディの四季から始め、科学の発達に伴う自然観の変化を解きほぐし、マーラーが巨人の冒頭に表記した「Naturlaut」が自然への畏怖に当たると指摘。
なるほど、こういう順序で震災に繋がるかと、改めて自然の驚異に思いを馳せるプレトークでした。前半のラテン系作曲家3人は、マーラーと同じ時代、即ち同じ自然観の中で活動した人たち、ということ。

その前半、ソロを弾く前橋汀子は、今年演奏活動55周年を迎える大御所。小林マエストロと二人の年齢を合計すれば、(正確な数字は出しませんが)明治維新から今日までの年数とほぼ同じ。それだけ年輪を重ねた二人の共演は、演奏や作品への距離感は別にして傾聴に値するものでしょう。
この3曲、定期演奏会の曲目として聴くのは珍しい部類で、私もこの形で接したのは記憶にない程。

今回は、3曲が続けて演奏されました。更には並べられた曲順の性格もあって、恰も一つのヴァイオリン協奏曲の三つの楽章のよう。楽章が終わる毎に拍手が起きる昔の演奏会の情景を見るようでもありました。
サン=サーンス作品が最後に演奏されるサラサーテに献呈されているということでも、選曲の妙味がありそう。
間に演奏された美しいタイスの瞑想曲は、本来はオペラの間奏曲。主役のタイスは実は娼婦で、更生しようとした聖職者が彼女に溺れてしまうという悲劇?だということは知っておいても良いかも。

最後はサラサーテの名作。ソロの前橋、指揮の小林共にスピード感のある演奏とは縁の無い二人だけに、ジックリと歌い上げるスタイルが互いに共鳴。恰もテンポの遅さ比べの様相を呈してきました。
前橋氏が真っ赤なドレスを着用していたこともあり、まるで紅白歌合戦。演歌競演のツィゴイネルワイゼンになったのはご愛嬌でしょうか。

横浜の客席は、二人のキャリアに対して大絶賛。それに対する前橋氏も貫禄十分の受け答え。
アンコールとして演奏されたのはバッハのパルティータ第2番のサラバンドで、震災で亡くなられた方々への弔意が籠められていたのは当然でしょう。楽員の横に席を借り、瞑想するように聴き入っていた小林マエストロの姿が印象的。

さて後半、私がコバケンのマーラーを聴くのは随分久し振りのことです。日フィルの音楽監督時代はその交響曲全曲に挑戦して果たせなかったという記憶もありますが、第1交響曲は独特のマーラー感を注ぎ込んだ演奏として記憶されていました。
今回はその確認でしたが、これはマーラー作曲・小林研一郎編曲の巨人というべきもので、特別な存在として聴きたいと思います。

例えば第1楽章序奏部での金管のファンファーレは舞台裏で、という指示がありますが、コバケン版では通常通りオーケストラの中で吹かれます。
最大の問題点は、第4楽章フィナーレでの金管楽器群の起立。マーラーの指示は演奏番号56からのホルン全員とトランペット、トロンボーン一人づつですが、コバケン版ではここでは起立せず、大団円の練習番号60から。しかも金管奏者たち全員が一斉に立ち上がって朗々と吹き上げるのでした。最後の一音に打楽器を加筆することも忘れません。
確かにこれは音響的にも視覚的にも絶大な効果を挙げますが、マーラー自身の意図とは若干違うでしょう。“おいおいコバケンさん、そこまでやるかぁ~”。

当然ながら会場は大興奮に包まれます。特に初めてこの曲を聴いた人は、余りのことに肝を潰したかもしれませんね。クラシック音楽ってこんなことするんだぁ~、と。
いつものように客席への挨拶があり、金管起立個所から最後までをアンコール。コバケンらしいサービスです。
大拍手を再び制したマエストロ、最後は“私はチョンボをしてしまいました。カーテンコールで木管楽器の皆様を紹介するのを忘れてしまいました”ということで、木管のメンバーに改めて起立要請。最後は笑いも起きた6年目の3月11日でした。

 

 

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