第361回・鵠沼サロンコンサート

春分の日を含む3連休が終わった火曜日、鵠沼のサロンコンサートに出掛けました。この日は一日を通して雨でしたが、そんな中で東京では桜の開花宣言。と言っても、あれは靖国神社の標本木が5~6輪開花して出されるものだそうで、私共が住んでいる城南地区では、未だどの樹も一輪も花を付けていません。
開花宣言って何? と釈然としない気分の中で傘を開きます。

春になって開演時間が午後7時に戻ったサロン、雨に加えて東海道線が遅れたこともあり、いつもより若干遅めの到着。既に客席はかなり埋まっていて、会員の出足の早さに驚きます。
今回は「ピアノ・トリオの世界」と題されたシリーズの10回目。メンバーはインターナショナルですが、拠点ハンブルクの関係でドイツの団体という紹介です。

シューマン/ピアノ三重奏曲第2番へ長調作品80
ショスタコーヴィチ/ピアノ三重奏曲第2番ホ短調作品67
     ~休憩~
ブラームス/ピアノ三重奏曲第1番ロ長調作品8
 ハンブルク・トリオ

最初にメンバーを記しておきましょう。ヴァイオリンは塩見みつる。もちろん日本人女性で、桐朋学園大学出身。ハンブルクのいくつかのオケで首席フォアシュピーラーを務めている方だそうです。
チェロはヴィタウタス・ソンデキス Vytautas Sondeckis で、リトアニア出身(資料によってはソンデツキスという表記も)。彼は現在NDRエルプ・フィル(旧北ドイツ放送交響楽団)の首席チェロ奏者を務めており、3月前半の同オケ来日公演(指揮はウルバンスキ)に同道した後そのまま留まり、ハンブルク・トリオとしてのツアー中とのこと。
ピアノを弾くエバーハート・ハーゼンフラッツ Eberhard Hasenfratz は、名前の通りドイツ生まれ。ベルリン芸術大学で教鞭を執りながら、室内楽で活躍されている由。

弦楽四重奏とは違って常設が難しいトリオ、彼等も夫々の場で二足の草鞋を履きながら活動している団体でしょう。今回は二度目の来日だそうで、前回はブラームス全曲演奏会などが評判を呼び、今回はシューマン全曲演奏会を中心に東京オペラシティ、名古屋の宗次ホールでも公演があります(ありました)。サロンでは鵠沼の他に亀戸でも公演があるとか。
鵠沼に登場するのは今回が初めてで、私もこのサロンで初めて彼らの演奏に接することが出来ました。

冒頭の平井ディレクター解説によると、ピアノ・トリオの世界シリーズはここ数年、クーベリック・トリオとグァルネリ・トリオが交替で出演しているような状況で、チェコの団体ばかりを聴いてきた所に久し振りのドイツの団体を迎えたことになるそうです。
最近刷新されたサロンのホームページから過去の演奏記録を探してみると、これまでのシリーズ9回の内クーベリックは何と4回、グァルネリが2回で、後はサロン草創期のベルリン・フィル・トリオが2回、コペンハーゲン・トリオが1回という内訳。ハンブルク・トリオは鵠沼に登場する5団体目のトリオということになりますね。

弦楽四重奏曲に比べればピアノ三重奏曲というジャンルが取り上げられる機会は少なく、今回の3曲についてもシューマンの2番は鵠沼初登場のようですし、ショスタコーヴィチの2番は1996年の第92回以来2度目の演奏。流石にブラームスの1番は今回が4度目で、1993年にはベルリン・フィル・トリオが、2014年にもクーベリックが演奏していました。
今回の3曲は、どれもコンサートのメインとなるような大曲で、夫々作曲家の代表作と呼べる名曲揃い。この一晩でピアノ三重奏曲の世界を十二分に満喫できる、超ヘヴィー級のプログラムと言えるでしょう。

冒頭のシューマン、ピアノの和音に乗ってヴァイオリンとチェロが「極めて速い」楽想を弾き始めた瞬間から、“オッ、渋いなぁ~。ドイツだなぁ~”という感想。国際的な3人の合奏には芯があり、如何にもドイツ的な重厚感とシットリとした手触りがある。改めてシューマン、いいなぁ~。
この作品、いつも聴いている馴染みの音楽ではありませんが、特に第2楽章と第3楽章が胸に迫ります。3人ともアウフタクトで入ってくる3拍子の緩やかな第3楽章は、ブラームスの第3交響曲の第3楽章を思い出させるようにロマンティックで、二回りも歳が離れたシューマンとブラームスは、親子というより兄弟に近いと感じたほど。
ハンブルク・トリオの今回の日本ツアーは、初台での3・4・5重奏全曲演奏会に代表されるように、シューマン・プロジェクトがメイン。こんなシューマンが聴けるなら一度に全部聴いてみたかった、という後悔も覚えました。(プログラムにリリースされた、と紹介されていた全曲CDアルバムは整盤の都合で発売が遅れている由)

続くショスタコーヴィチ。実は私が最も聴きたかったのがこれで、確か彼等がショスタコーヴィチを演奏するのは鵠沼だけじゃないでしょうか。私の選択もショスタコーヴィチによる所が大でした。
フラジョレット音を含む高音のチェロ・ソロで始まる第2、チェロより低い音域でヴァイオリンが加わります。ヴァイオリンとチェロがリズムを刻み始めると、ピアノが冒頭のテーマをオクターヴのユニゾンで。
この辺りから音楽は次第に緊迫度を増し、3人の演奏も熱を帯びる。1小節毎に激しいクレッシェンドを伴う第2楽章、鎮魂歌の如き第3楽章を経て、愈々ユダヤ民謡が炸裂する第4楽章へ。聴き手が固唾を呑む中、ピアノがアルペジオを奏で、ヴァイオリンとチェロは弱音器を装着して、第1楽章冒頭のテーマを回顧する。最後は弦のピチカート5発で、消え入る様に全曲が閉じられました。

このショスタコーヴィチ、何とも物凄ヴィッチ!! それにしても作品のメッセージ性の強さは尋常のものではありません。
ロシアには、ピアノ三重奏曲を先人の追悼のために書くという習慣が何となく出来上がってしまいましたが、ショスタコーヴィチの2番は急逝した親友ソレルチンスキイのために書いた、とされています。
しかし第1楽章は親友の生前に書き始めたもので、そのあと暫く筆を置いてから新たに完成させた作品。その間にはナチス・ドイツによるユダヤ人絶滅作戦などが起き、明らかにショスタコーヴィチのメッセージは友人の死に留まらず、時代への鎮魂と抗議が籠められているのでしょう。それでなければ、これほど聴き手に強い感動を呼び覚ますはずがありません。

この夜のハンブルク・トリオは全身全霊を傾けた熱演、名演。特にチェロのソンデキスが躰を楽器にぶつけんばかりに弾く姿は、アメリカのメディアが「世界のトップ・アーティスト30人」の一人に選んだ理由が分かるような気がしました。この人、文句なくズバ抜けてます。
因みに、ソンデキスはナクソスにロシアのチェロ小品集を録音していて、もちろんNMLで聴くことが出来ますヨ。

このあと休憩ですが、大熱演と雨もあってピアノが悲鳴を上げたとのことで、再度念入りな調律が行われ、時間が押し気味に後半へ。

ブラームスの第1番については、改めて書くことも無いでしょう。作品番号は若書きの「8」となっていますが、この日も演奏されたのはオリジナル稿ではなく、晩年に手を入れた改訂稿。
初稿が気に入らなかったブラームスは、オリジナルを切り縮めることが改訂の主眼だったようで、実際改訂版には一切の無駄がありません。これほど完成度の高いトリオも珍しく、ブラームスもクララ・シューマンに「私は作品8に代わって作品108と名付ける」とさえ言っていましたよ、ね。
正統ドイツ風のブラームス。これに文句を付ける人がいるとすれば、それは野暮というものです。

ということで満腹以上のトリオを満喫しましたが、アンコールはシューマンから、幻想小曲集の第3曲。シューマンにはクラリネットとピアノのための幻想小曲集という作品がありますが、こちらはピアノ三重奏のために書かれた同じタイトルの小曲集で、4曲から成る作品88。
アンコールされた3番目の小品は、三重奏でありながらデュエット Duett と名付けられた如何にもシューマン風の一品。ピアノは終始アルペジオで伴奏し、ヴァイオリンとチェロがまるで恋人たちの様にフレーズを歌い交わしていきます。
これも良い。恐らくハンブルク・トリオは今回のシューマン・プロジェクトで、これをアンコールしているのでしょう。

東京で聴き逃した皆さん、26日は名古屋でも演奏会があるハンブルク・トリオに遠征してみては如何。彼等がグァルネリ、クーベリックに次いで鵠沼常連に収まるよう、平井プロデューサーにお願いしておきましょうか。

 

 

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