サルビアホール 第74回クァルテット・シリーズ

今年、と言うか新年度に入って、鶴見サルビアホールのクァルテット・シリーズもシーズン23がスタートしました。このシーズンは今回4月の後、6月の2回で完結します。つまり5月は演奏会が無いので、この後は6月まで待たなければなりません。
通算で74回目のこの日は、クァルテット激戦地アメリカの最前線を行くアタッカ・クァルテット。既に先月の時点でチケット完売の人気公演でした。(いつもとはチョッと違った客席の雰囲気も)

アタッカQのサルビア登場は2014年4月に続いて3年振り2度目ですが、私は前回は入院中で聴くこと叶わず、今回が初体験。どんな団体なのか興味津々で出掛けました。そのプログラムは・・・。

ハイドン/弦楽四重奏曲第64番ニ長調作品76-5「ラルゴ」
アダムス/弦楽四重奏曲第2番(日本初演)
     ~休憩~
メンデルスゾーン/弦楽四重奏曲第2番イ短調作品13
 アタッカ・クァルテット

初めて聴いたクァルテットなので最初にプロフィール。

ファーストはエイミー・シュレーダー Amy Schroeder 、セカンドが徳永慶子、ヴィオラはナタン・スクラーム Nathan Schram 、チェロがアンドリュー・イー Andrew Yee というメンバーで、ヴァイオリンの二人は女性。
2003年にジュリアード音楽院で結成され、ブレークしたのは2011年の大阪国際室内楽コンクールで優勝した時でしょう。このコンクール、今年もつい先頃終わったばかりで、今回のアタック来日もこれに合わせたスケジュールかも知れません。
コンクールに合わせるように大阪でアウトリーチを行い、鶴見の前日は名古屋の宗次ホールで公演があったようで、このあとは大阪で一つ演奏会があるだけとか。東京圏で彼らを聴けるのは鶴見だけ、というのも完売要因の一つだったかも。

ホームページでは実際に彼らが演奏するヴィデオもたっぷり見ることが出来ます。特にアダムスの「ジョンによるいわゆる舞曲の書」という作品は、全員がヘッドフォンを装着して演奏する(録音テープに合わせて演奏する仕掛け)異様な風景もあって、未体験のファンにはお勧めのページですネ。

http://www.attaccaquartet.com/

ひとり一人のメンバーについては、今回のハイドンの後、そのままアタッカでアダムスに入る前にセカンド徳永氏が簡単に紹介してくれたので、それを紹介するのが早道でしょう。
ファーストのエイミーはヴェジタリアンで、生まれてから肉は一切口にしたことが無いそうな。野菜だけでもこんなに大きくなるんだ、ということに先ず口アングリ。
ヴィオラの名前は「ネーサン」だけど、素敵な「にいさん」です。プログラムにはナタンと表記されていましたが、ネーサンの方がより正確なのかも。チェロのアンドリュー、実はバリスタでもあるそうで、ピアスとネイルが如何にも今どきの若者で、私の様な老人はチョッと引いてしまいました。

セカンド徳永はもちろん日本人で元気一杯、ファイト満々。駄洒落を飛ばしたり、アクシデントも即座にネタにしてしまう辺りは、頭の回転の速い人なんでしょう。最後のメンデルスゾーンでは楽譜が思わず落ちてしまうアクシデントもありましたが、“楽譜を飛ばすほど熱が入りました”なんて言ってましたからね。
最初も客席への“皆さんこんばんは!”という呼び掛けに、“皆さん声が小さいですね。もっと元気良く、ハイ”というリアクションは、クラシックの演奏会ではかなりレアな光景でしょ。如何にもアメリカのクァルテットだな、ということを音楽以外でも感じてしまいました。アウトリーチの延長か!

ということで今回のプログラム、一瞥して分かるように、最大の目玉はアダムスの日本初演でしょう。レポートもここから行きます。
アダムスの弦楽四重奏曲第2番に付いては、徳永氏がプログラムに短文を書かれていました。その中にアダムス自身からの特別メッセージが紹介されていましたから、そのまんま転載しちゃいましょうか。

「日本の皆さん、こんにちは!この度は私の弦楽四重奏第2番がアタッカ・クァルテットによって日本の皆さんに紹介してもらえると聞き、とても嬉しく思っています。この曲は数年前に書いた弦楽四重奏協奏曲“アブソリュート・ジェスト”と同じく、ベートーヴェンの後期の作品をところどころでモチーフとして借用するスタイルを用いています。この作品を書いた時に最もインスピレーションを受けたのはベートーヴェンのピアノ・ソナタ作品110と、ディアベリ変奏曲です。皆さんに楽しんでいただけることを願っています!」

このメッセージを再確認するように、アタッカは演奏に先立って作品110とディアベリ変奏曲が借用されている個所をチョコっと弾いて聴かせるサーヴィスぶり。こういうコンサートの進め方もアタッカ独自のスタイル、機転なのだろうと思います。
この作品についてはアダムス本人のホームページでも解説されていますし、2分ほどですが実際に作品の一部を聴くことができます。

実は私も事前にこれを読んでいて、作品110とディアベリ変奏曲も耳に入れてから出掛けました。

話は逸れますが、アタッカQは第2弦楽四重奏以外のアダムス作品を全て録音(アジカ盤)していて、それはNMLで視聴可能。こちらも聴きましたが、第1番と第2番は共に2楽章で構成されており、この形式はベートーヴェンのピアノ・ソナタ作品111と同じです。
また、メッセージでも触れられていたアブソリュート・ジェストは来年1月、N響定期で演奏されることが最近発表されました。残念ながら渋谷(NHKホール)なので行く気はありませんが、いずれはテレビで放映されるでしょう。
この四重奏協奏曲も初演者であるセント・ローレンスQの録音がNMLで配信中。第2四重奏曲以上にベートーヴェンの引用がナマで出現し、後期の弦楽四重奏曲や交響曲の4・7・9番などが譜面を見なくても聴き取れるほど。合わせて視聴されることをお勧めします。アダムス作品がより親しく感じられること間違いなし。

閑話休題。やはりアタッカによるアダムス作品初演は、強烈なインパクトがありました。ベートーヴェンの借用云々より、短いモチーフを執拗に繰り返しながら聴き手を次第に興奮させ、息をするのも憚られるほどの集中力が生まれてくる所が凄い。
もちろんアタッカの一糸乱れぬ合奏力と、チョッと気を抜けば何処を演奏しているのか分からなくなるような作品の展開に対する集中力とが生み出した圧倒的な時間と言えるでしょうか。この初演、サルビアホールの歴史に新たな1ページを書き加えたと断言します。

後回しになりましたが、プログラムの前半。4人(チェロ以外の3人、だっけ)は2種類の弓を持って登場し、ハイドンとアダムスでは弓を替えて演奏しました。彼らは歴史的奏法と解釈を重んじているとのことで、ピリオド系のスタイルで既にハイドンの全曲演奏を達成しています。
チェロはエンドピンを立てず、両足で抱え込む様な弾き方。
従って音量はどうしても小振りなものとなり、サルビアホールの小さな空間でこそ、彼らのハイドンが楽しめました。メヌエットに1箇所あるフォルツァート fz を強調したり、フィナーレのこれぞプレストという快速は、この弓使い無しには生まれません。

後半のメンデルスゾーンも、これまでの常套的メンデルスゾーンとは次元が違いました。ハイドンにもアダムスにも共通していることですが、アタッカの解釈にはドラマ性があるということ。ストーリーが隠されているとでも言いましょうか。
ヨーロッパ的なメンデルスゾーンは、ロマン派の衣裳を纏った古典派というイメージ。しかし彼らの演奏からは、古典派の衣を付けたドラマティストという風貌が見えてきます。メンデルスゾーンは1809年生まれですが、半世紀も後の時代の作曲家が書いた作品の如くに響いてくるのでした。

第2楽章後半の情熱的な盛り上がり方、軽やかな、というより神秘的なインテルメッツォに直ぐ続けて、それこそアタッカで突入する終楽章プレストの激しいトレモロ。決然と弾き始めるエイミー・ファーストの劇唱に、ドラマを感じない人はいないでしょう。

アンコールは二つ。最初はハイドンの皇帝から、4人が順にソロを受け持つような第2楽章。もう1曲がシューベルトの死と乙女の第3楽章。ファーストは弓を持ち替えての演奏で、休憩の際に彼女がハイドン用の弓を舞台に置きっ放しにしておいたことに納得しました。
どちらもアウトリーチ的なクァルテット紹介風アンコールで、ここにもアメリカ流の啓蒙的な姿勢を感じた次第。

 

 

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