読売日響・名曲聴きどころ~09年3月

3月の聴きどころです。当初の発表では、スクロヴァチエフスキの首席としては最後の月になるはずでした。
既に正式発表されていますが、芸劇シリーズなどで演奏されるプログラムが変更になっています。自作の初演に代わってストラヴィンスキーの管楽器の交響曲が演奏されるようです。
これによってスクロヴァチエフスキのプログラミングの意図がより明確になった気が致しますね。つまり前半は弦楽器だけの作品(チャイコフスキー)と管楽器だけの作品(ストラヴィンスキー)を並べるというもの。
予定されていた自作も管楽器のための作品でしたから、プログラミングの意図に変更はありません。このプロ、首席就任時に組んだオネゲル(弦)、メシアン(管)による演奏会を連想させるもの。プログラムに一貫した姿勢を貫くことはマエストロの真骨頂でもあります。
それは3月の名曲シリーズでも言えること。ただ名曲を並べただけではないことに注目しましょう。それこそが聴きどころと言えるからです。
①ブラームス/ハイドンの主題による変奏曲 ②モーツァルト/ピアノ協奏曲第27番 ③ブルックナー/交響曲第1番。
お気付きのように、これは調性に拘ったプログラムですね。
ブラームスは明記されてはいませんが、♭2つ、即ち変ロ長調が基調です。モーツァルトは見紛う事無き変ロ長調。そしてブルックナーは♭三つのハ短調。
つまり、音楽として落ち着いた気分を伴う♭系の作品で纏めたということ。これがマエストロの選曲意図だと思うのです。
では個別に行きましょう。
まずブラームスの「ハイドンの主題による変奏曲」。
日本初演は、
1933年5月10日 日比谷公会堂 近衛秀麿指揮新交響楽団・第125回定期演奏会。
音楽の友社刊・ブラームスに紹介されているデータでは1933年5月24日・日本青年館とあるのですが、5月24日はポラック指揮の第126回定期で、ブラームスは曲目にありません。また当時の新響は会場を既に日比谷に移しており、音友データには混同があるのではないでしょうか。一応ここでは私が調べたものを日本初演の記録としておきます。
オーケストラ編成は、
ピッコロ、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、トランペット2、ティンパニ、トライアングル、弦5部です。
作曲者自身の手書スコアには、最初のコラールとフィナーレではコントラファゴットの代用としてチューバを使ってもよいこと、その場合には第1・2・6変奏でのコントラファゴット・パートはオミットするように、という指示があるのだそうです。私は未だかつてそういう演奏は聴いたことがありません。
これは主題の構造が面白い所に注目したいと思います。テーマに選ばれたコラールは前半と後半に分かれ、前半は5小節+5小節という構造。後半は4小節単位が4回続いた後に3小節で締め括られます。
この構造(「5×2」+「4×4+3」)が、第8変奏までずっと繰り返して続けられるのですね。
最後はフィナーレですが、ここも5小節のバス主題が単位となって、何と17回も繰り返され、漸く4小節を単位とするコーダに到達する仕組み。このパターンを暗記してしまえば、全曲を暗譜することは素人でも可能と思えてしまうほどです。
個々の変奏には素晴らしい瞬間が満載です。私が特に好きなのは第4変奏のアンダンテ・コン・モート。皆様は如何ですか。
続いてモーツァルトの最後のピアノ協奏曲。これまでの協奏曲とは別世界、モーツァルトの達観した透明な音楽。奇跡と呼んでも良いような作品です。
ピアノ協奏曲第27番の日本初演は特定できませんでしたので、日本のプロ・オーケストラ定期初登場の記録です。
1940年3月27日 日比谷公会堂 ピアノ/豊増昇、ジョセフ・ローゼンシュトック指揮新交響楽団第212回定期演奏会。
ピアノ独奏以外のオーケストラ編成は、
フルート、オーボエ2、ファゴット2、ホルン2、弦5部。
今更聴きどころを挙げるまでもない名曲ですが、まず冒頭が良いですね。いきなり主題が出るのではなく、1小節の伴奏音型が第2ヴァイオリン以下で奏される中、主題が第1ヴァイオリンに登場する。
この「レシ・レシ・レシ・レシ」というリズムが何とも素晴らしい。あの有名なト短調交響曲と共に、私が最も好きなモーツァルトの瞬間。天才の筆致としか言い様がありません。
なお第1楽章ではオーケストラだけによる主題提示部で、モーツァルトが原稿に書き忘れたという7小節があって、これを復元する演奏もあることを記しておきましょう。
(後述するスクロヴァチェフスキ盤では復元演奏です)
第2楽章では、最後に近く、主題がピアノ・ソロとフルート、ヴァイオリンのユニゾンだけで弾かれる箇所。その静謐感にモーツァルトが到達した最後の境地を見てしまうのです。
第3楽章のロンド主題、同じころに書かれた歌曲「春へのあこがれ」K596に似ていることに注目しましょうか。
最後のカデンツァでこの事に気付かせてくれた演奏が残されています。それはワルター・クリーンが作曲したカデンツァ、いや作曲ではなくアイデアですね。
歌曲のテーマが協奏曲のロンド主題に似ていることに着目し、歌曲を一節奏してから本来のカデンツァに流れ込むもの。私はこれをナマで体験したことがあります。
それは田部京子が披露してくれたコンサート。残念ながらほとんどの人が気が付かなかったようですけどね。
このカデンツァ、クリーン自身が弾いたものも残されています。このヴォックス盤、何と共演しているのはスクロヴァチェフスキその人です。
今回ケフェレックがどういうカデンツァを弾くかも隠された楽しみ。普通は第1楽章も第3楽章もモーツァルト自身が作曲したカデンツァが使われます。
最後にブルックナー。
交響曲第1番の日本初演はこれなのだそうです。
1933年11月22日 宝塚大劇場 J.ラスカ指揮宝塚交響楽協会。
オーケストラ編成は、
フルート3、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4,トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、弦5部。
フルートが3本使われるのが珍しい感じがしますが、それは後ほど。
さてブルックナーではいつも話題になる版のこと、稿のこと。
第1交響曲には二つの稿が存在します。一般的に「リンツ稿」、「ウィーン稿」と呼ばれるものですね。
戦前のある時期までこの曲が演奏されてきたのは、「ウィーン稿」と呼ばれる方です。実はこれはブルックナーが晩年になってから手を入れた稿で、時期としては第8交響曲を完成したあとなのです。従って、ブルックナーが楽譜に向かっていた最後から二つ目の作品ということになります。
一方の「リンツ稿」は若いときのまま。若いといっても、42歳になっていましたがね。
この聴きどころでいつも紹介しているカヒス番号で言うと、「リンツ稿」は2番、「ウィーン稿」が17番ということになります。交響曲の番号では00番と0番の間に位置する作品です。
スクロヴァチェフスキの録音を聴いてみると、明らかに「リンツ稿」を基にしています。これにもハース版(1935年出版)とノヴァーク版(1953年出版)がありますが、両者にはほとんど違いが無いものと思います。(私はハース版しか所有していないので、間違っていたらゴメンナサイですが)
ということで、リンツ稿による聴きどころ。
私が音楽的に最も面白いと思うのは、やはり第2楽章でしょうか。
全曲の中で最後に完成したのがこのアダージョ楽章で、ブルックナーは第2楽章に手を染める直前にワーグナーの「トリスタン」の初演を聴いているのですね。
当然ながらトリスタンの影響が感じられ、それが音楽にある種の影を落としているように聴こえます。
第2主題が出てくる前、楽器編成で紹介した3本のフルートによる経過句はその一例でしょう。第2主題が5連音符の伴奏に乗って出てくるのも注目。
3本のフルートは楽章の最後に音階を上下するところでも活躍しますので、どうかフルートに注目して下さい。ポイントを決めて作品に接すると、初めての体験でも意外にスンナリ曲が頭に入ってくるものです。
他では第1楽章がブルックナーにしては短いことも挙げておきましょう。展開部がブルックナーにしてはアッサリしていますし、コーダの猛烈な加速ぶりもスリリングで楽しめると思います。
スケルツォは如何にもブルックナーという感じの主部とトリオ。
第4楽章は後のブルックナーを連想させるように、最も長い楽章です。
それでも全体で50分を切る長さ。ブルックナーが苦手な人でも持ち堪えられる長さの交響曲です。

 

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