横浜でユリシーズを聴く

10日ほど前、拙宅に宅配郵便が届きました。見ると神奈川県民ホールからの瓦版風チラシで、「ニューヨーク発! 新時代のカルテットがデビュー!!」とあります。
いつもはこの類の宣伝には乗らない小生ですが、今回は作曲家・一柳慧氏のメッセージや音楽ライター・小室敬幸氏の大阪国際室内楽コンクールのレポートを読んで気持ちが動いてしまいました。

2公演行われるという大阪コンクール第2位ユリシーズQの第1回目を聴いてきました。6月11日に午後3時から神奈川県民ホール小ホールで行われた以下のもの。

クリストファー・スターク Christopher Stark/ウィンター・ミュージック(日本初演)
バーバー/弦楽四重奏曲作品11~第2楽章
スティーヴ・ライヒ/ディファレント・トレインズ
 ユリシーズ弦楽四重奏団

オール・アメリカン・プログラム、ディスカッション付きと案内されたコンサートで、ディスカッションて何だ、と思いながらホールへ。
特に案内も無く、定刻3時にコンサートがスタート。女性3人、ヴィオラのみ男性の若手が真っ赤なドレスも鮮やかに登場してきました。メンバーは、

クリスティーナ・ブーイ Christina Bouey (ヴァイオリン)、ライアノン・バーナート Rhiannon Banerdt (ヴァイオリン)、コリン・ブルックス Colin Brookes (ヴィオラ)、グレイス・ホー Grace Ho (チェロ)。
最初のスターク作品と最後のライヒ作品はクリスティーナがファーストを弾きましたが、真ん中のバーバーはライアノンがファースト。特にこの点についてはアナウンスがありませんでしたが、曲によってヴァイオリンが入れ替わるというクァルテットは珍しくはありません。

冒頭のスタークという作曲家はクァルテットのメンバーとは世代も近く、未だ30代後半だそうな。

http://www.christopher-stark.com/

ウィンター・ミュージックは今回が日本初演とのことで、それもそのはず去年書かれたばかりの新作。生まれ育ったモンタナ州の豊かな自然から生まれた作品らしく、冬の様々な情景が音画風に、静謐に語られていくという内容。
最後にシューベルトの「冬の旅」から「おやすみ」と「菩提樹」が引用されているということでしたが、言われてみなければ、いや知って聴いても直ぐには判らないほどの引用。私は“もしかしてあそこ?”という程度にしか聴き取れませんでした。それほど全体は静かで内省的な作品で、この作品を演奏するのはユリシーズが2団体目という生まれたての音楽です。

2番目のバーバーは、3曲の中では最も良く知られた作品。一般的には弦楽合奏にアレンジされた「弦楽のためのアダージョ」として有名なものですが、ナマ演奏で本来の弦楽四重奏として聴くのは個人的には初めてかも。
後で明かされましたが、ユリシーズがこれを公の場で弾くのは今回が初めてだそうで、企画側からの要望とのこと。成程そうだろうなぁ~、という演奏でした(失礼!)。

直ぐに続けて最後のライヒへ。かつてクロノスQが映像付きで日本に紹介、一気に話題になった作品ですが、今回は本来の声と音楽の録音にナマ演奏を重ねるというスタイルで演奏されました。後のディスカッションでも話題になりましたが、クロノスの映像はライヒの指定ではなく、恐らくクロノスが作曲者に提案して実現したのではないか、ということでした。
ディファレント・トレインズは、某日本の団体が演奏したことを経歴に紹介しているほどで、全体は「アメリカ-戦争前」「ヨーロッパ-戦争中」「戦後」の三つの部分で構成。作曲者自身が毎週のように往復したニューヨーク・ロサンジェルス間の汽車の思い出と、ホロコーストを回顧する声を「スピーチ・メロディー」に託してメッセージ化した作品です。
明らかに、これが日本デビュー公演となるユリシーズQにとって勝負曲とでも呼べる存在でしょう。私も大いにライヒ・ワールドを堪能しました。私の隣に座った年配の紳士、前半2曲は殆ど居眠り状態でしたが、ライヒには吃驚仰天、ずっと耳を澄ませていましたからね。

ということで、前半が終わった所でチラシとプログラムにも執筆されていた小室氏が舞台に登場し、休憩の後はメンバーが着替えて、客席の前で気楽なディスカッションの場を設けるとのこと。こういうスタイルの演奏会は初めて経験しました。

カナダ出身のクリスティーナ、ロサンゼルスのライアノン、ヴィオラはピッツバーグ、台湾出身のチェロということで勿論英語ですが、名前を訊くのを忘れましたが通訳入り。彼女、以前に日フィルのマエストロ・サロンで度々通訳を受け持たれていましたので懐かしい顔。
ディスカッションはメンバーの紹介、出会い、今日の演奏曲目に付いてなど考えられる項目が続き、後半は客席からの質問も。中々に熱心なファン、現代作品に詳しい聴衆もいて、中身の濃いディスカッションになりました。

その中で面白かったものを箇条書き風に書き残しておくと、
1.ユリシーズという団名は誰が名付け、どういう意味を持つのか?

「ユリシーズ」はヴィオラのコリンが提案したもので、アメリカの大統領ユリシーズ・グラントに由来する由。この名をメンバーにメールした所、たまたまメンバーの一人がユリシーズという地名の場所にいた、という因縁もあってのことだとか。
ジェームス・ジョイスの小説は関係ないけれど、複雑怪奇な4人組と解釈しても良いですよ、という答えでした。これは意外。
クリスティーナは自分の愛称「ティーナ・クァルテットでは?」と提案したものの、即却下。もちろん冗談です。

2.もしユリシーズが新作を依頼するとしたら、誰に委嘱したいか? 過去の作曲家も可。

先ず答えたのがライアノンで、彼女はシュラミット・ランの名前を挙げました。(何年か前にパシフィカがランの新曲を初演しましたっけ)
次はクリスティーナで、大胆にもベートーヴェン。ベートーヴェンこそ最も心を虜にしている作曲家。あと現存の作曲家なら、この場に居合わせているからではないけれど、一柳慧。彼の作品が大好きだそうな。
3人目のコリンは、ジミー・ヘンドリックスを挙げました。彼とは何れ共演したいとのこと。
最後はグレイスで、彼女が推挙したのはショスタコーヴィチ。ロシアとは無縁の彼らを念頭に作曲してくれたらどんな作品になるのか、興味津々の様子でした。

3.ユリシーズQとしてこれからの方向性

レパートリーは広く持ち、誰かのスペシャリストにはなりたくない。古典・現代も情熱を大切にして演奏する。
アメリカやカナダではクラシック音楽がどんどん教育から外されているので、子供たちにクラシック音楽をもっと身近に感じられるような活動を続けていきたい、とも語っていました。大いに共感するところあり。

ディスカッションの最後に、このコンサートをプロデュースした一柳氏が客席から日本語で語り掛け、
この日はアメリカの音楽を3世代に亘って演奏してくれ、アメリカの音楽にも伝統が育っていることを再認識できた。現代は作曲家と演奏家の分業が進んでしまったけれど、その距離を近づけて音楽界を活性していくような活動を期待している、と総括されました。

当初予想していたより遥かに実り多いコンサートで、このあと第2回が17日の土曜日に同じ会場で開催されます。ベートーヴェン、ショスタコーヴィチに一柳作品。ヴィオラやピアノを加えた五重奏がメインですが、ディスカッションでもテーマになった彼らの個性が聴き取れるコンサートになりそう。
私はウッカリして2日目のチケットも買ってしまいましたが、この日は既に先約アリ。もし関心のある方が読まれていたら、気軽に声を掛けてくださいな。チケットお譲りします。

ということで大阪2位のユリシーズ、優勝したアイズリは今秋サルビア登場が決まっていますし、過去にヘンシェル、エクセルシオ、ベルチャ、アタッカ、シューマンなど優れたクァルテットを産んだ大阪のコンクール、今後も度々聴けることになることを祈念しましょう。

 

 

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