サルビアホール 第79回クァルテット・シリーズ

前日のラズモフスキー3曲全曲演奏を乗り越え、翌6月13日の火曜日にはロータスQのベートーヴェン・サイクル第4夜が行われました。最後の二晩は後期作品の集中演奏です。

ベートーヴェン・サイクル2017≪第4夜≫

ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第16番ヘ長調作品135
     ~休憩(15分)~
ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第13番変ロ長調作品130
     ~休憩(10分)~
大フーガ変ロ長調作品133

後期5曲に大フーガを加えた数々の大作群をどのように並べるかは、各クァルテットにとっても課題でしょう。ロータスはその中から入り口に当たる作品127をハープ、セリオーソと組み合わせて分離し、残る作品を番号順ではなく、ほぼ作曲順に並べました。
その上で演奏時間、サイクルとしてのバランスに考量し、第4夜はベートーヴェン最後の作品でもある作品135を先ず取り上げ、後半に作品130の最終稿と、本来の終楽章だった大フーガを並べます。

注目したいのは、当初の予定には無かった作品130と大フーガの間に短い休憩を置いたこと。これによって後期作品は全て演奏前に空白の時間が設定され、演奏者はもちろん、聴き手にも一定の沈黙の刻を提供すると言う目に見えない効果が生まれてきたのです。
ベートーヴェンの全曲演奏は様々なスタイルが考えられ、多様な組み合わせで接してきましたが、今回のロータスQは最も良く考えられた演奏順の一つではないでしょうか。大フーガの前の休憩が短く10分というのも、休憩前の作品130を考えれば心憎いほど。

ロータスQがサルビアホールに登場するのは今回が3回目。その初登場の時にメインに据えられていたのがベートーヴェンの作品130で、その時もアレグロのフィナーレが選ばれたのでした。
私がロータスQのナマ演奏に接したのもこの時が初めてしたから、感慨は一入。その時のアレグロ・フィナーレが実にテンポ良く、大フーガより作品にしっくりマッチしているのではと感じたことを思い出しました。
プログラムによると、ロータスQが以前に行った数度の全曲演奏会では、違う年に分けて2度弾いたとのこと。今回の様なスタイルは初めてだったと思われます。

彼等が演奏前に語っていた全曲演奏の意義、後期まで来ると「親近感」というキーワードが大きく前面出て来たことを感じます。作品135は、緊張感の中にもリラックスしたベートーヴェン像が垣間見え、特に第1楽章の極めてシンプルな上行モチーフと下降モチーフの対話が、まるで男女の睦言の様にも聴こえてくるのでした。
それでも一筋縄ではいかない4つの楽章、特に第2楽章の深々とした思考は涙無しには聴けません。謎めいた第4楽章の出だしが、天衣無縫とも聴こえる終結を迎える時、ベートーヴェンの脳裏を過っていたのは何だったのでしょうか?

作品130、私はどうしてもメロスQと重なります。彼等を聴いた最後の作品が、アンコールで演奏した作品130のプレストだったから。この日もメロスの思い出とダブって見えてしまうのでした。
偉大なる大フーガを終え、いつもは厳しい表情に終始している彼等ですが、カーテンコールに登場した4人に珍しく笑顔が見えました。私の席からは見えませんでしたが、目撃された方の話では、演奏を終えて舞台裏に引き返したとき、セカンドのマティアスが思わずガッツポーズを決めたのだとか。

その事実だけで、この日の大フーガがどんな演奏だったか解って貰えるでしょう。気分は八合目、第5夜の巨峰制覇を目指し、あと一晩になってしまいました。

 

 

 

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