日本フィル・第692回東京定期演奏会

2017年も気が付けば早や後半。嵐のように忙しかった6月も終わり、気象情報が真夏よりも暑いと警告する中、池袋の東京芸術劇場大ホールに出掛けました。日本フィルの7月東京定期です。
実はこの日、応援しているクァルテット・エクセルシオの東京定期と時間も被ってしまっていたのですが、悩んだ末にエクは札幌で聴くことで決着。敢えて振替をせずに自分の定席で日フィルを聴きます。何故かって? もちろん指揮が広上淳一だからですよ。

モーツァルト/歌劇「魔笛」序曲
ラヴェル/左手のためのピアノ協奏曲
     ~休憩~
リヒャルト・シュトラウス/交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」
 指揮/広上淳一
 ピアノ/ジャン=エフラム・バヴゼ
 コンサートマスター/千葉清加
 フォアシュピーラー/齋藤政和
 ソロ・チェロ/辻本玲

サントリーが工事中のため、春シーズンは様々な会場で定期演奏会を行ってきた日フィル、それも今回が最後で、9月から始まる新シーズンは予定通りサントリーホールに戻ることになっています。
一方の横浜定期、7月は相性の合わない指揮者が振る番ですから、こちらは知人に託して別の演奏会に行く積り。従って私にとっては日フィル2016-17シーズンの最終回でもあります。

また7月は通常の金土開催ではなく、土日公演。二日間の定期会員が適度にミックスされていたようで、いつもとは客席も少し顔ぶれの異なる会でもありました。
今回のプログラムは、最初と最後にツァラトゥストラ=ザラストロが登場するのがミソのようですが、それには捕われずに聴いた方が楽しめるでしょうし、実際そうでもありました。広上が日フィルとは初めてとなるシュトラウスのツァラが最大の聴き物でしょう。

金曜日の午後7時ではなく、土曜日の午後2時に始まったコンサート。先ず堂々たるモーツァルトから。
最初の和音からして、深々としてドッシリとした構え。この響きを聴いて、“あ、これはザラストロなんだ”と改めて思います。広上はフレーズの終わりをキチンと区切り、弾みを付けるように次に進む。決して音楽を鳴らしっ放しにしない。
これこそが正しく広上ワールドで、彼のモーツァルトは何を聴いても裏切られることはありません。ハイドンとモーツァルトを丁寧に、しかもワクワク感を持って演奏するのは名演奏家の証でもありましょう。

大満足の魔笛序曲に続いては、下手に置かれていたピアノが中央に運ばれてラヴェル。
ふと見ると、ピアノの側面に刻まれたメーカー名が「YAMAHA」とあります。へぇ~、スタインウェイじゃないんだ、というのが第一印象。敢えてヤマハを選ぶのは、もちろんバヴゼの主張があるからでしょう。

パリ音楽院で学び、故サー・ゲオルグ・ショルティが紹介したというバヴゼは、名前こそ知っていましたがナマ演奏に接するのは初めて。輝かしいキャリアに期待が高まりますが、登場した印象は気さくな感じ。
極く偶に使わない右手でピアノのフレームを掴む場面もありましたが、基本的には右手は右膝に置いたまま。純粋に左手一本、見事なテクニックで難曲を弾き切りました。

何より音量がパワフルで、ピアノの選択にもよるのでしょうか、ギラついてメカニックな音色にはなりません。カデンツァも聴き手の耳をシッカリ捉え、最後の下降音型も惚れ惚れするほど見事。
オーケストラとの息もピタリと合い、pp から ff までのダイナミクスの幅が圧倒的。特に練習番号27からの pp の弦の刻みは、ほとんど聴こえないほどの弱音で、正にラザレフ・ピアニッシモと呼びたいほど。
これに乗ってファゴット・ソロが奏でるスイングが悩ましく、グロテスクなラヴェルの世界を十二分に満喫できました。

拍手喝采に応え、アンコールは両手を思う存分に使ったドビュッシーのアラベスク第1番。これがまた何ともフランス的で、ヤマハで聴くドビュッシーに魅了されます。

後半は大編成をフルに生かし切ったツァラトゥストラ。出だしのオルガンのペダルにコントラ・ファゴット、大太鼓のトレモロ、コントラバスの低い「ド」が響くと、座っている座席が微かに振動。
こういう体験は決してCDなどでは味わえないもので、これぞナマ演奏の醍醐味。4本のトランペットがピアノでド・ソ・ドを吹き上げると、ご存知ティンパニの連打で最初のクライマックスへ。

ことさらに奇を衒ったような表現ではなく、ストレートにニーチェの哲学世界が音楽として再現されていきます。あとはマエストロの自在な棒に身を委ね、あっという間にハ長調とロ長調が交錯する終結を迎えたのでした。
時に濁った印象の残る芸劇の大ホールですが、鐘を伴う大音響もこの日はスッキリ。これも指揮棒のマジックかと思われます。

日フィルでは初となる広上/ツァラトゥストラを聴きながら、かつてこのコンビで聴いた英雄の生涯、死と変容などのシュトラウスの名演を思い出しました。
先にベートーヴェンの交響曲第5・6・7、シェヘラザードやボレロといった思い出の録音をCD化した日フィル、次に期待したいのは広上淳一・シュトラウス名演集でしょう。派手なオーケストレーションをジックリ、地に足を付けて聴かせてくれる指揮者はそうあるものではありません。

この日の客席を見渡すと、同オケのかつての名コンマス氏や、来年の7月に再びその作品を広上が取り上げる尾高淳忠氏の姿もあり、広上/日フィルの深くて長い関係がいつまでも続くことを願わずにはいられません。

 

 

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