読売日響・第506回名曲シリーズ

9月の読響、スクロヴァチェフスキ3連発の最終便を聴いてきました。
ブラームス/ピアノ協奏曲第1番ニ短調作品15
     ~休憩~
ブルックナー/交響曲第0番ニ短調
 指揮/スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ
 ピアノ/ジョン・キムラ・パーカー
 コンサートマスター/デヴィッド・ノーラン
 フォアシュピラー/小森谷巧
見て解るとおり、ニ短調繋がりのプログラムです。スクロヴァチェフスキのプログラムは、ただ得意な作品を並べるのではなく、何かしらのテーマで括ることが多いようです。9月の3種のプログラムは、どれも調に拘ったのではないかと思われますね。
定期はブラームス(へ長調)とショスタコーヴィチ(へ短調)、芸劇名曲はシューマン(ハ長調)とシュトラウス(基本はハ長調)でしたから。
で、この日はブラームスの冒頭に「レ」の轟音が響き、ブルックナーの最後も堂々たる「レ」が鳴らされる。ホールも聴衆の耳も「レ」に共鳴し、圧倒的な効果を打ち出していました。
そのブラームス、最初からミスターSの気合が違っていました。オーケストラの導入部分が長く続くのですが、その面白いこと。
読響の分厚い響きを味方に付け、例えばヴィオラのプルトを前後に分けて演奏する箇所もありました。改めてスコアを見てもそのような指示はなく、恐らくスクロヴァチェフスキ特有の荒業を使ったものと思われます。
これにより生ずるインパクトは、青年ブラームスの意欲を表現し、強調する方向に使われるのです。
第2楽章、ここもオケに注目です。静かな祈りも、ピアノとピアニシモを厳格に弾き分けることで、単調に陥ることを巧みに避ける。その第20、27、31小節などに出てくる密やかな pp は、恐らく全聴衆に意識されたと思います。これはただ事ではない、と。
そしてロンドの痛快だったこと。ピアノのパーカーは、そのテクニックと豪放な響きに加え、かなり意識的なテンポ・ルバートを駆使して個性的な音楽を作る人。
スクロヴァチェフスキはそれを逆手にとって、ソロとオケを溶け込ませるのでなく、むしろ対比に力点を置きます。
ロンド主題の3度目、ここは前2回と違って、アウフタクトを強調していました。これもスコアには fz (フォルツァート)が書かれているのですから、マエストロの強調は楽譜通り。他の指揮者が見落としているだけなんです。
痛快なことに、フィナーレではパーカーの先手を打って、オーケストラの方からテンポ・ルバートを仕掛ける箇所も。
これに刺激され、指揮者とソリストによる丁々発止の遣り取り。それは縦線が崩れるほどの展開なのですが、そんなことは問題じゃありません。互いの音楽をぶつけ合うスリルこそ聴くべきなのです。
スクロヴァチェフスキ、彼は齢を重ねるごとに若さを増しているのではないか。そんな錯覚にさえ陥ります。
カーテンコールでは、パーカーが盛大な拍手でスクロヴァチェフスキに舞台登場を促す。普通、逆でしょ。いかにこの日のバックが素晴らしかったか、ソリストが身を以って表現していました。
こんなに面白く、スリルに満ち、歯切れの良いブラームスを聴いたのは、少なくとも私にとっては初めてです。
後半のブルックナー、これがまた凄かった。私は「聴きどころ」に、0番は「素晴らしい作品」となるか「所詮は0番」となるか、そこが聴きどころ、なんぞ書きましたが、これは文句なく前者でしたね。
細かいことは触れませんが、スクロヴァチェフスキはこのブルックナーの若書きを、徹底した愛情で読み起こし、大きな構成感と共に音にしていきます。
その結果聴こえてきたのは、ブルックナーはシューベルトから生まれてきた音楽家だ、ということ。
もしシューベルトが長生きし、生涯に亘ってシンフォニーを書き続けたなら、恐らくこのような作品になったのではないか。私は聴きながら、終始そのことを考えていました。
どの楽章も、フィナーレでさえ音楽は「歌」に満ち、初期ロマン派の瑞々しい情感が溢れ出てくることを止めようともしない。
永遠に続くのではないかと感じられるほどのアンダンテ楽章。数えればたった160小節しかない音楽に、何と美しい瞬間が横溢していることか。
この演奏、私が思ったのは、ブルックナー本人に聴かせたかったということ。もし彼がこの夜のスクロヴァチェフスキ/読響を聴いたなら、決してスコアに「無効」とは書かなかったはず。
知られざる名曲を蘇らせてくれたマエストロに感謝しましょう。
楽譜はインクと紙で出来ていますが、それを血と肉に変えて「音楽」にする。それこそが、音楽を他の芸術とは明確に区別している要素なのです。そのことに改めて思い至った名演奏と言うべきでしょう。

 

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