読売日響・第155回芸劇名曲シリーズ

27日の木曜日、池袋の東京芸術劇場で読響の名曲シリーズを聴いてきました。本来なら28日にサントリーホールで聴く予定でしたが、この日は他の演奏会とバッティング、止む無く日にちを振替えて出掛けたもの。
振替え席ですからあまり良い席は用意してくれません。1階G列の右端。ヴァンスカは対抗配置を採用しますから、眼前は第2ヴァイオリンの4プルト目辺り。音響的には万全ではありませんが、これは面白いコンサートでした。
《ヴァンスカ・ベートーヴェン交響曲シリーズⅣ》
アホ/交響曲第9番~トロンボーンと管弦楽のための
     ~休憩~
ベートーヴェン/交響曲第6番「田園」
 指揮/オスモ・ヴァンスカ
 トロンボーン/クリスチャン・リンドバーグ
 コンサートマスター/藤原浜雄
 フォアシュピーラー/鈴木理恵子
雨が小止み状態、空気も冷たく沈み込んだ天候にも拘らず、先日の定期に比べると客席は随分埋まっていました。やはり「田園」というブランドの威力、でしょうか?
まず注目はアホの作品。アホって誰、という人は別記「聴きどころ」を見て下さい。
交響曲とは言いながら協奏交響曲という副題もあるもので、トロンボーン協奏曲と称しても違和感の無い作品です。
私より一回り下の戌年トロンボーン奏者リンドバーグは、かつてはリンドベルイと表記されていたこともありました。
トロンボーン演奏の常識を根底から覆した人で、舞台に出る姿からして奇抜です。随分前に日本フィルでサンドストレームの作品を演奏したときは、オートバイに乗って出てきましたからね。
今回は小走りに、二本のトロンボーンを引っ提げて登場。何と着ているシャツが、まるで南米のモルフォ蝶を思わせるような構造色に光る鮮やかなブルーなのです。良く見ると蝶の模様がプリントされていて、正にモルフォだッ。
ヴァンスカはベートーヴェンとの組み合わせにカレヴィ・アホを選んでいますが、いよいよ来年は彼の第7交響曲を紹介してくれます。この作品は「昆虫交響曲」というタイトルが付いていますから、その予告編でしょうか。やるなぁ、ご両人。
今回の第9は3楽章の作品。過去・現在・未来を往来するコンセプトで貫かれた曲で、前衛風音響で始まった音楽が、突然にバロック音楽に変身します。そこではチェンバロがチリチリと鳴り、リンドバーグはすかさず楽器をバロック時代のものに取り替えます。
この楽器、現代のものより小振りで、サックバットという呼称で知られているものですが、詳しくはやはり「聴きどころ」を。
第3楽章にはカデンツァがあり、ここは圧巻。見て楽しく、聴いて飽きない現代北欧の佳品。ゲンダイオンガクが好きな人も嫌いな人も、それなりに楽しめると思います。
戸惑いがちな、それでも熱心な聴衆の拍手に応えてアンコールが演奏されました。
聴き終わった印象では現代作品のピースかな、と思いましたが、帰り際に掲示板を見ると、何やらポピュラー・ピースのアレンジ物だったみたい。作品名を見たけれど、右から左で忘れてしまいました。(作曲家名はロジャーズ、と書いてあったかな)
ここで舞台転換。それにしても使われている打楽器が夥しい数でしたね。私の席からは管楽器の顔すら見えませんので気が付きませんでしたが、裏方さんたちが片付けている楽器の中にはバロック・ティンパニもあったような。
そうか、バロック風音楽の場面ではこういう打楽器が登場していたのか。
メインのベートーヴェン。
ヴァンスカのベートーヴェンは、極めて速いテンポとアグレッシヴと称してよいほどに攻撃的なもの。そのスタイルは「田園」でも変わりません。
普通に聴かれる第6交響曲と全く異なるのが、そのアーティキュレーションでしょう。全5楽章、何処を採っても、いや小節ごとに聴き慣れない表現。
これは私が聴き慣れないだけで、古楽器やその奏法を採用する演奏では「常識」なのかもしれません。
要するにヴァンスカは古楽器も古楽奏法も用いませんが、そのスタイルはピリオド系なのですね。
例えば第1楽章の第2主題を聴いて御覧なさい。かつての巨匠風演奏スタイルではビブラートをタップリ効かせるのですが、ヴァンスカは最初の音にアクセントを置き、後はストレートに音を引っ張るだけ。ために、聴き手は如何にも古楽器をノンビブラートで演奏しているような錯覚に陥るのです。
もう一つ。ヴァンスカは弱音を徹底的に音を落として強調します。この例としては第2楽章の主要主題や第5楽章のメインテーマに注目しましょう。
表に登場するはずのヴァイオリンはひっそりと、ほとんど聴こえないほどの弱音に徹し、むしろ伴奏音型が起伏を目立たせる。
この終始徹底した弱音が、第4楽章「嵐」や第5楽章のクライマックスでの大音量と見事な対比を創り出します。
どちらかというと穏やかなイメージが支配する「田園交響曲」は、ヴァンスカの手にかかると、第5や第7も凌ぐほどにダイナミックな作品として響いてくるのでした。
どの一音も、期待と緊張が支配するベートーヴェン。最後まで興味深く聴いていた私はグッタリ。良く言えば集中力の極めて高い、言葉を変えればストレスの溜まるベートーヴェンでしたね。
ヴァンスカのベートーヴェン・シリーズも第7と第9を残すのみとなりましたが、今回の第6はヴァンスカの意図が明瞭に伝わり、その意味では最も成功した演奏と言えましょう。
オーケストラもよく指揮者の要求に応えていたと思います。
(一昔前の読響では考えられなかったこと。やはり前任の首席・アルブレヒトの意識革命がもたらした変化でしょうね)
しかし、この演奏が好きか嫌いかは別の話、だと思います。
恐らくウンザリするほど聴かされた伝統的演奏に嫌気がさしている人は、“もう、ヴァンスカ以外のベートーヴェンは聴きたくもない”と快哉を叫んだでしょう。
昔ながらの田園を聴きたかった人は、腰を抜かすほど仰天したでしょう。
現に私の隣で聴いていた老紳士は、演奏が終わるやいなや脱兎の如く席を立ちました。帰りの電車に間に合わせるためではなく、口直しにレコードでも聴かなきゃ安眠できない、と考えたのに違いありません。
ピリオド系ベートーヴェンの好きな方、チェリビダッケ風極端なダイナミズムを愛する方は、ヴァンスカのベートーヴェンは聴き逃してはなりませんぞ。特に「田園交響曲」は。
因みに、この夜のコンサートはテレビ収録が行われていましたから、いずれ日本テレビ系列で放映されるでしょう。
それに今回はティンパニが首席奏者ではなくエキストラ。それもテレビではお馴染みのあの方。彼が読響で叩くのを見たのは二度目ですが、それもお楽しみに。

 

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1件の返信

  1. mike より:

    私は28日のサントリーホールで聴きました。
    ヴァンスカの田園は私好みでした。
    いままでたくさんの田園を聴いてきて、それと比べて・・・好みです。
    テンポが速めで抑揚がはっきりとしていて。
    どこかで誰かが「ベートーベンが田園をスキップしているかんじの・・・」と
    書いていましたがほんとにそんなかんじでした。(笑)

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