読売日響・名曲聴きどころ~08年10月

 10月の名曲はヴィクトーア・エマニュエル・フォン・モンテトンの指揮で3曲、ベートーヴェンの「エグモント」序曲とピアノ協奏曲第1番、ドヴォルザークの交響曲第8番が演奏されます。モンテトンは1984年生まれだそうですから、今年未だ24歳ですね。
恒例の日本初演と楽器編成から。
エグモントの日本初演、明確にこれ、という資料は見つかりませんでしたので、日本のオーケストラ定期初登場の記録です。
1928年12月19日 日本青年館 近衛秀麿指揮新交響楽団(現NHK交響楽団)第40回定期演奏会。
このときは同じ「エグモント」の付随音楽から、「太鼓は響く」と「喜びに満ち、悲しみに満ち」という2曲のソプラノ用アリアも演奏されています。マルガレーテ・ネトケ・レーヴェという人が歌っています。因みにこの演奏会は、エグモントの音楽と第9交響曲というプログラムでした。
続いてオーケストラ編成です。
フルート2(2番フルート、ピッコロ持替)、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、ティンパニ、弦5部。要するに標準的な2管編成で、ピッコロが登場するのはコーダに入ってからです。
さて、ベートーヴェンのエグモントは、ゲーテの同名の劇に付けた付随音楽。今回は、その有名な序曲だけが取り上げられます。この劇は16世紀のブリュッセルが舞台、スペイン占領下のオランダで、祖国の独立のために戦うエグモント候の英雄譚です。いかにもベートーヴェンが好みそうなテーマ、作曲にも力が入っています。
序奏とアレグロの主部にコーダが付いていますが、序奏と主部のヘ短調という調が変わっていますね。ベートーヴェンとしては珍しい部類に属します。
そのヘ短調の暗い和音に続いて、弦が付点リズムのドッシリした主題を奏します。これに木管が物思いに耽るような美しいメロディーで応えます。この遣り取りを良く覚えておいて下さい。
やがて弦が滑らかな音型を何度も奏しながら主部に入ります。ここは3拍子なのですが、アクセントがずれていて2拍子のように聴こえます。こういう書法を「ヘミオラ」と呼ぶようです。この下降する主題も実にドラマティックで、エグモント公爵の性格を見事に描写しています(と思います)。
弦合奏が“ジャッ・ジャッ、ジャ・ジャッ、ジャッ”という性格的リズムを刻み、木管が優しく添えられるのが第2主題。実はこれ、序奏で最初に出た掛け合いを凝縮したものです。ベートーヴェンの作品構成の見事さを証明する最高の実例でしょう。
コーダがまた凄い。ここはエグモントがギロチンに登っていく場面の音楽ですが、自由を叫ぶ勝利の音楽になっています。その高揚感が頂点に達していくスリルと興奮。ベートーヴェンはこの部分を劇の最後でも使い、ゲーテはこれを「勝利の交響曲」と呼びました。古今東西のあらゆる序曲の中で、これほど音楽を凝縮して使用している作品が他にあるでしょうか。
続いて同じベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番。これも定期初登場の記録から。
1929年12月18日 日本青年館 マキシム・シャピロ(ピアノ)、近衛秀麿指揮新交響楽団第60回定期演奏会。
これもオール・ベートーヴェン・プロで、プロメテウスの創造物序曲と第7交響曲の組み合わせでした。当時はオール・ベートーヴェンという演奏会が頻りに行われ、ベートーヴェンはオーケストラの主食でした。
エグモントにしても協奏曲にしても、プロのオーケストラが活動する以前、例えば東京音楽学校の定期演奏会などで取り上げられていたのは、ほぼ間違いないと思われます。
楽器編成。ピアノ・ソロの他は、
フルート、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦5部です。フルートが1本というのがミソ。ベートーヴェンの協奏曲でフルートが2本使われるのはむしろ珍しい部類で、ピアノ協奏曲の3番と5番だけ、というのも覚えておくと面白いかも知れません。
さて、コリオランがベートーヴェンの中期を締め括る傑作であるのに対し、ピアノ協奏曲第1番は初期の代表作です。
第1番と言いながら、これはベートーヴェンの3番目のピアノ協奏曲に当たります。最初のピアノ協奏曲は変ホ長調のもので、言わば「第0番」。次は変ロ長調の作品ですが、出版の順序の関係から第2番として知られるもの。
第2には未だモーツァルトの残り香が感じられるのに対し、第1番には極めて個性的なベートーヴェンがアチコチに顔を出しています。当時の標準的な3楽章形式の協奏曲。しかし第1楽章ではピアノが入ってくるまでのオーケストラのみによる前奏が極めて大きいものになっています。
ソナタ形式の展開部の終わりに注目しましょう。ピアニストのパート。ここには「オクターヴ・グリッサンド」という極めて難しいパッセージが登場します。ベートーヴェンは後にワルドシュタイン・ソナタでも使いましたが、これは当時の聴衆の度肝を抜いたでしょうね。その頃のピアノのテクニックとしては破天荒。現代のピアニストにとっても決して易しい箇所じゃありませんから、注意して聴いて下さい。(と言って、ピアニストにプレッシャーをかけています)
ベートーヴェンはこの楽章に3種類のカデンツァを書いています。この曲に強い思い入れがあった証拠でしょう。
このカデンツァも大切な聴きどころです。ベートーヴェン自筆カデンツァ3種のうち、最初のものは未完成ですね(少なくとも残されている楽譜では)。従って残りの2作のうち、今回はどちらが取り上げられるでしょうか。比較的短いものと長大なもの、長さでも区別できます。ソリストによっては自作のカデンツァを弾く場合もあるようです。
カデンツァについては、チョッと面白い逸話が残っていますね。ブゾーニがハンブルグでこれを演奏した時、ベートーヴェン自作の長い方のカデンツァを僅かに変えて演奏したときのこと。翌朝の新聞評で、評論家はブゾーニ自作のカデンツァと勘違いし、“昨夜ブゾーニ氏が演奏したカデンツァは、様式に反している”と批判。
ブゾーニは、面白がってその批評家に電話をかけ、作り声で“あ~、もしもし。わしゃベートーヴェンじゃが、あのカデンツァを書いたのはワシ、ベートーヴェンじゃ”とやったそうです。
ま、カデンツァというのは、楽譜を持ち込んで確認しない限り、誰のものか、何処をどう変更したかは確認し難いもの。私も度々間違えて、何度も冷や汗をかいています。
閑話休題。
第2楽章は3部形式ですが、使われる調が斬新です。主調はハ長調の協奏曲ですから、モーツァルトならほぼ間違いなくト長調で書くはず。ところがベートーヴェンはイ長調で意表を衝き、当時の聴衆の目を醒まさせたのでしょうね。
この二つの楽章の調感覚、そのバランスに耳を済ませましょう。
第3楽章はABACABAの典型的ロンド。この楽章も一筋縄ではいきません。終わり方が奇抜なのです。カデンツァの後、一旦アダージョでフェイントをかける。その後、一気呵成に終結に突っ走るアイディアは、いかにもベートーヴェン。
このプログラムの前半はベートーヴェンの真骨頂を味わえる選曲になっていると思います。
ベートーヴェンの緊張でストレスが溜まった後は、ドヴォルザークの交響曲で寛ぎましょう。
第8交響曲の日本初演は間違いなくこれだそうです。
1941年9月24日 日比谷公会堂 ジョセフ・ローゼンストック指揮新交響楽団第228回定期演奏会。これは翌日も演奏されています。
オーケストラ編成は以下。
フルート2(2番フルート、ピッコロ持替)、オーボエ2(2番奏者、イングリッシュホルン持替)、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ、弦5部。
ピッコロとイングリッシュホルンが登場するのは、ほんの僅かな箇所です。それが何処かは、皆さんで探してみて下さい。隠れ聴きどころかも・・・。
交響曲第8番は俗に「ドヴォはち」として知られる人気曲ですが、極めてパストラールな性格を持っていますね。ドヴォルザークの「田園交響曲」と言っても良いのじゃないでしょうか。
ト長調、全4楽章ですが、ドヴォルザークの交響曲の中では演奏時間が比較的短いものです。この曲の前後に書かれた第7と第9が独自の大きな構えがあるのに比べて、ここにはリラックスしたドヴォルザークがいるような気がします。その意味で私のドヴォルザーク交響曲の一押しが第8番です。
私がクラシックを聴き始めた頃、これは「第4番」と表記されていましたが、現在は初期の作品も勘定に入れて第8番になっています。最近は版も新しい校訂版が出版されていまして、ノヴェロ社が基本になっている古い版とは微妙に違う箇所があります。あまり拘らなくてもよいのですが、特に第4楽章のティンパニの違いが目立つようです。
第1楽章は、そのティンパニの使い方が斬新でカッコいいですね。ここに注目。
最初にメランコリックなテーマが出た後、フルートのソロが「鳥の声」を模します。田園風な性格を感じさせる重要なポイントですね。このメロディー、しっかり耳に刻んでおきましょう。後で第4楽章でも微かに余韻が聴かれますから。
第2楽章もドヴォルザークのメロディストたる面目躍如の楽章。美しいメロディーが次々と登場しますし、伴奏音型すら歌い出したくなるほど。中でもクラリネットのデュオは最大の聴きどころでしょう。
第3楽章もドヴォルザークそのもの。某評論家氏の解説をパクれば、グラツィオーソという指定は正にドヴォルザークその人の音楽を代弁している音楽用語なのだそうです。
第4楽章はトランペット2本のユニゾンによるファンファーレで始まりますが、形は違えど、これは第1楽章の「鳥の歌」から導かれた音楽です。これに続いて低弦に変奏主題が出ますが、これもまた「鳥の歌」のモチーフで構成されています。
こうしてドヴォルザークは、この交響曲全体を田園的な性格で統一することに成功しているのですね。終楽章の変奏は次第にテンポを速め、遂にはホルンの勇壮なトリルで頂点に達します。その後もフルートの軽やかなソロ、ややコミカルな趣のアラビア風マーチなど、聴き手を飽きさせません。
このマーチ、私はいつも“コガネムシは金持ちだ”という日本の歌を思い出して苦笑してしまいます。皆さんも聴いたことがあるでしょう、野口雨情作詞・中山晋平作曲の「黄金虫」。“金持ちだ”と“金蔵(かねぐら)建てた”という歌詞の部分がドヴォルザークと良く似ていると思いませんか。
以上、9月名曲の聴きどころ。文字通り名曲オン・パレードですから、皆様夫々の聴きどころをお持ちでしょう。私の話などに捉われず、思う存分オーケストラ演奏を楽しんでください。

 

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