弦楽四重奏の旅・第5回
昨日はクァルテット・エクシオ(以下エク)の「弦楽四重奏の旅」例会でした。このシリーズもエク主催のシーズン・プログラムとしてすっかり定着し、今回が5回目。そもそも弦楽四重奏には余り縁が無かった聴き手にも室内楽の世界を垣間見て頂こうという趣旨でスタートしたシリーズで、今回は「北の国から」がテーマ。英国、北欧、ロシアの作曲家たちの作品が並びました。
まさか北の国からがテーマだったからではありますまいが、この日は季節外れの寒さ。最近の首都圏は長雨と低温が続き、先週末の京都に比べても、思わず“サムッ”と口走ってしまうほどです。
雨と寒さはエクの得意とするところ、私が彼らの演奏に初めて目を開いたのも、当時晴海で行われていたラボ、北欧シリーズだったことを思い出しました。あの時も強烈な寒さの中で聴いたシベリウスに熱くなったものです。
ディーリアス/弦楽四重奏曲第2番「去りゆくツバメ」
グリーグ/弦楽四重奏曲ト短調作品27
~休憩~
チャイコフスキー/弦楽四重奏曲第1番ニ長調作品11
改装成ったサントリーホールのブルーローズ、4人が登場して先ず納得です。女性陣3人のドレスは深い緑色で、いわゆるアイルランド・カラー。終演後にセカンド山田氏にそれとなく指摘した所、やはり意識しての選択だったそうな。気が付いた方、おられますか?
最初はディーリアス。私はてっきり第3楽章「去りゆくツバメ」だけを演奏するのかと思っていましたが、何と全曲。同じ勘違いをしていた人は私だけではなかったようで、知人も同じ反応だったので笑ってしまいました。
それもそのはず、彼らのファースト・アルバムにはこのツバメ楽章のみが録音されているからで、これで予習されてきた方も多かったのだろうと思慮します。
私がエクのディーリアスを聴いたのは二度目で、晴海時代のラボで英国作品特集を組んだ時。その折にはエルガーで始め、ブリテンを演奏して休憩。プログラム後半がディーリアス1曲というバランス的に?の構成だったのですが、大友チェロはディーリアスが好きなので最後に選んだ、と話していたと記憶します。コンサートに先立って行われた試演会での会話でしたっけ。
このクァルテットには3楽章のオリジナル版と改訂された現行版の二つの形が存在しますが、今回はもちろん4楽章の改訂稿。タイトルは第3楽章に付せられたもので、ツバメとは第1次世界大戦の犠牲者を渡り鳥に暗喩しているもの。その第3楽章がやはり全曲の白眉で、暖かい和声の中にも悲しみが漂う音楽。特に全員が弱音器を付けて奏する中間部が淡い思い出を連想させるように、如何にもディーリアスならではの世界を創り出していきます。
他の3楽章はどれもピツィカートの扱いが特徴的。沈痛な中にもホッとするような温もりが伝わり、エクも見事なバランスでディーリアス・ワールドを描いて見せました。
続いて演奏されたのが、友人でもあり、ディーリアスに大きな影響を与えたグリーグの大作。彼にはもう一つ2楽章の未完作品がありますが、作品27はグリーグの全作品の中でも最も規模が大きく、最高傑作と断言して良いでしょう。
冒頭の序奏部で決然と登場する循環主題(自作の歌曲からの転用)からして「北の国から」を感じさせるのは、2度下降、続いて3度下降するモチーフがノルウェー民謡の重要な構成要素であるからで、例えば有名なピアノ協奏曲の冒頭主題もこの下降音型で構成されているのです。
第1主題部が、まるで全曲の終わりを告げるかのように完全終止。1小節のパウゼを置いて登場する第2主題もまた、「ド・シ・ソ」(移動ドに読み替え)という2度・3度下降モチーフで構成されている循環主題でもあります。これを ff で受けるヴィオラとチェロの相槌もまた2・3度下降。コーダ、上3声のトレモロに乗ってチェロが歌う循環主題の美しいこと。大友の美しい凛とした響きは如何にも北國の空気を思わせます。
同じくチェロが歌い始める、軽く3連音が彩る美しい第2楽章ロマンス。またしても2度・3度下降音型の第3楽章インテルメッツォ、サルタレッロの熱狂が寒さを吹き飛ばす勢いのフィナーレ、そして最後のコーダでは前楽章が回顧され、圧倒的なプレストへ。「ザ・グレイト」と呼びたくなるような壮大な弦楽四重奏曲と、一糸乱れぬアンサンブル。エクの名演に大きな拍手が巻き起こりました。
ここで休憩となりますが、聴感としては前半だけでお腹一杯。後半のチャイコフスキーも大曲ですが、同じチャイコでも第2番よりは楽に聴けるのでは、という冗談も聞かれました。
確かに第1番は有名なアンダンテ・カンタービレもあり、全体的な長さは前半ほどではありません。それでも第1楽章はシンコペーションが結構厄介だし、フィナーレも後打ちリズムに気が抜けません。最初はヴィオラ、再現部ではチェロによって歌われる美味しいメロディーも飛び出して、聴き手は心地良さに身体も思わず揺れますが、演奏する側にとっては淀みない流れを持続するのは案外難しいのだとか。
さすがに大曲を3曲並べたプログラム、エクも早々にカーテンコールでは前に整列、今日はアンコールはありません、ということを堂々と誇示していました。
このあとエクは11月の京都・東京定期、来年2月には看板でもある現代作品によるラボ、晴海のアラウンド・モーツァルトと続きます。更にはこの日、来年4月上旬に企画されている「ながらの春 室内楽の和」音楽祭の詳細も発表されました。それによれば2018年度はドヴォルザーク三昧の予感。長柄では室内楽セミナーも開催されるようで、次年度も見逃せない・聴き逃せない公演が続きそうです。もちろんその次も・・・。
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