サルビアホール 第85回クァルテット・シリーズ

11月、今年も残り2か月となりました。鶴見サルビアホールの名物企画クァルテットシリーズは、この2か月で2シーズン、全6回の演奏会が予定されており、秋ながら正に百花繚乱の趣ではあります。
いつもは1シーズン、3回づつ纏めてチケットを予約するシステムですが、この秋は6回通し券という新たな試みもあって、チラシも見開き4ページの豪華版が配られているのは皆さんご存知の通り。

十三夜が眩しいほどの昨日、その筆頭として、フィンランドからテンペラ・クァルテットを迎えてシリーズ第85回が行われました。

ラウタヴァーラ/弦楽四重奏曲第1番
ノルドグレン/弦楽四重奏曲第10番
     ~休憩~
シベリウス/モルト・モデラート、スケルツォ
シベリウス/弦楽四重奏曲

1997年にフィンランドの女性だけで結成されたテンペラQ、黒の衣裳で颯爽と登場したメンバーは、ワルキューレたちというよりも4人のノルンの印象。フィンランド女性特有の彫の深いプロフィールで、ファーストがラウラ・ヴィクマン Laura Vikman 、セカンドをシルヴァ・コスケラ Silva Koskela 、ヴィオラがティーラ・カンガス Tiila Kangas 、チェロはウッラ・ランペラ Ulla Lampela の4人。設立当初からメンバーは替わっていません。ホームページは、

http://www.temperaquartet.net/index?lang=en

今回のツアーは極めて短期のようで、10月30日から11月1日まで加須、名古屋、横浜の3箇所のみ。東京では聴くことが出来ず、かなりコアな室内楽ファンの密かな楽しみでもありました。
今回が3度目の来日だそうで、テンペラQの創立20年を記念すると同時に、フィンランド独立100年記念に際して企画された由。私も今年のプロムス・レポートでフィンランド独立については何度か触れましたが、フィンランド大使館でもホームページで高々と謳っています。独立100周年についてはこちらをご覧ください↓

http://www.finland.or.jp/public/default.aspx?nodeid=50019&contentlan=23&culture=ja-JP

この公演もフィンランド大使館が後援し、プログラムにはフィンランド独立100年のロゴも印刷されていました。それにしては空席が目立ったのが残念です。

実はテンペラQ、2005年11月には鵠沼サロンコンサートでオール・シベリウスを演奏したという記録があり、12年前にこの団体を早くも紹介してくれていた平井プロデューサーの慧眼に改めて敬意を表しましょう。次の機会には、是非多くの聴衆に足を運んでもらいたいクァルテットです。

今回はコンサートの趣旨もあり、フィンランドの作品に徹底したプログラム。シベリウス以外は日本では余り馴染みの無い作曲家ということで敬遠されたのかもしれませんが、どれも決して難解な作品ではなく、ノルドグレンは日本との関係も深い作品で、この辺りは事前にもっと積極的なアピールがあっても良かったのじゃないでしょうか。過ぎたことですが、私もこの場で作品に深入りしてみたいと思います。

それが前半の2曲。最初のラウタヴァーラ Einojuhani Rautavaara (1928-2は16) は去年、88歳で亡くなった長寿作曲家で、弦楽四重奏曲は2曲。この日演奏された第1番は1952年、未だシベリウス・アカデミーで学んでいた学生時代の作品で、どうしてもシベリウスの影響が感じられます。
全体はコンパクトな3楽章。第1楽章4分の4拍子を基本にしたプレストはチェロのリズムから始まりますが、テーマはシベリウスの特徴でもある狭い音程の中を上下するもの。展開部後半に登場する、2度音程を順に上昇して fff に至るモチーフもシベリウス譲りのものでしょう。第2楽章アンダンテも4分の4拍子による緩徐楽章ですが、2度・3度の狭い音程で蠢くテーマ、2度上昇モチーフは第1楽章と同じ。この二つの楽章は同じ素材による兄妹の関係、とでも申せましょうか。

第3楽章ヴィヴァーチェ・アッサイは、「ギガ風」Alla giga と題された高速のフィナーレ。イタリア語で giga とはフランス語のジーグ gigue のことで、17世紀から18世紀にかけてヨーロッパで流行した動きが速く活発なダンス音楽。8分の3拍子による上昇志向のテーマがロンドの様に繰り返されますが、二度に亘って挟まれる2拍子系の舞曲風副主題も特徴的。特に2回目はヴィオーラのソロ→セカンド→ファースト→チェロとフーガ風に声部を加えていく所は聴き所の一つでしょう。最後は4人の ff によるフェルマータでかっこ良く閉じられます。

ラウタヴァーラに続いては、逆に短命に終わったノルドグレン Pehr Henrik Nordgren (1944-2008) の最晩年の傑作。64年の生涯は、先輩ラウタヴァーラの一生にスッポリ収まってしまうほどですが、弦楽四重奏曲は11曲も残しました。
1970年に来日し、東京藝大で学んだノルドグレンは、日本で学んだことがターニング・ポイントになった、と述懐していたほど。また弦楽四重奏作品が多いことで分かるように、ベートーヴェンと、特にショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲に大きな影響を受けています。

故国のカウスティネンに冬の室内楽フェスティヴァルを創設して活躍しましたが、第10弦楽四重奏曲は重い病気掛かっていたときの作品で、死の前年に書かれ、テンペラQに捧げられました。
4楽章構成、「ショスタコーヴィチへの最後のオマージュ」というタイトルを付けられることもあるように、最初の3つの楽章はショスタコーヴィチの第2ヴァイオリン協奏曲に倣ったスタイルで作曲。特に第3楽章パッサカリアでは、EHHE(ミ・シ・シ・ミ)の作曲者の名前から採った音名が使われます。第2楽章スケルツォはに日本民謡のリズムが顔を出し、第4楽章「朝の歌」は、ノルドグレンが1971年に富士山頂上で見たご来光の感動が反映されているそうな。更にこの楽章では小さな鐘が使われますが、神道の儀式とも、お遍路さんの鈴の音とも解釈されているようです。

スコアはフェニカ・ゲールマンスから出ていますが、残念ながら手元には無いので、テンペラQの録音とCDブックレットで予習。第1楽章は終始弱音器を付けて演奏される夜想曲で、アダージョ・ソステヌートの厳しい世界。第2楽章は上記、日本とフィンランドの民謡リズムが合体したようなスケルツォです。
第3楽章がショスタコーヴィチに倣った音名パッサカリアで、冒頭ヴィオラとチェロがユニゾンで始めます。そのあと音名はセカンドとヴィオラ、更にはファーストとセカンドのユニゾンへと受け継がれ、ショスタコーヴィチ同様に「死」を意識させるような響きに満ちた楽章。

そして注目の終曲は、ファースト・ラウラが左手に持った鐘を鳴らして開始され、恰もご来光をイメージするような高揚感に達します。鐘は都合3度鳴らされますが、2度目と3度目はラウラが左手で鐘、右手は弦をピチカートで弾きながらという奏法で、これは音だけのCDでは判らない光景でもありました。
第2楽章を除いては、密やかながら子守歌風のメロディーが思い出の様に垣間見えます。譜面が無いので断言できませんが、同じメロディーの様にも聴こえましたがどうでしようか。

ラウタヴァーラとノルドグレン、現代フィンランド作品と言いながらメロディックな個所も多く、シベリウス好きには直ぐに共感できる音楽で、聴かず嫌いで避けてしまうには勿体ないほどの美しい体験でした。
テンペラQの演奏も、特にノルドグレンは彼女たちのために作曲された作品でもあり、作曲家の核心に最も迫った演奏と言うべきでしょう。

そして後半はシベリウス一色。最初に紹介されたモルト・モデラート、スケルツォは、若い頃に書いた弦楽四重奏の試作的なものだそうで、私は初めて聴きました。シベリウスには弦楽四重奏用の短い作品が相当数あって、テンペラQがBISに録音した全集はCD3枚分にも及びます。ほとんどが正式には出版されていないのではないでしょうか。

そのシベリウスの代表作が、最後に演奏された「親愛なる声」。タイトルは冒頭のチェロとファーストのやり取りに由来しますが、全体は真にシンフォニックな作品です。
曲目解説には全5楽章が切れ目なく続けて演奏される、とありましたが、楽譜でアタッカと表記されているのは第1楽章と第2楽章の間だけ。この日のテンペラQは第1・2楽章の間の他、第4・5楽章の間も休みを置かずに続け、全体を3楽章の様に演奏しました。この結果、解説でも触れられていたバルトークが試みたアーチ型構成が手に取るように分かるのですね。

テンペラQのシベリウス演奏については、幸松肇氏が著作「世界の弦楽四重奏団とそのレコード」の中で「深い情感をえぐるように描き出し、しみじみと感興豊かに語る手法の確かさ」と評し、「哀感溢れる情緒の感情の潜め方、力強いパッセージの思いの込め方、スタッカートの粒立ちの度合いの種類の多さ」と指摘されています。真に言い得て妙、初めてナマで聴いた感想は正にその通りで、眼前に見て聴く彼らのフィンランド音楽に感銘を新たにした次第です。

ヴィオラのティーラがアンコール曲名を告げ、シベリウスのアンダンテ・フェスティーヴォ。私がクラシックを聴き始めた1950年代の後半にはシベリウス音楽祭があって、そのFM中継で何度も聴いたのがこの作品。シベリウスで終えたコンサートでアンコールがあるとすれば、アンダンテ・フェスティーヴォ以外には考えられません。“今日のアンコールはこれ”と確信していましたから、予想が当たった嬉しさと、テンペラによる正真正銘のシベリウスとに大満足でした。
アンコールはこれが最後ではなく、もう1曲。アンダンティーノ(ハ長調)はやはりシベリウスの試作的作品の一つで、BIS全集にも含まれています。

北欧きっての実力派によるフィンランド・プロを堪能した一夜でした。

 

 

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