紀尾井ホールのクァルテット・プラス

寒の真っただ中、小寒も末候を迎えた2月18日、久し振りに赤坂見附に出掛けました。この日は寒中にしては珍しく暖気が入り、コートは煩わしいほど。午後は珍しく新宿で過ごし、一旦帰宅してからの赤坂行です。
弁慶橋を渡り、大久保利通公が被災した清水谷を横目に見て、紀尾井坂の急勾配を登る。かつては勤め先だったこの辺りを通る時はいつもある種の感慨に襲われますが、今日は上質な室内楽が目的。紀尾井ホールで暫し現実から離れましょう。

シューベルト/弦楽四重奏曲第14番ニ短調D810「死と乙女」
     ~休憩~
ブラームス/弦楽六重奏曲第1番変ロ長調作品18
 クァルテット・エクセルシオ
 ヴィオラ/柳瀬省太
 チェロ/宮田大

紀尾井シンフォニエッタや20世の現代作品シリーズ等かつては良く通ったホールですが、最近は足が遠ざかっています。何年ぶりかしら。従ってホールのイヴェント情報なども目に入らず、このコンサートを知ったのはチケット売り出しからは随分時間が経過していたようです。ゲットした席はホール後方のペアシート。室内楽にはやや遠い席でした。
紀尾井ホールの主催公演で、我がエクセルシオに名手二人を迎えた豪華版室内楽二本立てと言うプログラム。演奏者に付いては改めて紹介する必要もないでしょう。

前半はシューベルトの極めて厳しいクァルテット。後半は一転して明るい、ブラームスの室内楽の中では最も聴き易いセクステットという組み合わせ。明暗の対象も聴き所でしょうか。
更に言えば、フラット系の調性で統一されているのも、聴き手に安心感を与えるのに寄与していると感じられました。

最近は以前にも増して調性に拘って聴くようになりましたが、「死と乙女」の場合は、第1・3・4楽章が主調のニ短調。長調であっても良い緩徐楽章でさえト短調で書かれているため、作品全体が極めて暗い世界になっているのでしょう。唯一、第2楽章の最後でト長調に転調するので僅かに光が差すような印象が残りますが、それも遠い昔を思い出すような夢として聴こえてくるような気がします。

一方のブラームスは、第1楽章と第4楽章が変ロ長調。第2楽章で「死と乙女」と同じニ短調に転じますが、決して暗い感じには聴こえません。第4変奏と第5変奏はニ長調ですし、最後はニ短調に戻りますが、あの有名なテーマは恋愛映画に使用されたように、そもそも余り暗いイメージじゃありませんよね。
そして如何にもブラームスがヨチヨチと散歩しているイメージ、ユーモラスでさえある第3楽章スケルツォは同じ♭系のヘ長調。

ところでヴィオラとチェロ、ファーストとセカンドの受け持ちにはいつも目が行ってしまいますが、今回はオーソドックスにゲストの二人がファースト、クァルテットのメンバーはセカンドで支えていました。並びは舞台に向かって左から西野・山田・宮田・大友・吉田・柳瀬の順。
この分担、楽譜を見ていない方は、第2楽章の冒頭でテーマを朗々と歌うのが第1ヴィオラ、同じく終楽章の頭でロンド主題を弾き出すのが第1チェロと覚えればよろしい。視覚的に一番判り易いのが第3楽章で、スケルツォの第2楽節で6つの声部がカノン風に登場する順番が第1ヴァイオリン→第2ヴァイオリン→第1ヴィオラ→第2ヴィオラ→第1チェロ→第2チェロと高い順なので、ここなら間違うことは無いでしょう。

私の席(1階17列)からは遠めの感想でしたが、響きの纏まりは十分。シューベルトの張り詰めた緊迫感、ブラームスの和気藹々たる合奏を十分に楽しめました。
六重奏曲でアンコールする作品は数少ないと思いますが(予想はブラームスのスケルツォをもう一度でしたが・・・)、大友チェロが挨拶の後で紹介したのは、リヒャルト・シュトラウスの歌劇「カプリッチョ」の前奏曲でもある弦楽六重奏曲。これも気が付いた方も多いと思いますが、フラット一つのヘ長調が主調。もちろんシュトラウスの事ですから様々に転調を経ていきますが、最後は主調に落ち着き、聴き手を暖かさで包み込むのでした。アンコールを含め、内容的にも調性的にもバランス良く組み合わされていた一夜。

 

 

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