読売日響・名曲聴きどころ~08年11月
10月名曲はヴァンスカのベートーヴェン・シリーズの4回目。ベートーヴェンは交響曲第6番ですが、組み合わされるのはアホの交響曲第9番。
先にベートーヴェンから行きます。
恒例の日本初演
1919年(大正8年)5月31日 奏楽堂 G・クローン指揮・東京音楽学校
楽器編成は、
ピッコロ、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、トロンボーン2、ティンパニ、弦5部。
この内、ティンパニは第4楽章だけ、ピッコロとトロンボーンは第4・5楽章だけに使われます。
第6交響曲はベートーヴェン自身が「田園」 Pastorale と名付けた一品。標題音楽の開祖とも評されている音楽です。
ただし自然描写を試みたのはベートーヴェンが嚆矢ではなく、18世紀にはいくつかの先例があるそうです。もちろんベートーヴェンはそれらを知っていたでしょうが、ここまで芸術的に優れた作品に昇華できたのは、ベートーヴェンだけでしょう。
スコアには楽章毎に「解説」があり、音楽もそれに添うように書かれています。ただし第2楽章から第4楽章までが描写的な音楽を含んでいるのに対し、第1楽章と最終の第5楽章は全体としての印象を表現した内容になっています。
第1楽章は「田舎に着いて、はればれとした気分が蘇る」
ここでいう田舎に着いた、というのは現代の旅行とは異なります。都会から車で高速道路を飛ばして郊外に行くイメージじゃありません。ベートーヴェン自身がよく行っていたように、徒歩での散歩を兼ねた田舎行。木々の緑や鳥の囀りを楽しみながらの気分転換です。
第2楽章は「小川のほとりの情景」
この「小川」は、ウィーン郊外のグリンツィングを流れる小川のことです。現在のグリンツィング在住、ウィーンの指揮者マルティン・ジークハルトによると、この川の流れは意外に速いのだそうです。あまり遅いテンポではベートーヴェンがイメージした小川にはなりません。
因みに、グリンツィングは現在はウィーン市内に含まれ、地下鉄のウィーン中央駅から駅にして二つか三つ、時間にして12分ほどで着いてしまうそうです。しかしベートーヴェンの時代はウィーン郊外で、馬車で2時間ほどかかった由。その辺りを思い浮かべながら聴くのも一興でしょう。
この楽章チェロの動きにも注目。終始第1プルトとその他の二つに分割され、第1プルトは主にヴィオラと、他のチェロ群は主にコントラバスと行動をともにします。
このアルペジオ風の細かい動きで波を表現するアイディア、例えばワーグナーがライン河を描いたり、ドビュッシーが海の情景を描いたりする時の手法の手本になったような気がします。
ソナタ形式で書かれた楽章ですが、再現部に入る手前、フルート、クラリネット、ファゴットのソロが吹く下降音型の絡みが微妙に不協和音を創り出し、あたかも水面に太陽の光が反射するような効果を挙げているところに注意して下さい。特にピアニッシモ pp に音量が落ちる第81小節と82小節。思わず息を呑んでしまうほどの美しさ!!
楽章の終わりにナイチンゲール(フルート)、ウズラ(オーボエ)、カッコウ(クラリネット)が登場するのはご存知の通り。スコアにも Nachtigall, Wachtel, Kuckuck と指定されています。
第3楽章は「農民たちの楽しい集い」
弦の刻みに乗ってファゴットが吹くのは、田舎楽師の鄙びたバス。ドとソしか出ないのはご愛嬌です。オーボエが一拍ずれるのも農民楽隊の大らかさを表しています。それにしてはホルンが難しいですけどね。
トリオの後で繰り返し記号があり、スケルツォに戻ります。これを実行すると、ベートーヴェンが第4交響曲で初めて試みた5部形式の第3楽章になるのです。
第4楽章「雷雨・嵐」
第3楽章から第5楽章はそのまま一気に、アタッカで続けて演奏されますが、この楽章ではオーケストラによる嵐の描写の素晴らしさを味わって下さい。完全にベルリオーズを先取りしています。
この楽章だけに使われるティンパニの効果的な使用もさることながら、コントラバスの左手が激しく動いて流れる黒雲を描写するところなど、指から血が出やしないかと心配になる箇所でもありますね。
第5楽章「牧人の歌-嵐のあとの喜ばしい感謝に満ちた気分」
ソナタ形式ともロンド形式とも取れる構成ですが、フルートが駆け上がった後に出てくる第1主題(又はロンド主題)と、その伴奏音型をシッカリ耳に刻みつけておいてください。
提示部で第1ヴァイオリンが歌った第1主題、再現部ではそのまま演奏されず、細かい音型に紛れ込ませて紡いでいくのです。しかし聴く者に第1主題がハッキリと聴こえてくるような錯覚。実はここ、ベートーヴェンは主題の伴奏音型を高らかに鳴らし、あたかも主題がそのままなっているようにオーケストレーションしているのですね。
正にマジック。嘘だと思ったらスコアを開いて確認してみて下さい。田園交響曲の最大の聴きどころでしょう。
最後のコーダ。音楽が静まり、楽譜に sotto voce と記されたピアニッシモによる弦合奏、ここは自然への感謝の気持ちを表しているのでしょう。長大な交響曲を締め括るに相応しい、真に感動的な音楽です。
*****
このコンサートの前半は、フィンランドの現代作曲家カレヴィ・アホ Kalevi Aho (1949- ) の交響曲第9番が演奏されます。
実はこの作品のスコアは市販されておりません。楽譜を見なければ聴きどころなど書きようもないのですが、CDは発売されていますし、アホの作品を出版しているフェンニカ・ゲールマンス社のホームページの閲覧が出来ますので、それを頼りに何とかお茶を濁してみようと思います。
アホの作品については、去年もヴァンスカがフルート協奏曲を取り上げてくれました。その時も楽譜なしで聴きどころを書きましたので、それも参考にしてください。
今回演奏される交響曲第9番は、別名「協奏交響曲第2番」という副題がついていて、実質的にはトロンボーン協奏曲になっています。今回の演奏は作品の初演者であるリンドベルイのソロとヴァンスカの指揮ですから、その演奏は最も権威あるものになるでしょうね。
日本初演というアナウンスはないようですが、他に演奏された記録も見当たりませんので、今回が日本初演だと思われます。
楽器編成。出版社の貸譜カタログによれば、
トロンボーンのソロ、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、サクソフォン、ホルン2、トランペット2、トロンボーン、チューバ、バリトン・ホルン、ティンパニ、打楽器多数、チェンバロ、チェレスタ、弦5部となっています。アホが好んで使うバリトン・ホルンがあるのが見所です。
作品は3楽章。CD盤のタイミングでは、第1楽章が11分半、第2楽章は10分、第3楽章が9分で、全体は31分ほどかかる作品です。
この作品には、前回のフルート協奏曲のような作曲に纏わるエピソードなどはないようです。
音源を聴いた印象では、第1楽章はアンダンテのやや暗い部分と、チェンバロが活躍するほとんどバロック音楽風の舞曲が交互に現れる構成。特に最後のプレストではティンパニの強打や弦楽器のコルレーニョ奏法が炸裂し、トロンボーン・ソロとの高揚した遣り取りが聴きどころだと思います。
第2楽章はアダージョ。静かに叙情的な音楽で開始されますが、音楽は次第に厚味を加え、テンポも次第に速くなっていきます。最後には金管楽器の合奏が再びバロック風、あるいはルネサンス音楽を連想させるような箇所も登場し、終結は弱まって静かに消えていきます。
第3楽章の基本はプレスト。弦楽器の細かい動きや、各種打楽器、ヴァイオリン・ソロにサクソフォンも加わって多彩な音楽を繰り広げます。
丁度真ん中当たりでトロンボーン・ソロのカデンツァに入ります。このカデンツァの技巧が凄い。グリッサンド、ミュートを付けた気味の悪い音、同時に複数の音を出す場面等々、耳も目も全開にしてリンドベルイの妙技を楽しみましょう。
この楽章にもバロック音楽の模倣が聴かれますが、最後は神経質な連続音が加速し、その終結はストラヴィンスキーの「春の祭典」第1部の終曲を思い起こさせます。
以上、第9交響曲は、全ての楽章で音楽のスタイルが新しいものから古いものに急激に変化していきます。これは作品に、音楽の過去・現在・未来というコンセプトがあるためでしょう。
それはソロ楽器であるトロンボーンそのものにも表現されているようで、ゲールマンスの楽器リストに表記はありませんが、ソリストは現代のトロンボーンの他に、バロック時代のアルト・トロンボーンを持ち替えて使用するようです。
このトロンボーン、サックバット sackbut という名前で知られているもので、語源は不明ですが、トロンボーンの古英語です。shagbolt と表記されている古い資料も存在します。
15世紀末から使用されていた楽器で、様々なピッチに調整可能なのだそうです。見た目には現代のトロンボーンとほとんど変わりない由。
サックバットのための作品としては、英国の作曲家マシュー・ロックが1661年に作曲した、「国王のサックバットとコルネットのための音楽」が知られています。
アホの交響曲についても紹介しておきましょう。
交響曲は現在までに14曲が作曲されており、その概略は、
第1番 1969年
第2番 1970年
第3番 1973年 協奏交響曲第1番の副題があり、ヴァイオリンのソロを独奏楽器とする
第4番 1973年
第5番 1976年
第6番 1980年 一種の管弦楽のための協奏曲で、スコアには soli concertante の表記がある
第7番 1988年 「昆虫交響曲」
第8番 1988年 独奏楽器としてオルガンが使われる
第9番 1993-1994年 協奏交響曲第2番。トロンボーンがソロ
第10番 1996年
第11番 1997-1998年 独奏グループとして6人の打楽器奏者が登場
第12番 2002-2003年 ソプラノとテノールのソロが入る。Lusoto 交響曲のタイトル
第13番 2003年 「性格的交響曲」
第14番 2008年 「典礼交響曲」
アホの交響曲には協奏曲としての性格を持つものが多いのが特徴です。14曲の内、5曲が協奏的内容を持っています。しかし純粋な協奏曲ではありません。スコアが市販されていて入手可能なものは、第1番、第2番、第4番の3曲だけ。
最後に、今回演奏される第9交響曲については、前回のフルート協奏曲と同様、出版社のホームページから音のサンプルを聴くことができます。第1楽章のプレストの部分、バロック音楽風な箇所です。
これを聴いていただいても判るように、アホの作品は決して難解なものではありません。特に第9交響曲は、重いオーケストレーションもたくさん出てくるとは言え、比較的軽く、楽しい性格を持った作品と言えましょう。
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