ラボ・エクセルシオ新章Ⅵ
2月4日は立春、と言えどもこの日の暖かさはほんの一瞬、という日曜日、初台の近江楽堂に出掛けました。丁度一年振り、去年もこの不思議な空間で開催されたクァルテット・エクセルシオの実験室、ラボ・エクセルシオを聴くためです。
第1回からバルトークの弦楽四重奏曲を一つづつメインに据えてきたこのシリーズ、第6回ということでバルトーク全曲も完結編を迎え、一つの区切りでもありましょう。今回の挑戦は、以下の3曲。
ヴァスクス/弦楽四重奏曲第2番「夏の歌」
矢代秋雄/弦楽四重奏曲
~休憩~
バルトーク/弦楽四重奏曲第6番
三々五々、日本の、そして世界の彼方此方から熱心なクァルテット・ファンが初台に集結し、午後1時30分からはシリーズ恒例のプレトークが始まります。例年の通り(記憶では一度だけ病欠があったかな)音楽ジャーナリスト渡辺和氏が聞き手となり、今回も前回と同様に西村朗氏がトーク・ゲスト。矢代・バルトークの二氏は残念ながらゲストに招くには遠すぎ、ヴァスクス氏はお金がかかる、ということで西村氏に。というわけでは勿論ありません。
矢代氏は西村氏にとって藝大最初の師匠であり、その作品は氏にとっては聖典の如き存在。プレトークは西村氏の矢代オマージュに終始しました。詳しい事は現場で聞かれた方だけの極秘情報として、矢代大先生には書かない凄さ、語らない恐ろしさがあった、と言うことだけに留めましょう。
ということで、プログラムの最初はプレトークでは微塵も話題にならなかったヴァスクスの傑作。実はヴァスクス、私と同年生まれと言うことで親しみも沸くのですが、生まれたのはソ連併合下のラトヴィア。現在まで弦楽四重奏曲は5曲書かれていますが、今回演奏された第2番は、未だソ連支配下の1984年です。当時のラトヴィアはロシア化政策がすすめられ、ラトヴィア語も禁止されるほどの圧政下だった由。ヴァスクスがコントラバスを学んだのも、牧師の息子という出自から母国の音楽学校では学べず、いくらかは統制の緩かった隣のリトアニアで学んだからだそうな。当然ながらヴァスクスには祖国への複雑な思いがあったと想像できましょう。
この日のプログラムノートには、第2弦楽四重奏曲にはヴァスクスの自然や鳥たちへの愛情が素直に表明されている、と紹介されていましたが、私には何とも悲しい作品に聴こえ、どうしても政治的な意味合いが含まれているように感じられてなりませんでした。ラトヴィアが再度独立を勝ち取ったのは、ソ連が崩壊した1991年のこと。第2番が作曲された1984年は、ラトヴィアの人々の独立願望が膨らみに膨らんでいた時期ではなかったのか・・・。
作品は3楽章構成、第1楽章「花ひらく」Coming into Bloom 、第2楽章「鳥たち」 Birds 、第3楽章「悲歌」Elegy から成り、第2楽章と第3楽章は続けて演奏されます。
ここからは解説とは異なって私の勝手な解釈に移りますが、作品の中心は第2楽章にある、と聴きました。メシアンとは全く違った形で鳥の囀りが模倣されて行きますが、鳥には国境がありません、よね。即ち、ヴァスクスの鳥は自由の象徴ではないでしょうか。その証拠に、この楽章は弦楽器の様々な技法を駆使して高まり、練習番号26からはヴィオラ→第2ヴァイオリン→チェロ→第1ヴァイオリンの順に「ラ」音に収斂。この「ラ」の叫びが ff で突き上げるように高まった正にその頂点、シ♭に雪崩れ込むところからが第3楽章。プログラムではヴィオラの独奏で第3楽章が始まる、となっていましたが、手元のスコアでは第2楽章の極限でそのまま第3楽章に突入していくように読めるのです。
ところでこの「ラ」、勘繰って解釈すれば、ラトヴィア Latvia の「La」と聴こえなくもない。私が政治的な意味合い、と感じたのは、ヴァスクスは第2楽章の最後でラトヴィア独立への意思を暗に音に籠めたのではないか、ということなのです。
しかし音楽は、第3楽章に入っても希望は満たされず、鳥たちの悲しげなエレジーに包まれつつ、音程の無い世界へて消えていくのでした。何と感動的な一品であることか。私はこれを先日大塚グレコで初体験し、これが二度目。大塚でも少ない聴き手から大きな反響が上がっていましたし、初台での演奏も衝撃を以て受け止められたはずです。
本来ならここで休憩が欲しい所ですが、再度チューニングを終えて矢代作品に。ラトヴィアの作曲家ヴァスクスが作者壮年期の作品であったのに対し、2曲目は日本の作曲家矢代秋雄の若かりし頃の傑作で、寡作家矢代にとって唯一の弦楽四重奏曲。これまたスコアを見れば、その序文に矢代氏自身が「作曲者のことば」を書いておられます。
何よりもこの序文が最良の資料で、氏がパリ留学時代に完成した唯一の作品とのこと。研鑽の対象だったフランス・アカデミックなものを敢えて避け、バルトーク、ヒンデミット、プロコフィエフなどの影響の下に作曲し、学年末コンクールに提出。当然ながら結果は散々なものでしたが、審査員だったアンリ・バローとフロラン・シュミットが好意を抱いてくれ、パルナン四重奏団によって初演されます。
「薄暗いコンセルヴァトワルの玄関で、成績発表後いささかがっかりしていた私の手を力強く握って励ましてくれた、それまで一面識もなかったバローのことを今でもなつかしく思い出す」。何とも感動的なエピソードじゃありませんか。
作品は伝統的な4楽章構成、アダージョ・マ・ノン・トロッポの序奏に続いてアレグロ・アッサイに続く第1楽章、無窮動風でユーモラスでもあるスケルツォの第2楽章、大友チェロがプレトークで最も気に入っているとコメントし、西村氏も大きく頷いていたアンダンテ・エスプレッシーヴォの第3楽章、これが切れ目なくアレグロ・ジョコーソの第4楽章に続き、最後は第1楽章の序奏部が回顧されて締め括る、という完璧なまでの形式美を湛えた四重奏曲でもあります。
又しても自己流解釈を添えれば、作品の核になるのが、冒頭にヴィオラ・ソロが弾き出す循環主題。このテーマは「ミ」から始まって2度、7度と急上昇し、上の「ミ」からは短2度、4度が2回と下降してくる形。敢えて形容すれば、左肩が極端に上がった富士山型のテーマで、これが全楽章を通じて要所要所に出てきます。
第1楽章に入り、4人が初めて ff に達してユニゾンで奏するのが富士山モチーフだし、ゴキブリが這い回るようなスケルツォの中間部でも、ファーストとチェロがコッソリと富士山テーマを繰り出します。2度と3度という狭い音程が主体の緩徐楽章でも、最後のアダージョ・ノン・トロッポでチェロが歌い出すのも循環テーマ。矢代秋雄の大傑作、交響曲の終楽章とも繋がるフィナーレでも、フォルテ4つ !!! のクライマックスを終えて奏されるのが、同じアダージョ・マ・ノン・トロッポによる富士山モチーフ。
この見事な弦楽四重奏曲を眼前に展開して見せてくれたクァルテット・エクセルシオに、先ず感謝しなければなりますまい。
正直なところ、二つの大作を立て続けに聴いて耳も体もグッタリ。これで帰っても罰は当たらないでしょうが、後半はシリーズ最後となるバルトークの第6弦楽四重奏曲を舐め尽くします。
前半に精力を注ぎ過ぎたので後半は簡潔に。大塚で大友氏が解説していたように、アルバン・ベルク四重奏団が最後のコンサート・ツアーに選んだのが、シューベルトの最後の弦楽四重奏曲と、バルトークの6番でした。作曲家の最後のメッセージに改めて耳を傾けると、終始メストの最終楽章、その最後も最後でスル・ポンティチェロが pp で2度。更にはチェロのピチカートで全曲を閉じる。このメッセージが何を意味するのか、改めて考えてみたいと思うのでした。
ラトヴィア、日本、ハンガリーと異なった国籍の作品、それぞれの初期、中期、後期に相当する弦楽四重奏曲の大作を並べたプログラムに驚嘆すると同時に、滅多に得られないような貴重な体験に充実感一杯の午後でした。再度、関係者一堂に大拍手。
ところでラボ・シリーズ、何と2019年の1月にはサルビアホールで開かれることが、この日配られた速報版で発表されました。ラボとSQSの合体は大きな話題になりそう。尤も関係者諸氏はチケットの売り方に苦慮することになりそうですが・・・。もちろん集客云々じゃありませんよ。
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