第370回・鵠沼サロンコンサート

1月と2月の極寒期はマチネーで行われる鵠沼サロンコンサート、2月は≪世界のアーティスト最前線26≫と題された若手演奏家を紹介する会でした。
ドイツの若手クラリネット奏者マンツが登場し、ドイツから世界で活躍する二人の女性奏者が駆けつけての共演となりました。演奏されたのは全てブラームス晩年の作品という、如何にも鵠沼らしい「濃ゆ~い」以下のプログラム。

セバスティアン・マンツ クラリネット・リサイタル

ブラームス/ピアノのための6つの小品 作品118
ブラームス/クラリネット・ソナタ第1番ヘ短調 作品120-1
     ~休憩~
ブラームス/クラリネット・ソナタ第2番変ホ長調 作品120-2
ブラームス/クラリネット三重奏曲イ短調 作品114
 クラリネット/セバスティアン・マンツ
 ピアノ/今峰由香
 チェロ/斎藤千尋

平井プロデューサーによれば、今や世界一のクラリネット奏者のマンツ。2008年9月のARDミュンヘン国際音楽コンクールのクラリネット部門で第1位に輝いた逸材です。
このコンクールは滅多に優勝者を出さないことで有名だそうで、あのカール・ライスターでさえ二度もチャレンジして第1位は取れなかったとか。クラリネットの第1位は1968年のF.コーエン以来となる40年ぶりだったそうで、その評価の高さが理解できるでしょう。

今回マンツとコンビを組むピアノの今峰由香は、これまた大変な実力者。今のマンツと同じ年齢だった32歳でミュンヘン国立音楽大学のピアノ科教授に就任した、というから驚くじゃありませんか。恥ずかしながら私は初めて彼女の名前も、そのピアノ演奏も聴きましたが、なるほどテクニック、音楽性共にワールド・クラスであることを実感した次第です。
提案された作品がブラームスのソナタ2曲ということで、どうせならトリオも加えたい。ならば私が行きましょう、ということで快諾されたのが、シュトゥットガルトを拠点に活躍しているロータスQのチェリスト斎藤千尋。彼女は今回の共演のためにのみ来日し、豪華なクラリネット・トリオが実現したということでした。それに相応しい、極めて贅沢なブラームス・マチネーです。

当初チラシ等ではソナタとトリオのみが告示され、意味ありげに「他」という一文字が追加されていましたが、結局は上記のように作品118のピアノ曲が追加されました。折角今峰氏が出演するのですから彼女のソロもたっぷりと、ということでしょう。しかもブラームスがクラリネット作品に集中していた同じ晩年の作品。これ以上は無いというブラームス・リサイタルを満喫します。

最初のピアノ作品、小品とは言いながら今峰の作品を捉える構造的な目は流石で、チャラチャラしたピアノ・ピースを遥かに超絶する世界。コンサートとしては前菜でしょうが、最初からブラームスの渋い世界が広がっていきます。
続いて本命マンツとのソナタ2曲が休憩を挟んで披露されましたが、思わず背筋を伸ばして聴いてしまうほどに惹き付けられる演奏。4つの楽章から成る第1番は、緩徐楽章の第2楽章がフェルマータで静かに消えると、殆ど休むことなくグラツィオーソの第3楽章へ。この移行のタイミングを合わせるマンツと今峰のアイ・コンタクトを目の前に見て聴くこと、これこそがサロンの醍醐味と言えましょうか。奏者の息遣いが「聴こえる」のはもちろん、「見える」ということが室内楽ではとても大切なことだと思うのでした。
3楽章から成る第2番、フィナーレはブラームスが書いた最後の変奏曲でもあります。

最後はチェロの乗り台もセットされ、3名手による豪華トリオ。
ブラームスは弦楽五重奏曲第2番を書き終え、一旦は創作活動を終えようと決断。しかし23歳年下のリヒャルト・ミュールフェルトに出会って再び創作意欲を掻き立てられ、手がけたのがクラリネットを主役にしたトリオ、五重奏、そしてソナタ2曲ということになっています。しかしトリオの第1楽章冒頭、チェロが弾き始める朗々たるメロディーを聴くと、“何が創作力の枯渇だ”と言いたくなるほどに心を揺さぶられる音楽じゃありませんか。
想像するに、ブラームスは想像力の衰えからではなく、当時悩んでいた人間関係の縺れから引退を考えていたのじゃないか、と考え直しましたね。それほどに素晴らしいトリオ、私は有名なクラリネット五重奏曲よりもこちらに強く惹かれるのです。

3人に大喝采。もちろんこれで終わりじゃありません。マンツがメモを見ながら日本語でアンコール曲名が告げられ、シューマンの小品が演奏されてデザートも楽しめました。
でも、シューマンにこんな曲あったかしら。マンツ君が告げたのは確か、“カノン形式による6つの小品から第4曲” だったと思いますが・・・。

コンサートが終わった後は余り深く考えず、3人のサイン会の様子なども見学して帰宅。今になって何とも気になり、三省堂のクラシック音楽作品名辞典に当たってみましたが、シューマンにはクラリネットを含む室内楽には幻想小曲集やお伽噺がある位のもの。更に探していると、ペダル=ピアノのための練習曲集作品56という6曲から成る曲集があり、これに(6つのカノン風小品)とあります。
これかもネ、と辺りを付け、ペトルッチで楽譜を、ナクソスで音源を探してみると、それらしきものが出てきました。中でも臭うのは、ナクソスから配信されているアルファ・レーベルのCD。正にペダル=ピアノのための練習曲集作品56をクラリネット、チェロ、ピアノトリオに編曲した音源で、ポール・メイエ、クリストフ・コワン、エリック・ルサージュというこれまた豪華トリオが演奏しています。残念ながら編曲者は不詳。因みにアンコールされたと思われる第4曲は、「Innig」(心を籠めて)というタイトル。早速これを聴いてみましたが、当方の耳は一度聴いただけで覚えられるような代物じゃないので、確信は出来ません。
一方楽譜では、4曲を選んでピアノ・トリオ(Vn, Vc, Pf)にアレンジした版が掲載されていますが、このアレンジでは Innig は第2番。これを見ながらナクソスを聴きましたが、編曲は微妙に違っており、ヴァイオリンのパートをクラリネットで演奏したものじゃありませんでした。

オリジナル作品のタイトルにあるペダル=ピアノとは、普通のピアノの鍵盤に足踏み用のペダル鍵盤を追加したものだそうで、現在は廃れてしまった楽器。そもそもはオルガン奏者が家で練習するために開発されたようで、この楽器のために作曲した人にはシューマンとアルカンの名前が挙がっているようです。要するに、オリジナルの楽器が存在しない以上は他の楽器にアレンジするしかなく、色々調べてみると、何とドビュッシーが2台ピアノ用に編曲したものもあるそうです(ペトルッチで入手可能)。

ということで、終了後も何かとあとをひき、勉強にもなったリサイタル。今日(2月12日)は名古屋の宗次ホールでも聴けますよ。

 

 

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