日本フィル・第700回東京定期演奏会

2018年5月、日本フィルが節目となる第700回定期演奏会を迎えました。1957年4月の第1回から数えて61年1か月での快挙です。同じプログラムで月2回の定期演奏会を行う日フィル、私は初日金曜日の会員ですが、この土日は京都に遠征していたため、些か賞味期限切れの感想となってしまいました。悪しからず。

その700回定期、現在は同オケの桂冠指揮者兼芸術顧問を務めるラザレフの指揮、区切りを飾るには適任の名匠でしょう。そのラザレフが真価を問うたのが、次のプログラム。700回と言うこともあって、木野、扇谷の両コンマスがファースト・プルトに並ぶという豪華メンバーでもありました。

プロコフィエフ/交響的協奏曲ホ短調作品125
     ~休憩~
ストラヴィンスキー/ペルセフォーヌ(日本初演)
 指揮/アレクサンドル・ラザレフ
 チェロ/辻本玲
 ナレーション/ドルニオク・綾乃
 テノール/ポール・グローヴス
 合唱/晋友会合唱団(合唱指揮/清水敬一)
 児童合唱/東京少年少女合唱隊(合唱指揮/長谷川久恵)
 コンサートマスター/扇谷泰朋(プロコフィエフ)、木野雅之(ストラヴィンスキー)
 ゲスト・ソロ・チェロ/門脇大樹

日本のオーケストラは定期演奏会に回数をキチンと振っていく習慣がありますが、数え方はオーケストラによって区々。同じプログラムでも日にちや会場が異なれば夫々を1回とカウントする都響、新日フィルもあれば、日フィルや名フィル、札響のように2回開催でも定期の回数としては一回とするオケ。合併したオーケストラの回数を合算してカウントしてしまった東フィルもあれば、月に3回も定期公演を打つN響。内容は定期でも名曲とかマチネーと名称を変える読響、東響。果ては自分たちが出演しなくても定期公演としてしまう金沢などもありますね。
単に演奏回数でカウントするなら、日本フィルハーモニー交響楽団の定期公演数は優に千回を超えている勘定になりましょう。

ということでラザレフが選んだのは、得意とするプロコフィエフとストラヴィンスキー。前者は滅多に演奏されることのない交響的協奏曲、後者は何と今回が日本初演となる秘曲ペルセフォーヌという話題性にも富んだプログラムでした。私も殆ど聴いたことのない曲目で、他と比較する術もありません。何とも大雑把な感想になってしまいます。

前半のプロコフィエフ、私にとっては寧ろストラヴィンスキー以上に興味津々の佳曲。今年はドビュッシーやバーンスタインの100年記念で音楽界も大賑わいですが、実はプロコフィエフにとっても大切な100年の節目でもあるのですね。
エッ? と思われるかもしれませんが、丁度100年前の今頃、というか少し後になりますが、プロコフィエフは日本に降り立ちます。アメリカに活路を見出すために途中で寄港したのですが、船便とヴィサ待ちの都合から3か月ほど滞在。当初は横浜の高級ホテルに泊まっていたのですが、財布も乏しくなり、大森に移動、当時ここに住んでいた太田黒元雄氏の家でピアノ練習に励むことになります。
実は拙宅は大森と大井の中間点辺りにあり、旧大田黒邸のあった場所も大森に出る際には通る道。この辺りを100年前にプロコフィエフも闊歩していたと思えば、彼の音楽を何の感想も無く聴き過ごすわけにはいきますまい。ということで、個人的には100年記念のプロコフィエフでもあります。因みに亡き祖父が現在の居住地に越してきたのは今から99年前、一年違いのニアミスではありましたが・・・。

ラザレフも、プロコフィエフへの想いは人一倍。日フィル首席に就任して真っ先に取り組んだのがプロコフィエフの交響曲全曲シリーズでしたし、当時行われていたマエストロ・サロンで熱くプロコを語っていたのは昨日のことのよう。散歩中に思いついたアイディアをABCに分類し、ここぞという時にはAの棚から選んだ素材を使った、という話は傑作でしたねぇ~。今回の交響的協奏曲も、そんなA素材満載の作品と断言できます。
1938年に初演されたチェロ協奏曲第1番を基に、若きロストロポーヴィチの助言を得ながら大幅に改作した交響的協奏曲は、名前の通り通常のチェロ協奏曲より5割増しと言った感覚の壮大な難曲。全体は3楽章構成で、第1楽章の冒頭に登場する4音上昇モチーフは、プロコフィエフがロメオとジュリエットでも使ったA級素材。スケルツォ風第2楽章でも、解説(山野雄大氏)で「高音域に息長く夢見るような主題」と紹介されたメロディーは、如何にもプロコフィエフならではの個性豊かなテーマと言えるでしょう。これが出てくるたびに背筋がゾクゾクしてしまえは、相当なプロコフィエフ御宅。

第3楽章は変則的な変奏曲ですが、最後にチェロ・ソロが速いパッセージで弾きまくり、強烈な低音楽器の和音が全曲を断ち切るという実にカッコイイ終結。最後の13小節ほど、トランペットが上下運動の激しい旋律を吹き上げ、ここにプロコフィエフはアド・リブで第3トランペットを指示していますが、今回は2本のトランペットで演奏していたと思います。従ってプログラムに掲載された楽器編成でトランペット3とあるのは、2に訂正した方が良いでしょうか。
日フィルのソロ・チェロを務める辻本玲、持ち味である大きな音量を武器に、見事なテクニックを披露。この珍しい作品を完全暗譜で堂々と鳴らし切りました。沈黙を破って真っ先に拍手を贈ったのは、ラザレフその人。猛将としても会心のプロコフィエフだったのじゃないでしょうか。
アンコールにカザルスの有名な鳥の歌が演奏されましたが、これには客席も息詰まるほどの静寂の中で聴き入りました。

さて後半、今回が日本初演となるペルセフォーヌ。日本初演と言うだけあって、現在でも評価が割れる作品じゃないでしょうか。テノール・ソロに大規模な合唱、児童合唱も加わり、語り部も動員されますが、オペラではなく、オラトリオでもない。ストラヴィンスキーが付けたタイトルは、「テノール、混声合唱と管弦楽のための、アンドレ・ジイドによる3場のメロドラマ」。メロドラマとは昼メロのことじゃなく、ギリシャ語のメロス(歌)とドラマ(劇)の合成語のことで、語りを伴って進められる音楽と言うことでしょう。ペルセフォーヌはジイドの台本が象徴的なこともあって、オペラというよりはオラトリオに近いと聴きました。もちろんストーリーの描写は出てきません。

日本初演とあって、ラザレフは前回の来日の際に記者インタヴューも行っていましたし、日フィルはその模様を速報版として配布、ホームページにも詳しく掲載していました。その内容はここでは繰り返しません。
題材はギリシャ神話のペルセフォネ物語。ラザレフによれば、依頼者でダンサーの有名人イダ・ルビンシュタインがへたっぴなダンサーで歌えも、踊れもしなかったため語るしかなかった。その音楽もジイドは気に入らず、ストラヴィンスキー自身も成功作とは考えていなかったとか。それが滅多に演奏されない理由であり、日本初演が遅れた原因でもあるのでしょう。

しかし音楽は、ナマで聴いてみると、ラザレフが指摘するようにシンプル。レトロ調な所もあって、そういう音楽を書かせるとストラヴィンスキーは天下一品。ストラヴィンスキーにバッハのカツラを被せるとは、ラザレフもうまいことを言うものです。確かにエディプス王、妖精の口づけ、ミューズを率いるアポロを連想させる音楽が随所に溢れていました。
特に美しいのは、第2場「冥界のペルセフォーヌ」でエウモルペ(テノール独唱)が“ホメロスはかく語りき”と謳った後で、少人数のソプラノによって歌われる音楽。ここは弦5部だけの伴奏ですが、第1ヴァイオリンがディヴィジとなって通常奏法とフラジョレット奏法に分かれてシンコペーションし、シンプルでレトロ調の女声合唱を支えていく。この雰囲気が、正に冬の荒涼たる風景にピッタリじゃありませんか。
そもそも第2部は全体で最も長く、作品の核とも言える部分で、2台のハープやファゴットが活躍するなど、簡潔で透明なオーケストレーションが美しくさえ聞こえで来るのでした。

3管編成の大きなオーケストラを使うとは言え、大音量が登場するのは第3部「甦るペルセフォーヌ」冒頭の恰も春の祭典を思わせる部分と、クライマックスと思われる所で合唱が fff で「Printemps」(春)と叫ぶ場面位のもの。全体が静的に進行するだけに、数少ないフォルテが効果的に響くとも言えそうです。
4部音符=72で歌われるエウモルペの進行が3部に共通して現れるのが、バッハの受難曲のエヴァンゲリストのようでもあり、オラトリオ的な要素の一つでもあるでしょう。この役を得意とするグローヴスのピュアな声が、全曲を引き締めていました。

フランス語の語りを表情豊かに務めたドルニオク綾乃、ギリシャ神話を読むことから勉強を始め、見事に初演の大役を果たしました。ラザレフも大いに気に入った様子。
今回は1949年改訂版による演奏でしたが、ストラヴィンスキーが初稿1934年版を脱稿したのは、1月24日のパリ。時節は正に東洋で言う大寒の真っただ中で、ストラヴィンスキーもペルセフォネ(春)の甦りを待ち望んでしたのではないか、と連想してしまいました。

最後に難点を上げれば、マイクを通すペルセフォーヌの語りがやや聴きづらかったこと。尤もフランス語はチンプンカンプンなので聞き取れても理解は難しいのですが、フランス語堪能な方はどんな感想を持たれたのでしようか。
そしてもう一つ。折角Zimaku プラスが増田恵子氏の日本語字幕を操作してくれたのですから、各場面の入りでその旨の紹介があれば、と思った次第。全員が初体験の作品、どこから場面が変わったのか、明確に把握できた聞き手は少なかったものと思慮します。

 

 

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