サルビアホール 第97回クァルテット・シリーズ

2018年6月7日の東京、この日はサントリーホールのブルーローズで毎年の行事になっているチェンバー・ミュージック・ガーデンが開幕。今年のベートーヴェン・マラソンを務めるカザルスQの第1回では大フーガ付きの作品130がメインに組まれていました。一方大ホールでは来日中のクリーヴランド管弦楽団によるベートーヴェン・ツィクルスが最終日を迎え、こちらは弦楽合奏版の大フーガと第9という組み合わせ。つまり、サントリーの2つのホールで同時に大フーガが響き渡るという、恐らく前代未聞の「事件」が進行していたようですね。前半は大ホール、後半はブルーローズと梯子した物好き?がいたとか、いないとか。そんな歴史的な一日ではありました。

そんな中、小欄は赤坂には目もくれずに鶴見・サルビアホールへ。さぞサントリーに飛んで行った常連も多いのでは、と思いましたが、ほぼ全員が鶴見を選択。それだけサルビアホールの存在感が高いということで、言うまでもなく限定100名で聴くクァルテットの響きが断然優れているということの証でもありましょう。
さてシーズン29の最終回を飾るのは、今回が初来日と言うデニッシュ・ストリング・クァルテット。団名の意味から「デンマーク四重奏団」と表記している会場もあるようです。この日は、一風変わった次のプログラム。2つ目の北欧民謡集の詳細は、出演者がスピーチします、とプログラムに紹介されていました。

ハイドン/弦楽四重奏曲第34番変ロ長調作品33-4
Folk music from the Nordic countries
     ~休憩~
ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第15番イ短調作品132
 デニッシュ・ストリング・クァルテット Danish String Quartet

本題に入る前に、「デンマーク四重奏団」について。
幸松辞典によると、この名称の団体は今回のメンバーの他に二つあって、一つは1952年にデビューした団体。もう一つは1985年に結成された新世代のグループで、共に録音が残されています。従って昨夜鶴見に登場した団体は当初「デンマーク青年弦楽四重奏団」The Yaung Danish String Quartet と称していました。実際、彼等のニールセン弦楽四重奏曲全集はこの名前ですから、CDを探す場合には注意が必要です。恐らく前2団体が活動を終えたことから、晴れて「デンマーク四重奏団」を名乗ることになったのだろうと想像します。

現在のメンバーは、ヴァイオリンがルネ・トンスガード・ソレンセンと、フレデリク・オーランド。ヴィオラはアスビョルン・ノルガード、チェロがフレデリク・スコイエン・シェーリンという面々。幸松辞典ではチェロが別の名前になっていますから、多分フレデリクが2代目ということになるのでしょう。
また同辞典ではファーストがオーランド、セカンドにソレンセンと表記されていますが、この日のプログラムや公式な表記ではソレンセンとオーランド。正直な所どちらがどちらなのか定かではありませんが、演奏曲目によってはファーストとセカンドが入れ替わることもある団体のようです。北欧のフォーク・ソングを解説した今回のファーストは、名前が挙がった順から判断してソレンセン、ということにしておきましょうか。誤りがあったら訂正してください。因みに、彼等のホームページでもメンバー個々のプロフィールは書かれていないようです。

ホームページは文末をご覧ください

今回のレポート、いつもとは違ってプログラムの2曲目、Folk music from the Nordic countries から始めましょう。どうやらこれが、彼らが最もアピールしたい、日本の聴衆に聴いてもらいたい演奏だと考えたからです。コンサートの冒頭、ヴィオラのノルガードが短く自己紹介をしましたが、そんな意味合いの事だったと聞きました。
ファースト氏による北欧全般の民謡に関するスピーチを挟みながら演奏が進められたのですが、早口の英語で細かい内容までは聞き取れません。そこで彼らが録音している2枚のアルバムの解説書などを参考に書き進めることにしました。1枚はDACAPO盤の「Wood Works」、もう1枚がECM盤の「Last Leaf」と題されたアルバムです。演奏された作品は6曲か7曲ほどあったようですが、続けて演奏されたものもあり、プログラムに書かれていたのは7曲、ということにしておきましょう。続けて演奏された最初の2曲のみが Wood Woks に収録されており、残りは全て Last Leaf に入ってます。タイトルは全てデンマーク語というか、英語のアルファベットではないため表記不可能。日本語の意味も付されていませんでしたので悪しからず。

彼の解説では、今回取り上げられたのはデンマーク、スウェーデン、ノルウェーの3か国の伝承メロディーや、彼等自身が民謡に触発されて書き下ろした作品もあります。解説書で補足すれば、デンマークの島々には豊かに川が流れ、木々の間を風が吹き、民謡が聴こえ、人々が踊る。その懐かしいメロディーを、木材で作られている弦楽器で演奏することが彼等の自然なライフ・スタイル、ということだと理解できました。
例えば最後から2番目に演奏された Menuet No.60 は伝承曲ですし、休みを入れずに続けて弾かれた Shine You No More はファースト?ソレンセンの自作。この作品はダウランドの「あふれよ、わが涙」という有名な歌曲に触発されて書かれた、ということがECM盤に書かれていました。また4番目に曲名が挙がっていた Naja Vals (ナジャのワルツ?)はチェロのシェーリンが作曲したもの。伝承曲からのアレンジも、デニッシュのメンバーが共同作業で弦楽四重奏様にアレンジしたものと見て良さそうですね。

アレンジと言えば、3番目に取り上げられた Staedelel (a と e は合成されたスペル、ステデリル とでも読むのでしょうか)は、21の島からなるデンマーク領のフェロー群島の民謡で、何とあのベートーヴェンが「騎士たちが城に来る」というタイトルでソプラノ、四部合唱、ピアノのためにアレンジし、「23の各国の歌」という歌曲集に収めたものなんですねェ~。民謡をアレンジして芸術作品に高める、という行為はベートーヴェン由来のもので、今回の最後に巨匠の作品132が選ばれたのも、デニッシュからの強いメッセージとして聴くべきなのでしょう。

演奏された曲に付いてはこの程度しか分かりませんが、会場は大変な盛り上がり方。客席後方に陣取ったデンマーク応援団が踊りながら声援を送っていたのだそうで、恰もサルビアホールがデンマークの島々と化したよう。いつもとは違う客席の雰囲気に呆然としたメリーウイロウでした。演奏する4人も足でリズムを取り、単なる「癒し系」でもないようです。

ということで、ハイドンとベートーヴェンは余興のようなもの(失礼!)かと思いましたが、中々どうして本格的な演奏。2009年のロンドン弦楽四重奏団の第1位、併せて4つの副賞を受賞しただけに、技術的にも音楽的にも第1級の団体であることに違いはありません。
それでも、実際に聴いたハイドンでは、以前にサルビアで聴いた同じ曲のベルリン=トウキョウのようなアイディア満載の演奏とは違って、ごく普通な平板な印象。ベートーヴェンも、彼等の作品に寄せる熱い思いは伝わってくるものの、勢いが前のめりになり勝ちで、どうしても表現が荒くなってしまうのでした。これではベートーヴェンの後期作品と言うより、これからが勝負と言う熟年期の作品のように聴こえてしまうのです。
客席は熱烈応援団の歓声もあって熱狂に包まれ、勢いでロビーに展示されていたCDも完売になってしまったようです。

アンコールはニールセンの賛美歌風の短いものが演奏されましたが、拍手に後押しされて民謡集から1曲も追加。詳しい曲名は2曲とも分かりません。
サイン会も長蛇の列が出来、月曜日のプジャークとは大違いの風景。しかし私は、断然プラジャークを上位に聴きますね。大人気を博す演奏家には要注意、これはクァルテットの世界でも同じことだと思いました。それでも世界は、時代は移ろい行くもの。ジャズやフォークを演奏する団体が注目され、コンクールでも上位を占めるのは時の流れでしょう。これに敢えて抗えば、“おじさん、古いねェ~”とでも言われるのがオチ。私は静かにプラジャークやロータス、シューマンQなどを聴き続けることになるだろう、と感慨を深めた夜でもありました。

最後に一つ。
今回はデニッシュがどんな団体かとNMLで何点かの配信音源に接しましたが、その中の1枚、ハイドンの雲雀とブラームスを組み合わせたアルバムのブックレットに注目。そこには4人の使用楽器として、ソレンセンはグァダニーニ、オーランドが1703年のデヴィッド・テックラー、ヴィオラは2005年の Hiroshi Iizuka 、チェロは1772年のヨーゼフ・ヒルとありました。私の眼はヴィオラで止まってしまいます。
いいづか・ひろし という名前のヴィオラ製作者がいるのか、今回ノルガードが弾いたのもこの楽器なのか。ネットで検索したり、楽器に詳しいと思われる評論家氏や演奏者にも何人か聞いてみましたが、要領を得ません。プロデューサーも初耳だ、との答え。直接本人に聞こうか、とも思いましたがサイン会の長い列、それに如何にも怖そうなご本人の相貌に怖気づき、結局一言も発せませんでした。このあと武蔵野と名古屋での演奏を控えている彼ら、勇気あるファンは一言尋ねられたら如何でしょうか。結果が判ったら教えてください、って虫が良すぎるかな。

以上長々とつまらないことを書いてしまいました。様々な意味で衝撃的な団体であったことに間違いはありません。

 

Forside

 

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