日本フィル・第702回東京定期演奏会

9月にシーズンが始まる日本フィル、7月は2017/18シーズン最後の定期と言うことになります。東京の7月と言えば、ここ数年はかつて同オケの正指揮者を務めていた広上淳一が登場するのが習わし。
毎年ユニークなプログラムで楽しませてくれるマエストロですが、今回は意外にもバッハ・プグラム、間に師の一人でもある尾高氏の作品を挟む辺りは「流石に広上!」と唸ってしまいます。前半は皇后陛下もご臨席される中での晴れやかな御前演奏となりました。

J・S・バッハ/管弦楽組曲第3番ニ長調BWV1068
尾高淳忠/交響曲「時の彼方へ」
     ~休憩(25分)~
J・S・バッハ/マニフィカト ニ長調BWV243
 指揮/広上淳一
 ソプラノ1/鈴木玲奈
 ソプラノ2/吉田和夏
 アルト/中山茉莉
 テノール/吉田浩之
 バリトン/浅井隆仁
 合唱/東京音楽大学
 コンサートマスター/白井圭(ゲスト)
 ソロ・チェロ/菊地知也

「広上淳一がついに歩みだすバッハへの道」とチラシにも大書されていたように、還暦を過ぎた広上が今後取り組んでいくのがバッハということでしょうか。既に発表されている来年度の7月東京定期でもバッハのピアノ協奏曲が予定されており、広上/日フィルのバッハ路線がこれからも続いて行くことを大いに期待しましょう。私が死ぬ前にはマタイ受難曲に辿り着くように、そんな妄想も浮かんできます。
そもそバッハがオーケストラの定期演奏会で取り上げられる機会、最近はめっきり減ったような気がします。私がコンサートに通い始めた半世紀前はバッハもヘンデルも、普通にコンサートの冒頭に置かれていたものでした。この日演奏された管弦楽組曲の第3番についての記憶を辿れば、ピエール・デルヴォーがN響を振った時以来じゃないかしら・・・、そもそもあれは定期じゃなかったっけ?

昨今バッハを演奏すると言えば、古楽が常識ですが、今回は事前にアナウンスされていたように、モダン楽器による16型大編成のバッハが特徴。もちろんそこが聴き所でもあります。ピリオド楽器じゃなけれはバッハじゃない、という意見の方はパスすれは良いでしょう。
7月は金曜日にもプレトークがあり、企画の益満氏の司会で尾高・広上両氏が語られましたが、その中でもバッハに付いてはフル編成が話題になっていました。古楽奏法へのアンチテーゼ、という積りではないとのことでしたが、実際は主流派へのアンチテーゼでしょう。私はフルトヴェングラーやカラヤンの壮麗なバッハに聴き馴染んできた世代でもあり、大ホール一杯に鳴り響くバッハに胸がすく思いでしたね。ここは、マエストロ万歳!

それにしてもバッハは素晴らしい。ピリオドであれモダンであれ、オーケストラはもっとバッハを、そしてバロックの大作を積極的に取り上げるべきです。サントリーホールのような大きな空間で演奏されるときは、今回のように大編成で堂々と響かせる。そこには演奏スタイルに拘る必要はないと思慮します。バッハはどう演奏してもバッハ、そういう懐の大きさこそが大作曲家の偉大な所でもありましょう。
リピートを忠実に実行し、バロック・ティンパニを強めに響かせた第3組曲も素敵でしたが、後半のマニフィカトは圧倒的な感動。若き合唱団が溌剌と歌い交わし、ピュアな音質のソリストたちが感情豊かにバッハの世界を繰り広げる。表情豊かな音楽は広上の指揮に最も良く表れていて、時に不協和音が炸裂するようにも聴こえる第7曲「主はその腕で力をふるい」、それに続く情熱的なテノールのソロが歌い上げる第8曲「主は権力あるものを」などは指揮者の動きを見ているだけで歌詞の内容が判るほどでした。

二つのバッハ作品に囲まれるように紹介されたのが、2年前の7月にも取り上げた尾高氏の交響曲。あの時はピアノ協奏曲の初演でしたが、今回は2011年9月に仙台フィルで初演された作品。その年の尾高賞を受賞し、2012年6月にN響が再演し、今回が3度目の演奏になるそうです。バッハ同様、本来ならもっと積極的に取り上げられるべき邦人作品の演奏に熱心なのも、また日本フィル。
プレトークで作曲者本人が語られていましたが、時期が重なった東日本大震災とは直接の関係はないそうです。震災が起きた時に作曲は既に終わっており、3月はオーケストレーションを進めていた時期だった由。しかし「時を越えて永遠に美しい自然、人類の平和、その存続を願う気持ちは我々皆が共有している」ことが作品の根底にあり、それが慰霊にも通ずるのではないでしょうか。

私は交響曲が既に出版されていることを当日の朝知って慌ててアマゾンで発注しましたが、この日のロビーでも展示即売されていました。後の祭りで演奏そのものには間に合いませんでしたが、スコアが手元に届いたらじっくりと読み返すことにしましょう。
全体は3楽章。第1楽章は広義な意味でのソナタ形式で、第2楽章が間奏曲。第3楽章は第1楽章の動機がパッサカリアやフガートで多層的に展開される、とは尾高氏がプログラム・ノートに書かれた作品解説。
第1楽章冒頭の音楽が楽章の最後で再現する箇所、低弦から始まって次第に高い音程に移っていくフーガ的な音楽、全体のコーダとして響く8回の鐘の響きなど、現代音楽を苦手とする聴き手にも容易に聴き取れたのではないでしょうか。

フーガはバッハの真骨頂でもあり、古典的な手法を駆使した尾高の交響曲がバッハ作品に挟まれていたということが、広上プログラミングの真骨頂。その二つのバッハ作品が、共にトランペットやティンパニが輝かしく響くニ長調であることも熟慮の上でしょう。
前半の大編成から、後方の楽器を片付けて合唱席を設けるのは、裏方諸氏にとっては大作業。そのためでしょうか今回は休憩が25分もあり、その間にチェンバロのチューニングも丁寧に繰り返されていました。それでも終演は9時を大幅に回っており、時間的にも内容的にも満腹感一杯の演奏会です。

 

 

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