弦楽四重奏の旅・第6回

2014年の秋にクァルテット・エクセルシオがスタートさせたシリーズ「弦楽四重奏の旅」が、9月15日に新浦安の浦安ホールで開催されました。今年が6回目となります。
毎年1回のペースですが、2015年は年2回、2月と10月に行われましたから、今回が通算で6回。これで計算が合いますよね。今年の旅はこんなプログラムでした。

モーツァルト/弦楽四重奏曲第18番イ長調K464
ツェムリンスキー/弦楽四重奏曲第1番イ長調作品4
     ~休憩~
ドビュッシー/弦楽四重奏曲ト短調作品10

このシリーズは最初の2回が今は無き津田ホール、3回目から去年の5回目までがサントリーのブルーローズで開催され、今回が3箇所目の会場と言うことになります。チェロ・大友氏が語っていたように、シリーズそのものが「旅する弦楽四重奏」状態。
津田ホールではチェコの旅、オーストリアの旅とプログラムもお国巡り風の選曲でしたが、サントリーに移ってからは単なる地域の国起こしシリーズでもなくなり、ある回はロシア音楽とラヴェル、更にはイタリアとシューマン、前回に至ってはディーリアス・グリーグ・チャイコフスキーと、目まぐるしい旅へと変化してきました。敢えて言えば、頭と耳で味わう妄想の旅、とでも言いましょうか。今回の旅は何処を巡るのか、それを考えながら聴いて行くのもシリーズの楽しみでしょう。

ザッと選曲を眺めるとウィーンから始まってパリへ、というスケジュールのようにも見えますが、私にはチョットした捻りがある様にも感じられます。エクに確かめた訳ではなく、あくまでも私個人の妄想ですが・・・。

冒頭のモーツァルトは、言うまでもなくハイドン・セットの1曲。5番目に当たりますが、取り上げられることは比較的少ないと思います。ニックネームが無い、心揺さぶられる短調でもないというのが原因でしょうが、実はベートーヴェンが最も研究したのがこの作品で、その成果が作品18に繋がったのですよね。解説(鉢村優氏)に書かれていたように、明確な二つの主題ではなく、たった一つの主題を様々に展開するという手法は、モーツァルトがハイドンから学んだことで、それがベートーヴェンに継承されて行く。ウィーン古典派の時空の旅と言えなくもない。
更に鉢村説では、これがプログラム後半のドビュッシーにも徹底的に実践されて行く、と言うことになるのだそうです。この辺りも選曲のキーワードの一つでしょうか。

今回改めてK464を聴いてみると、ハイドン・セットの中でも最も規模が大きく、作品の質も極めて高いことに気付きます。それは第3楽章が変奏曲で書かれ、変奏曲こそ作曲家の資質が最も問われる形式でもあるからでしょう。ハイドン・セット全6曲全24楽章の中で変奏曲で書かれているのはこの楽章と、ニ短調K421の終楽章だけ。
エクも特にこの楽章を丁寧に表現し、最後の第6変奏から登場してくるマーチ風のリズムが各パートに受け渡されて行く様は、対話を信条とするクァルテットの真骨頂。10分弱の長い楽章も間然とするところが無く、退屈の二文字とは無縁の時間でした。

続いてはモーツァルトと同じくウィーンで活動したツェムリンスキーの、同じイ長調(♯3つ)の弦楽四重奏曲第1番。大友氏の紹介にもあった通り、ツェムリンスキーはシェーンベルクの先生だった作曲家ですが、この曲は全然普通の調性による音楽で、現代音楽に特有な難解さは微塵も出てきません。ツェムリンスキーと言えばアルマ(後のマーラー夫人)の元カレで、妹がシェーンベルクと結婚(悲劇だったようですが)してもいます。そんな世紀末の音楽家たち。
この作品はかなり以前に上野の美術館で、しかもエクの演奏で聴いて以来ですが、その時に楽譜を探したことがあります。手ごろなポケット・スコアは発売されておらず、輸入元ではスコアとパーツのセットなら提供できるとのこと。しかし値段は素人が手を出せる様なレヴェルではなく、断念した記憶がありました。でも買わなくて正解、現在はジムロック社の出版譜がIMSLPでダウンロードできますよ。ほれ↓

http://conquest.imslp.info/files/imglnks/usimg/e/e1/IMSLP27833-PMLP61377-A.von_Zemlinsky_-_Streichquartett_Op.4_in_A-Dur_(Partitur).pdf

ツェムリンスキーにとってイ長調は喜びを表現する調で、ごく普通の4楽章構成。ブラームスに評価されていたこともあり、この第1番はブラームスへのオマージュになっていると思われます。解説には書かれていませんでしたが、第4楽章に度々登場するリズミックなモチーフは3度上昇し、更に6度上昇するテーマ。これ即ちブラームスのモットーでもある「F-A-F」(Frei aber Froh)にも通ずるものでしょ。
1896年の夏、25歳で作曲されましたが、これはブラームスの死の前年。果たしてブラームスはこの曲を聴いた(知った)のでしょうか。

更に注目したいのが第3楽章。イ短調で劇的に始まりますが、最後は主調のイ長調に収斂して穏やかに閉じられます。このイ短調テーマ、良く聴くと2度下降して更に3度下降する音程。これはツェムリンスキーが興味を抱いていたという北欧を象徴する動機で、前回の旅でエクが取り上げたグリーグの四重奏曲でも核として用いられていたモチーフでもあります。ツェムリンスキーの心の中に、北欧の旅に対する憧れがあったのでは、と妄想してしまうじゃありませんか。

久し振りにエクの熱いツェムリンスキーを聴いて一息。後半のドビュッシーに耳を傾けます。
ドビュッシーは今年が没後100年のメモリアル・イヤーでもあり、今回の選択の意図でもありましょう。上記のようにモーツァルトの手法がドビュッシーにも継承されるという繋がりもありましょうが、これは普通フランク譲りの循環形式と解説されることが多いようです。
もちろん第1楽章出だしのモチーフが続く三つの楽章でも登場するという作曲法ですが、このテーマも、良く聴いてみると2度下降、続いて3度下降で出来ているじゃありませんか。あれれ、これってツェムリンスキーの第3楽章と同じですよね。というか、北欧ノルウェーの民謡に特徴的な音程でもあります。そうか、ドビュッシーにもグリーグや北欧民謡の微かな影響があったのか。

ということでウィーン発パリ行きの旅、何故か頭の片隅に北欧をイメージする旅でもあったんじゃないか。それが今回私が抱いた妄想でした。
エクのドビュッシー、この日の白眉と言って良いでしょう。4人のバランスは完璧で、弱音器を付けて奏される第3楽章は正に絶品。あまりの美しさに悲しみさえ覚えるほどでした。ホールのアクースティックも時を経る毎に熟成され、豊かな残響を伴って理想的な温かみを増してきたように聴こえます。

ところで今回、手渡されたプログラムはシーズン総合プログラム誌からの抜き刷り。モーツァルトの後で大友氏が説明されたところでは、総合プログラムは関西で印刷されたものだそうで、先の台風による関西空港の被害に伴う物流の乱れで間に合わなかったのだとか。こんなところにも被害の影響が及んでいるのだと、改めて自然災害の大きさを知る機会でもありました。

 

 

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