第376回・鵠沼サロンコンサート

10月の鵠沼は「世界のアーティスト最前線」と題するシリーズで、その第30回が以下のプログラムで行われました。ベルリンを拠点に活躍中の二人、ヴィオラの赤坂智子、ピアノの高橋礼恵を迎えてのデュオ・リサイタルです。

ブラームス/ヴィオラ・ソナタ第2番 変ホ長調 作品120-2
ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第8番 ハ短調 作品13「悲愴」
     ~休憩~
バッハ/無伴奏チェロ組曲第2番 ニ短調 BWV1008(ヴィオラ版)
ブラームス/ヴィオラ・ソナタ第1番 へ短調作品 120-1
 ヴィオラ/赤坂智子(あかさか・ともこ)
 ピアノ/高橋礼恵(たかはし・のりえ)

出演者の紹介に入る前に、冒頭で平井プロデューサーが「今日はデュオ・リサイタル」です、と挨拶されましたが、この話から。
日本では音楽が演奏される会合を漠然と「演奏会」と呼びますが、欧米では「コンサート Cocert」と「リサイタル Recital」が比較的明瞭に分割されているようですね。即ち出演者が1人か2人の場合はリサイタル、3人以上が出演するものをコンサートと呼ぶのだそうです。その意味でも今回は正真正銘のデュオ・リサイタルで、二人の合奏が2曲、各自のソロが1曲づつと言う絵に描いたようなリサイタルでした。
当初ピアノ・ソロはベートーヴェンのテンペスト・ソナタと発表されていましたが、演奏者の都合で悲愴ソナタに変更。変更があっても無くても、所謂3大Bによるリサイタルです。

ヴィオラを弾く赤坂は、世界的名手である今井信子に師事した方で、日本クラシック音楽コンクール第1位、ミュンヘン国際コンクール第3位の受賞歴を持つ方。現在はデュッセルドルフ音楽院で後進の指導に当たられているそうです。ホームページをご覧ください。

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今回改めてプロフィールを眺めていると、ソリストや教授という活動の他に、アマリリス・クァルテットのヴィオリストにも就任したようですね。これはリサイタルから帰って気が付いたことで、サイン会でそのことを質問すればよかった、と思いましたが後の祭り。確かにアマリリスQのホームページでも赤坂智子の雄姿が堂々と紹介されていました。彼女に替わってからのアマリリスはモーツァルトの不協和音とシェーンベルクの2番を録音しており、これはナクソスNMLでも聴くことが出来ます。
彼女単独でのCDは未だ無いようで、この日もCDの販売はありませんでしたが、上記ホームページには Coming soon とありましたから、既に録音は済ませているものと思われます。これも聞いておけばよかった・・・。

https://www.amaryllis-quartett.com/

方やピアノの高橋、仙台出身で桐朋学園を首席で卒業。彼女も受賞歴豊富で、国内だけでなく海外でも多彩に活躍中。ホームページはこちらですが、2015年以降はドイツから発信されています。「お知らせ」をクリックして下さい。

http://www.ne.jp/asahi/pianist/norie-takahashi/

彼女はライヴ・ノーツなど録音も多く、この日演奏された悲愴を含むベートーヴェン・ソナタ集や、ケルン室内管と共演したベートーヴェンの協奏曲全集などもナクソスNMLで聴くことが出来ます。

赤坂/高橋のデュオとしても今年4月に四国を回って来たようですが、鵠沼はデュオとしてはもちろんのこと、個々にも初登場となりました。
今回のプログラムはブラームスの作品102を2曲とも取り上げるというところが聴き所ですが、鵠沼では今年2月にセバスチャン・マンツがクラリネット版で2曲とも演奏しており、今年2回目の作品102完奏でもあります。作品102はクラリネット版もヴィオラ版も鵠沼では何度も登場しており、私はマンツも眼前で楽しみましたし、シュミードルが第2番を吹くのも体験しました。サロンのアーカイヴを検索すると、赤坂の師でもある今井信子がブラームスを演奏している記録も見つかります。

ということで、最初はブラームスの2番から。登場した赤坂さんを見て驚いたのは、何と裸足じゃありませんか。さすがに世界のアーティスト、音楽を足の裏から感じる方かと感心しましたが、どうやらこれは違っていたようで、その話は後半で。
クラリネット版を何度も鵠沼で聴いてきた耳には、ヴィオラ版は新鮮。見た目にもやや大型の楽器に見える赤坂サウンドは、タップリとした音量で心の臓に直接響くよう。ヴィオラ版も良いなぁ~、と思う内に全3楽章が終わってしまいます。

ここでヴィオラが退場し、高橋のベートーヴェン。その前にスピーチがありましたが、作品解説などの堅苦しい話ではなく、二人の出会いから。7年ほど前にロシア人の友人を介して知り合ったそうですが、お互いに健康グッズの話題で盛り上がってしまったそうな。以後は二人がリサイタルを組む際には、長々とお喋りタイムがあってから漸くリハーサルという段取りになるそうで、音楽的にもプライヴェーとでも息が合うコンビなのだそうです。
こうした和やかな雰囲気こそがサロンコンサートの素敵な所ですが、続いて始まったベートーヴェンは極めて真摯な演奏。強靭な冒頭から最後の強烈な和音まで、スタインウェイの硬質なサウンドを堪能しました。

休憩後は赤坂が単独で登場し、先ずは肩の凝らない、というか思わず笑ってしまうようなエピソードから。
最初裸足で登場した彼女ですが、後半はスリッパを履いてました。実は鵠沼に着いて荷物を開けると、ヒールの片方が紛失していることが発覚。慌てて身繕いをし、結局は裸足で登場したそうな。別に足の裏で音楽を感じようということではないとの話に、サロンは大爆笑。裸足で弾くとやはり寒いということになり、後半はスリッパを履いてのバッハ、ブラームスとなりました。裸足にしろスリッパ履きにしろ、このスタイルで鵠沼に登場したのは彼女が初でしょうね。鵠沼に限らず、か・・・。

無伴奏チェロ組曲のヴィオラ版は結構人気があり、今井信子のCDも出ています。平井プロデューサーは鵠沼でヴィオラ版は初めてかも、と話されましたが、アーカイヴを詳しく探してみると、かつてエングウェンヤマと言う人が1番を、当の今井信子も4番を弾いていました。今回が3例目となるヴィオラ版ですが、2番は鵠沼初登場のレアな機会でもあります。
彼女は弓を2本持って登場し、ブラームス用の現代ボウとバッハ用の通称バロック・ボウを紹介。本来のバロック・ボウは弓なりになっていて右手で張りを調整する装置があって演奏は技術的にも難しいとのこと。今は廃れてしまい、今回使うのはモーツァルトの少し後の時代に使用されていたもので、長さが短く何よりも軽いのが特徴。その分小回りが利きますが、現代の大ホールでは音が遠くに飛ばないという難点があります。しかし鵠沼のような小さいスペースは、それこそバッハ時代に普通に聴かれていた空間で、正にバロック・ボウによる最適の条件でのバッハ演奏を味わうことが出来ました。いつかヴィオラ版による全曲演奏会があっても良いかも。

最後は再びブラームスから、第1番。秋の夜長にはピッタリのブラームス室内楽。ヴィオラの深々とした歌と、ピアノの地味豊かな絡みが素晴らしく、サロンの聴き手たちもいつも以上に耳を傾けている様子が窺えました。両名もブラームスは何度演奏しても新たな発見があるということで、一生演奏し続ける作品とのこと。それは聴き手も同じで、死ぬまで、いや死んでからも聴き続けたい名曲じゃないでしょうか。
花束贈呈に続いてアンコール、シューベルトの歌曲「君こそわが憩い」作品59-3(D776)が演奏されましたが、最後の一節など思わず一緒に歌いたくなるような情感。改めてヴィオラはクラリネットと同じ音域をもつだけでなく、人声とも
近い響きだと実感しました。

コンサート、いやリサイタルの最後、平井氏が“皆様気を付けてお帰り下さい。忘れ物、特に靴などお忘れにならないように” と真に気の利いた挨拶で笑いを誘ってくれました。
サイン会では簡潔なプログラム誌に書いていただきます。その折に使っているヴィオラについて赤坂氏に尋ねたところ、イタリアのポスティリオーニという楽器だそうですが、別の銘板の上に重ねられている由。謎の楽器で、もしかしたら飛んでもない名器かも、ということでした。それで謎めいた響きがするわけだ。
彼女の音はアマリリスQの新録音で確認してください。次はサルビアにアマリリスQの一員として登場して頂きましょうか。

 

 

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