サルビアホール 第105回クァルテット・シリーズ
個人的な話ですが、この11月は演奏会の日程が詰まっています。数えてみると10回。月に10回なんてヘヴィー・コンサート・ゴアーから見れば可愛い数字でしょうが、70歳を超えた年金生活者にとっては結構な回数で、つまり3日に一度は何かしらの音楽をナマで聴いていることになります。
日曜日のコジ・ファン・トゥッテがその5回目で、昨日15日のサルビアホールからは後半戦のスタート。鶴見は11月に入って2度目、シーズン31の第105回を聴いてきました。
ボッケリーニ/弦楽四重奏曲ハ短調 作品2-1(G159)
ハイドン/弦楽四重奏曲第24番イ長調 作品20-6
~休憩~
ストラヴィンスキー/弦楽四重奏のための3つの小品
チャイコフスキー/弦楽四重奏曲第3番変ホ長調 作品30
クレンケ・クァルテット Klenke Quartett
今回のクレンケQは、ワイマールとベルリンを拠点として活動しているドイツの団体で、何と言っても女性ばかりで構成されている団体であることが話題になっています。資料によってはドイツでは珍しいとか、ドイツで初めてと表記されているものもあり、ぶらあぼ誌にもその視点からインタヴュー記事が掲載されていましたね。
結成年も複数の記載があって、プログラムやトリトンの広報では1991年にフランツ・リスト・ワイマール音楽大学で結成と紹介されていましたが、幸松辞典では1994年。要するに結成して20年以上経過しているのに、今回が初来日と言うのも珍しいクァルテットかと思います。メンバーは、
第1ヴァイオリン/アンネグレート・クレンケ Annegret Klenke 、第2ヴァイオリン/ベアーテ・ハートマン Beate Hartmann 、ヴィオラ/イヴォンヌ・ウーレマン Yvonne Uhlemann 、チェロ/ルート・カルテンホイザー Ruth Kaltenhauser の4人。セカンドはプログラム記載名を記しましたが、同名の作曲家がいるハルトマンと読むのかも。ホームページもありました↓
http://www.klenke-quartett.de/string-quartet.html
そのスケジュールを見ると、今回の初来日は鶴見、名古屋(宗次)、東京(晴美のトリトン)の3日間短期ツアーみたいで、25日にはワイマールでの演奏会が予定されているようです。今回はゲーテ・インスティテュートの助成を受けており、会場にはドイツ人と思しきグループも来場されていました。
上記メンバーの4人は結成時のまま一人も変わっておらず、ぶらあぼインタヴューでも“その秘訣は”という質問が最初に投じられていました。今回のプログラムは2種類で、宗次とトリトンではバッハ、モーツァルト(不協和音)、シューマン(イ短調)の3曲。鶴見と合わせて全プログラムを聴かれる方もおられるでしょう。
で、鶴見のプロは一風変わったもの。前半ではボッケリーニとハイドンで弦楽四重奏黎明期の作品を並べ、後半はストラヴィンスキーとチャイコフスキーというドイツからは離れた2曲で勝負。やはりトリトンも聴かないとクレンケQの核心には迫れないのかもしれません。サルビアを聴いてそう思いました。
冒頭のボッケリーニはチェロの名手でもあり、弦楽四重奏曲よりはチェロを2本使う弦楽五重奏曲の方が良く聴かれていると思います。とは言ってもクァルテットも数多く、今回の作品2と言われてもピンとこないのが正直なところ。
ハ短調作品は急緩急の3楽章構成ですか、最初の楽章は急と言っても Allegro comodo で(コモドは「くつろいだ」という意味)、寧ろゆったりした音楽と演奏。聴感的には緩緩急という印象ですが、第2楽章は如何にもこの楽器を得意としたボッケリーニらしくチェロのソロで始まり、ファーストが登場するのは8小節ほど進んでからなのが微笑ましい所でしょうか。
最後の Allegro で漸く激しい感情表出となり、フーガ風な扱いも出てきます。最後の8小節ほどで4人がユニゾンとなり、全曲の終結。ボッケリーニとハイドンと言えば、二人のチェロ協奏曲がレコードではカップリングされることが多く、作風も良く似ていますね。ボッケリーニの事を「ハイドン夫人」と揶揄した評もあったと記憶しています。
続いては夫に当たるハイドン。作品20は終楽章にフーガを使うのが特徴ですが、サルビア初登場となるイ長調も終楽章はフーガ。ボッケリーニもフィナーレでチョロッとフーガを使っていましたから、クレンケQの選択もここにポイントがあったのかも。第3楽章メヌエットのトリオではセカンドがお休みで、文字通りトリオになるところは如何にもハイドンか。
ただ、クレンケQは初めてとなるサルビアホールのアクースティックを掴み兼ねたのか、どうもファーストの音がギスギスし勝ちで、耳には煩い感じ。ハイドンの冒頭でもリズム(8分の6)が明瞭ではなく、これが30年近く継続している団体かと、失礼ながら疑ってしまいました。何とも楽しめないボッケリーニとハイドン。この先どうなるかと不安に駆られながら後半のロシア物に移ります。
気を取り直してのストラヴィンスキー。この作曲家の四重奏そのものが珍しく、当然ながら作品もストラヴィンスキーそのものもサルビア初登場です。
私は若い頃にアンセルメ指揮のストラヴィンスキー作品集を愛聴していて、その中にあった管弦楽のための4つの練習曲という作品が、実は今回紹介された弦楽四重奏のための3小品をオーケストレーションしたもの。後に弦楽四重奏版を聴いて、何だ練習曲と同じじゃん、と思ったことを思い出します。尤もオーケストラ作品には第4曲「マドリッド」というのが追加されていて、これが大編成で前の3曲とはいかにも釣り合わない印象。
クレンケQは、ストラヴィンスキー特有の乾いた演奏ではなく、べったりした感じで弾くため、アンセルメ盤の記憶からはかなり乖離した印象を受けました。弦楽四重奏には「ダンス」「エクセントリック」「カンティーク」というタイトルは付けられていません。
そしてメインのチャイコフスキー、クレンケは有名な第1番ではなく第3番を取り上げましたが、第3はエクセルシオ、アトリウムに続いてサルビアでは3度目のお馴染み曲。クレンケはチャイコフスキー全集も完成させていて、今回のレパートリーでは最も弾きこんだ作品なのでしょう。(NMLで全曲が聴けます)
きつい印象だったファーストの音色も落ち着き、4人も漸くリラックスしたような姿勢で彼女たち本来の実力を証明してくれました。ハイドンとは違ってリズム感もシッカリと表現され、アウフタクトの第2楽章スケルツァンドは秀逸な出来。
何と言っても第3楽章の葬送行進曲が感動的で、フィナーレへ。終結直前のピチカートも4人の息がピタリと合い、最後の大フィナーレ。この辺りは4人不変のアンサンブルが生み出す成果でしょう。
アンコールは意外にもパーセルのシャコンヌ ト短調、恐らくオイレンブルクからバーグマン編纂のスコアが出ている曲でしょう。そのあとも拍手が続き、もう1曲、という素振りも見せた彼女たちでしたが、これにてお開き。あとは恒例のサイン会となりました。
ということで初来日、もちろん初体験のクレンケ、最初はハラハラしましたが、最後はドイツでの名声を裏付けた印象でした。
譬えれば、横綱が初日から3連敗したものの、4日目から立ち直り、最後は優勝争いにも絡んだ。そんな感じかな。全員が女性という繊細なタッチが魅力ですが、半面では女性のみの演奏による限界もある様にも感じられました。
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