サルビアホール 第106回クァルテット・シリーズ

鶴見サルビアホールのクァルテット・シリーズ、シーズン31の4回目、最終回はサルビア登場二度目となるダンテ・クァルテットのコンサートでした。これが今年最後のクァルテット・シリーズでもあります。
ダンテQを初めて聴いたのが2016年11月のサルビア。如何にも英国的、中道を進むタイプのアンサンブルで、2年前のプログラムも好感を持って聴いた団体です。今回も英国作品とベートーヴェンを中心にした以下のプログラム。

ハウエルズ/オードリー夫人の組曲 作品19
ショスタコーヴィチ/弦楽四重奏曲第3番へ長調 作品73
     ~休憩~
ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第9番ハ長調作品59-3「ラズモフスキー第3」
 ダンテ・クァルテット

前回のレポートで彼等のホームページを紹介しましたが、その時と変更はありません。そのサイトによると、今回の日本ツアーは11月18日から30日までのほぼ2週間で、コンサートは21日の福岡から28日の名古屋まで連日ビッシリ。
ぶらあぼ誌では26日武蔵野・27日横浜・28日名古屋の3公演しか掲載されていませんが、福岡・佐賀・三島と北上し、24日は芸大で、25日にもプロジェクトQに参加したようです。ネットで調べてみると、九州ではハイドンの作品33も組み合わせたプログラムだったようで、藝大と上野学園では講師としての活動だったと思われます。
昨日のサルビアホールのみのようですが、グレイトブリテン・ササカワ財団(The Great Britain Sasakawa Foundation)の助成を得ての開催でした。

このクァルテットに付いては前回のレポートで詳しく紹介しましたので、今回は省略。それでもファーストのオソストヴィチさんが音楽監督を務め、自然豊かな環境下で多彩なプログラムが組まれているダンテ・フェスティヴァルの公式ホームページだけは紹介しておきたいと思います。もちろん私は参加したことはありませんが、7月の英国を楽しむ穴場かもしれませんね。↓

http://www.dantefestival.org/

ホールのある3階、開場の5分くらい前に事務所前の公共スペースに着いて先ずビックリ。チェロのリチャード・ジェンキンソンが頻りにパソコンを叩いています。おいおいリハーサルは済んだのか、リハが押して開場が遅れる団体もあるのに、何だこの余裕。ヴィオラの井上祐子さんがホール前をリラックスして歩いている姿も目撃しました。
そうか、今回のプログラムは各地で演奏してきているし、サルビアホールのアクースティックも経験済み。後は本番を待つのみなのでしょう。以前にある音楽家から英国人の譜読みの速さ、リハーサルの効率の良さ(というか、少ないリハでいきなり本番が英国では常識だそうな)について聞いていましたが、英国人、乃至はイギリスで活動している音楽家は、我が国やドイツの几帳面さとは一線を画するところがあるのでしょう。

2年前のプログラムにはスタンフォードの作品があり、あの時は井上ヴィオラが作曲家について、作品についても実例を弾きながら解説してくれました。プログラムに挟まれる曲目解説も彼女自身が書かれていましたっけ。
最初に演奏されたハウエルズについては、今回も井上氏の解説があると期待していましたが、残念ながら今回は無し。ただ曲目解説だけは、今回も彼女が書いていました。
その解説によれば、20世紀の作曲家ハーバート・ハウエルズ (1892-1983) は英国グロスター州生まれで、父親がアマチュアのオルガン奏者。ハーバートは王立音楽大学でスタンフォードやチャールズ・ウッドに師事しましたが、先生のスタンフォード作品を前回紹介してくれたのがダンテQでした。確かスタンフォードはヨアヒムの友人だったんですね。

作品のタイトルにあるレディー・オードリー Lady Audrey はこの時未だ6歳で、題名から想像するような誰々夫人ではない、ということは初めて知りました。イギリス民謡風の素材に、ドビュッシーなどのフランス印象派の影響が加わったもの。4曲から構成され、夫々①とっても眠たい4人の黒ん坊の踊り ②小さな少女と年老いた羊飼い ③お祈りの時間 ④老いた羊飼いのお話 というタイトルが付いています。
ハウエルズはサルビア初登場ですが、エクセルシオが単一楽章のファンタジー・クァルテットをレパートリーにしていて、他所で何度か聴いたことがあります。それは室内楽コンクールの受賞作品で、1916年から1917年にかけての作曲。今回のオードリー夫人組曲はその前、1915年の作品ですから作曲者23歳の時のもの。何れにしても若い時の音楽でしょう。

ところでオードリー組曲、CDがあるのか否かは知りませんが、ナクソスですら聴けないレアもの。僅かにペトルッチにスコアがリストアップされていて、私はこれをダウンロードして予習しました。音は無く譜面のみで、スコアには各楽章ごとにタイトルの解説も書かれています。
第1曲は第2ヴァイオリン(オスカー・パークス)のピチカートで始まり、起伏の大きな展開。最後は fff の激しいフレーズで閉じられるスケールの大きな楽章です。第2曲は弱音器を付けたヴィオラのソロで始まる Allegretto espressivo, poco semplice という表現記号が示すように、感情籠った楽章。
第3曲はやや長いチェロのソロがテーマを提示し、6つの変奏曲が続きます。特に第4変奏はワルツのテンポが特徴的で、第5変奏ではヴィオラとチェロがユニゾンで強奏する個所が印象的な長めの変奏曲。最後の第6変奏はレントで静かに閉じられます。第4曲は第2ヴァイオリンとヴィオラが奏でる3連音に乗ってファーストとチェロがユニゾンでテーマを弾き出す楽章。最後は全員の fff で堂々と閉じられる若きハウエルズの意欲作でしょうか。

ノヴェロから出版されているスコアの最後には「リドニー(ハウエルズの生地)にて、1915年クリスマス」と記されており、これが作品を理解するキーワードかも知れませんね。
1915年と言えば第1次世界大戦の最中で、この年の初めにはドイツ軍によるロンドン空襲が激しさを増し、5月にはイギリスの客船がドイツ軍によって撃沈されて多くの犠牲者を出したばかり。その暗い世相のクリスマスに6歳の女の子をタイトルとした室内楽を書く。戦争の影響が全く感じられない、と言えば嘘になるでしょう。そういう背景を思い浮かべてハウエルズ作品を聴けば、この一見民謡風の弦楽四重奏曲に別な意味での愛着が湧いてくるようにも感じられました。いずれのCD化を期待しましょう。出来ればダンテQで。

余談ですが、ハウエルズは43歳の時に息子を亡くし、その作風がより深化したとウィキペディアの解説には書かれています。その直後に作曲されながら長く日の目を見なかった「楽園の賛歌」ヒムヌス・パラディージを2012年のプロムスの中継で聴いたことがありますが(ブラビンス指揮BBC響)、間違いなく大傑作だと思いました。エルガーやヴォーン=ウィリアムスの後継者であり、20世紀では珍しいクラヴィコードのための作品も残したハウエルズ、宗教作品と合唱曲という日本では余り一般的ではないジャンルの作曲家でもあるハウエルズですが、出版を含めてそろそろ復活してきてもよいのではないでしょうか。

一旦舞台裏に戻ったダンテQ、2曲目はショスタコーヴィチ。ここではファーストとセカンドが入れ替わり、若手のパークスがファーストのパートを受け持ちます。確か前回はクァルテットの顔とも言えるオソストヴィチ女史が全てファーストを弾いていたと記憶しいますが、今回はダンテQの別の面を見た思いがします。
ショスタコーヴィチ第3は、パシフィカQによる全曲演奏以来となるサルビア二度目。第8・第9の交響曲の姉妹編とでも呼びたくなる弦楽四重奏曲で、同じように5つの楽章で構成されます。最初のハウエルズ作品が第1次世界大戦中に書かれたと同様、ショスタコーヴィチは第2次世界大戦の影響下で書かれたもの。今回のように単独で聴くと、ツィクルスの一環で演奏されるとき以上に作品の独自性、皮肉なタッチが浮き上がってくるようにも聴かれます。ダンテQもダイナミックな音作り、スケールの大きな構成感、それでいて押しつけがましさの無い表現が見事でした。

プログラム後半は、前回もメインに据えたベートーヴェンの大曲。ラズモ第3は、サルビアではほぼ毎年何処かの団体が取り上げている定番で、ダンテQはどのように扱うか、に興味が行ってしまうのは止むを得ないところ。
ここはオソストヴィチがファーストに戻りましたが、ショスタコーヴィチで感じたことがそのまま当て嵌まります。あくまでも中庸な表現の中で作品構造の捉え方が大きく、ダイナミック。細部よりは全体の流れを重視し、聴いた後の充実感が著しい。大曲を味わい尽くした、ごちそうさまでした、という満腹感を与えてくれるのがダンテ・クァルテットの美点と言えるでしょうか。決して自分たちの主張を聴き手に強要しないという節度、教養。

アンコールは再びパークスをファーストに、チャイコフスキーのアンダンテ・カンタービレ。ヴィオラ井上が曲名を“チャイコフスキーの弦楽四重奏曲第1番からアンダンテ・カンタービレ”と丁寧に告げていました。

 

 

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