今日の1枚(4)

音楽歳時記風に言えば、今日はベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲(1806年)とフンパーディンクの歌劇「ヘンゼルとグレーテル」(1893年)が世界初演された日です。特に後者はリヒャルト・シュトラウスが指揮したというのが面白いところ。
協奏曲で言えば、モーツァルトのピアノ協奏曲の初演もこの日でした(1785年)。K482で知られる変ホ長調の作品。
今日の1枚はこの曲じゃなく、同じモーツァルトのピアノ協奏曲の次とその次がカップリングされた1枚です。

①モーツァルト/ピアノ協奏曲第23番イ長調K488
②モーツァルト/ピアノ協奏曲第24番ハ短調K491

マレイ・ぺライアの指揮とピアノ、イギリス室内管弦楽団が演奏したCBSソニーの全集盤の1枚。00DC 421 という品番。
モーツァルト・ピアノ協奏曲全集ですから、オリジナル・カップリングではなく、別々のテイクを1枚に収めています。
データはこんな具合。

①1984年2月16日 ロンドン、St.John’s Smith Square 。プロデューサーは James Burnett 、エンジニアが Robert Auger 。ディジタルによるステレオ録音。
②1975年9月12~15日 ロンドン、Abbey Road EMI Studio 。プロデューサーは Paul Myers 、エンジニアは Christopher Parker と Mike Ross-Trevor 。アナログのステレオ録音。

これはかなり珍品に属するディスクです。①と②では録音日時に10年近い開きがあり、録音方式もアナログからステレオに移行しています。
特にアナログによる②は奇妙なもので、第1楽章と第2楽章以下とでは明らかに全体的なバランスが異なっているのです。私の好みから言えば、どうも第1楽章はオケが遠くて不明瞭、楽器の定位もあやふやです。第2楽章になるとずっと改善されて聴き易くなる。まるで、途中でホールの座席を移動したみたいだ。

その辺はデータにも表れていて、日付も違うだけでなくエンジニアが替わっていますよね。何かトラブルがあったのかも知れません。どっちのエンジニアがどちらを担当したのか判りませんが、そのまま商品化してしまったソニーも随分思い切ったことをしたもんです。

24番は、モーツァルトがそのピアノ・パートを完全に記譜していないので、演奏家がいろいろ装飾音を加えてリアリゼーションするのが普通。ぺライアも例外じゃありませんが、最小限に留めています。
モーツァルト作がないカデンツァもぺライア自身が作ったものが使われています。第3楽章のものはカデンツァというよりリードインと呼んだほうが相応しいほど短いもの。
第3楽章冒頭の4箇所ある繰り返しは全て実行しています。

①はディジタルということもあってバランスはずっと良いし、音質も全曲安定していて優れた録音だと思います。
それでもこの盤が珍品なのは、第2楽章ですね。美しい短調の主部が戻ってきて暫くしたところ、例のピチカートが伴奏するこの曲の聴かせどころです。
何とこの演奏では、弦楽器が全てピチカートで演奏するのではなく、両ヴァイオリンはアルコで弾いるのです。ポケット・スコアの練習番号D(第84小節から92小節まで)。
私の手元にあるスコアはユニヴァーサルのフィルハーモニア版ですが、ここは全てピチカートの指示です。

実は今この曲の譜面をいろいろ調べているのですが、この間山野楽器で立ち読みしたところ、新しいベーレンライター版でもここはピチカートですね。
ところが同じべーレンのヘルマン・ベック校訂を音楽の友社がライセンスして出している日本版。これが何とヴァイオリンがアルコなんです。
同じ校訂で何故違うのか?

後は推理の域ですけど、恐らく最初にベックの校訂が発表された時は何故か「アルコ」になっていた。音友はこれを使用して出版し、ぺライアもこの版で録音した。
ところが後になってこれがミスプリントであることに気付き、本家本元のベーレンライターは改訂版の段階で正しいものに刷りかえる。その結果、現在市販されているべーレンは全員ピチカート。
ま、これは私の勝手な想像ですから信用しないように。

しかしながらぺライア盤はこの奇妙な「解釈」によって録音されていますし、音友スコアも現役。珍品の珍品たる所以です。
なおこの日本盤ディスクのライナーノーツは大御所・吉田秀和氏の絶賛。23番についても詳しく触れていますが、何故かピチカート問題については一切触れていません。どうしたんでしょうねぇ~。
尚、23番のカデンツァはモーツァルト自作のものを使用しています。

参照楽譜は、23番がユニヴァーサル(フィルハーモニア) No.58 、24番はペータース Nr.814 。

 

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