今日の1枚(19)
今日は録音の良い一枚を聴こうと思います。手が伸びたのは、マーキュリーのリヴィング・プレゼンス・シリーズの1枚。
①チャイコフスキー/交響曲第4番へ短調作品36
②チャイコフスキー/交響幻想曲「フランチェスカ・ダ・リミニ」作品32
③ボロディン/歌劇「イーゴリ公」序曲
演奏はいずれもアンタル・ドラティの指揮、オーケストラは①と③がロンドン交響楽団、②はミネアポリス交響楽団。ミネアポリス交響楽団はその後改名され、現在はミネソタ管弦楽団として活動しています。
録音データは、
①1960年6月12日 ロンドン、ウェンブリー・タウン・ホール
②1958年12月22日 ミネアポリス、ノースロップ・オーディトリアム
③1959年6月6日 ロンドン、ウォルサムストウ・タウン・ホール
ディレクターは全て Wilma Cozart 、エンジニアも全部 C.Robert Fine が担当しています。マーキュリーはデータを全て開示する主義で、他にミュージカル・スーパーヴァイザーという肩書きで①と③が Harold Lawrence 、②は Clair van Ausdall という名前がクレジットされています。
他にも使用マイクロフォンも明記されていますし、全て3チャンネルで収録されていたことも記載されています。このシリーズの一部は既にSACDのマルチチャンネルとして発売済み。ステレオ初期にこのような技術を駆使して最高級の録音を残したコザート女史、あなたは偉い!!
マーキュリー録音のCD化に当たっても、製作社フィリップスが彼女に頭を下げて依頼した由。CD化のプロデューサー、スーパーヴァイザーとしてコザート/ファイン夫妻の名前が堂々と大書されています。
録音はどれも見事なもの。ホールの最良席とされる1階中央で聴くようなバランスではなく、指揮台で指揮者が耳にするようなイメージで録音されているのが特徴でしょう。
この傾向は録音年代が古いほど顕著で、最新の①には適度なホールトーンも加えられていて、ごく普通の聴き手にも聴き易いバランスになっています。
3種類の異なるセッション、オーケストラの違いがあるにも係わらず、全体的なコンセプトにもレヴェルにも統一が取れているのが立派。
日本では古くからオーケストラは離れて聴く、二階正面こそベストという聴習慣があるようで、マーキュリー録音は(日本では)不評でしたね。
私は逆。ヨーロッパ系の残響豊かな録音よりも、マーキュリーのスコアの細部まで手に取れるような音が好みです。楽譜を見ながら聴く習慣が身に付いてしまった所為でしょうか。
ドラティのチャイコフスキー4番は、ロンドン交響楽団の初来日の時のプログラム。テレビで観戦した記憶があり、その意味でも懐かしい演奏です。
チャイコフスキーのセンチメンタリズムをバッサリ切り捨てた胸のすくような快演。
驚異は第4楽章の練習記号B(第60小節)でしょう。ここはオーケストラの総奏が ff で終止した直後、木管が mf に音量を落として民謡主題を吹く所。直前の音があまりに大きいため、どうしても次のフレーズの頭に残響が掛かってしまい、次の出だしが聴き取り難くなります。そこで少し休みを置いて次に進む、という演奏が多いのですが、ドラティは委細構わず突き進みます。同じことの繰り返しとなる練習記号E(149小節)も同じ。
この録音が凄いのは、適度な残響がありながら次のフレーズに音が被らないこと。トライアングルの微かな p が明瞭に聴き取れます。コザート/ファイン・コンビに大ブラヴォ~。
第4交響曲の第1楽章コーダの繰り返しは勿論実行しています。これを省略する演奏は聴いたことがありません。
オーケストラの配置は全てアメリカ式。チェロを右端に置くスタイルです。②に登場するハープは右から。
金管は、①ではホルン中央、トランペットがその右、トロンボーンとチューバが更に右。②ではホルン左、トランペット中央、トロンボーン右が明瞭に聴き分けられます。
③はコンサートホールでも、レコーディング・レパートリーでも絶滅に瀕している曲目。ボロディンの作曲とされていますが、実質的にはグラズノフの手になるものです。(最後の16小節は完全にグラズノフ作曲)ただしボロディン自身がピアノで弾いて見せたときの記憶を頼りにグラズノフが再構成したはず。グラズノフの記憶の良さに舌を巻きます。
参照楽譜
①ユニヴァーサル(フィルハーモニア) No.71
②オイレンブルク No.840
③オイレンブルク No.1118
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