読売日響・名曲聴きどころ~09年1月
1月の聴きどころを始めましょう。このトピックも3年目に入りますが、ま、宜しくということで・・・。
先ずはサントリーと芸劇で演奏されるプログラム、モーツァルトの交響曲第40番とシューベルトの「冬の旅」管弦楽版というやや手強い組み合わせです。
お正月早々にしては内容的にきついかも知れませんね。指揮はワルター・グガバウアーという方、バリトンは故ヘルマン・プライの息子、フローリアン・プライ。私は二人共初めて接する方です。
モーツァルトとシューベルトという、早逝した二人の天才の晩年の作品が並んでいるというところがプログラムのミソでしょうね。
ト短調交響曲は35歳で亡くなった作曲家の32歳の時の作。冬の旅は31歳で亡くなった作曲家の30歳の時の作。共にウィーンで没、というのも共通点。
まずモーツァルト、今更聴きどころでもない名曲ですが、恒例の日本初演。これがチト問題がありましてね。
音楽の友社大作曲家シリーズではこうなっています。
1927年2月27日 日本青年館 シャルル・ラウトルップ指揮・新交響楽団。
ところがこれを「日本の交響楽団・定期演奏会記録」で確認しますと、演奏家は間違いないのですが、日付が違うのです。こちらは1927年3月13日。
実はこういうことです。記録では、新交響楽団(現在のNHK交響楽団)の第2回定期演奏会は2月27日に、第3回が3月13日に行われています。
定期演奏会記録集によれば、第2回定期はケーニヒの指揮でチャイコフスキー「悲愴」他が、第3回定期がラウトルップ指揮でモーツァルトの40番とフランクなどが取り上げられています。
今となってはどちらが正しいのか確かめようもありませんし、細かいことなどどうでもよい事かも知れませんが、私が調べた限りでは、二つの記録が混同していると考えざるを得ません。
次に楽器編成。これも但し書きが必要です。
モーツァルトの40番には、実は2種類の版があることはご存知でしょう。モーツァルトは最初の稿にクラリネットを加えた第2稿を残しているのですね。
これまで、いわゆる三大交響曲はモーツァルト生前には演奏されなかったという説が流布していましたが、40番に改訂を施したという事実が、実際には生前に演奏されたに違いないという現在の考え方の根拠になっているのです。
ということで、クラリネットを加えた版の編成は、
フルート、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、弦5部という内容。第1稿は、この中からクラリネット2本を抜いた編成です。
現在はクラリネット追加版による演奏が圧倒的多数だと思いますが、クラリネットの無い版にも独特の味わいがあり、私はむしろ第1稿の方が好きな位です。グガバウアーさんはどちらを選ぶのでしょうか。
聴きどころは簡単に、超私的なポイントだけ。
第1楽章は何と言っても出だしですね。ヴィオラが“チャカチャカチャカ”と始めるアルペジオ。こういう開始は当時としては異様なことだったはずで、ト短調という異例な調選択と相俟って聴衆を驚かせたに違いありません。現代人の耳には馴れっこになっていますが、ここは今一度斬新なモーツァルトの開始方に注目しましょう。
第2楽章の主題は、一つの音を繰り返すという風変わりなやり方であることに着目しましょうか。ヴィオラ→第2ヴァイオリン→第1ヴァイオリンと受け継がれていく音型を移動ドで読むと、「ド・レ・ファ・ミ」になる。即ち次のジュピター交響曲のフーガ主題と同じだ、という解説を読んだこともあります。
第3楽章はトリオに耳を澄ませたいですね。実はここは全曲で唯一クラリネットが出て来ない箇所です。そのせいか、私には第1稿のより寂しい音調が聴こえて、たとえクラリネット版での演奏であっても、最も心惹かれる部分です。
第4楽章は、最後の最後が最大の聴きどころでしょう。低弦から木管に引き継がれる上昇音階。当然ながらここで不協和音が響くことになり、この革新的な交響曲を驚きの内に閉じることになるのです。
さてシューベルトに行きましょう。
「冬の旅」は言うまでもなくシューベルト最高傑作の歌曲集。オリジナルはピアノ伴奏です。今回名曲シリーズで取り上げられるのは、ピアノ伴奏を管弦楽に編曲したもの。編曲したのは鈴木行一という作曲家です。
この版の楽譜は、当然ながら市販されておりません。従ってこの聴きどころもスコアを見ていませんので、細かい点にまで触れることが出来ませんので悪しからず。
さて先月の機関誌「オーケストラ」の1月の聴きどころの中で、諸石幸生氏が“今回はいよいよ大作<冬の旅>への挑戦となります”と書かれていますが、これは既にヘルマン・プライの依頼で編曲され、オーケストラ・アンサンブル金沢によって初演されている作品です。ドイツ各地でも演奏されているのですが、ミュンヘンでの演奏がライヴ収録されて市販されております。
今回はこのディスクと、これに附された解説書を頼りに聴きどころを書くことに致しました。
この解説によると、1995年にアンサンブル金沢の定期に出演したプライが、曲目だったシューベルト歌曲の管弦楽編曲版を録音(DG)。この時に冬の旅からの3曲を編曲したのが鈴木氏。
この編曲が気に入ったプライは、冬の旅全曲を1997年2月に金沢で初演し、その後ドイツ各地でも披露することを約束した由。
金沢での初演はプライの体調不良により叶わなかったものの、ドイツ各地での公演は実現し、本録音はツアー3日目の記録。
アンサンブル金沢が日本初演を果たしているのか、それは何時のことだったかについては調べがつきませんでした。
上記のように、管弦楽版のスコアが市販されていないので、楽器編成について詳しいことは判りません。
しかし録音の際のメンバー表から推察すれば、
フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦5部(8-6-4-4-2)という編成。ピッコロとイングリッシュホルンも聴こえるので、夫々持ち替えと思われます。
プライが気に入ったというように、シューベルトの美質を主眼に置いた編曲。ホルンのゲシュトプフ奏法や木管のフラッターツンゲ奏法を使用している箇所もありますが、編曲者自身の解説の通り、決して奇を衒ったものではありません。
シューベルトは死の床でも「冬の旅」の改訂に携わっていて、3曲(「憩い」「孤独」「辻音楽師」)について二つの版を残していますが、ここでは後の改訂版を下地にしているようです。(この点についてはブックレットには一切触れられていません)
私はこのディスクを何度か聴いてみましたが、具体的なオーケストレーションの内容は伏せておきましょう。間違ったことを書くといけませんからね。
「冬の旅」をよくご存知の方は、あの曲はどんな楽器で演奏するのかな? と想像してからコンサートに臨むのも良いのじゃないでしょうか。期待したとおりの響きになるか、エッというような新しい驚きが待っているか。
最後にいくつか気が付いたことを。
「冬の旅」はヴィルヘルム・ミュラーの連作詩集からシューベルトが抜き出したものです。シューベルトは大きく二部に分け、夫々のタイトルは以下の通りです。
第1部
1.おやすみ
2.風見の旗
3.凍った涙
4.かじかみ
5.菩提樹
6.あふるる涙
7.川の上で
8.かえりみ
9.鬼火
10.憩い
11.春の夢
12.孤独
第2部
13.郵便馬車
14.霜おく髪
15.鴉
16.最後の希望
17.村にて
18.嵐の朝
19.幻
20.道しるべ
21.宿屋
22.勇気を
23.幻の太陽
24.辻音楽師
この順序、実はミューラーの原作とは異なっていることにも注意しておきたいと思います。ストーリーの連続性ということでは当然ながらミューラーが自然で、シューベルトの曲順を原作に並べ替えると、
1~5、13、6、7、8、14~21、9、10、23、11、12、22、24となるそうです。CDプレイヤーの機能を使い、並べ替えて聴いてみるのも一興でしょう。
もう一つ、シューベルト歌曲の管弦楽編曲について。
古いファンは馴染みかもしれませんが、「魔王」 Erlkonig にはベルリオーズのものがありました。フランツ・リストも「魔王」をオーケストレーションしていますね。
ブラームスは「御者クロノスに」 An Schwager Kronos 、「ひめごと」 Geheimnes 、「老人の歌」 Greisengesang 、「メムノン」 Memnon などを編曲しました。
マックス・レーガーも熱心で、「音楽に」 An die Musik 、「竪琴弾きの歌」 Drei Gesange des Harfners 、「夕映えに」 Im Abendrot 、「プロメテウス」 Prometheus をオーケストレーション。
フェリックス・モットルは「セレナード」 Standchen を、変わったところではウェーベルンの「彼女の絵姿」 Ihr Bild や、ベンジャミン・ブリテンの「鱒」 die Forelle もありましたね。
「冬の旅」全曲については、今回の鈴木版に先立ってドイツ現代作曲家ハンス・ツェンダーが編曲したものもあります。これもCDが出ているそうですから、興味を持たれた方はチャレンジしてみては如何でしょう。
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