読売日響・第587回定期演奏会

今年3月にカンブルランが常任指揮者から勇退した読響、2019/20年シーズンからはヴァイグレをシェフに迎えて新たなスタートを切ります。敢えて「decade」という表現を使っても良いでしょうか。
その読響が New Decade の開幕に選んだのが、エストニアの中堅オラリー・エルツ。同オケには3度目の登場だそうですが、プログラムは以下の4作品。

トゥール/幻影(共同委嘱作品/日本初演)
ストラヴィンスキー/ヴァイオリン協奏曲ニ長調
     ~休憩~
武満徹/星・島
シベリウス/交響曲第5番変ホ長調作品82
 指揮/オラリー・エルツ
 ヴァイオリン/ヴィルデ・フラング Vilde Frang
 コンサートマスター/日下紗矢子

一見すると雑然と並べられた作品群のようにも見えますが、実は根っこには一本筋が通っていると納得の選曲でもあります。私がエルツの指揮に接するのは確か二度目で、前回は2009年5月の読響定期でした。その時はシベリウスとラフマニノフというプログラムで、一部の不満はあったものの、読響再登場を期待させるに十分な指揮者との感想を書いた記憶があります。10年の時を経て大きく成長していることを確認した次第。
前回の2016年は確か定期には登場しておらず、私は聴いていません。

冒頭で取り上げられたトゥールは、エルツと同郷のエストニアを代表する作曲家。世界的にも引っ張りだこの人気者で、これが日本初演となる幻影 Phantasma は、エルツがアーティスティック・アドヴァイザーを務めるキュミ・シンフォニエッタ Kymi Sinfonietta と読響との共同委嘱作品。トゥール本人も会場に姿を見せるほどに気合の入った日本初演でした。
世界初演は4月3日にフィンランドのコトカでエルツ指揮キュミ・シンフォニエッタによって行われたばかりですが、実は続けざまに4日には同じフィンランドのコウヴォラで、5日にもヘルシンキで演奏を重ねてきました。作品としては、この日の読響が4回目の演奏ということになります。

ところでコウヴォラと言えば、日本フィルの首席指揮者を務めるピエタリ・インキネンの生まれ故郷で、トゥールの新作が演奏された前日、正にインキネンと日本フィルがシベリウスを披露していたんですねェ~。日フィルのヨーロッパ・ツアーに参加された方の中には、翌日のトゥールも聴かれた方がおられるかも。日本では殆ど知られていないフィンランドの古都で意外なドラマが生まれていたことも記憶しておきましょう。

さて幻影、新曲ですから楽器編成を転記しておきましょうか。フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2(コントラファゴット持替)、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、打楽器1人、ピアノ、弦5部という2管編成。キュミ・シンフォニエッタのサイズを考慮しての編成でしょう。
但し、たった一人で担当する打楽器が多彩かつ多様で、トライアングル、レインスティック、ヴィブラフォン、シロフォン、クロティル、ドラムセット、コイルドスプリング、ゴング、銅鑼と、滅多に見ることが出来ない楽器も舞台狭しと置かれていました。特にコイルドスプリングという楽器?は、巨大な螺子を連想させるようなもので、私は初めて見たかも。レインスティックは雨の音(水の音)を出すための筒状の一品でしょうか。

プログラムにはトゥール自身の解説が掲載されていましたが、原文は出版社でもあるペータース・エディションからアクセス可能な作曲者自身のホームページでも読めますから、興味ある方はそちらをご覧ください。
それによれば、初演を任されたエルツからベートーヴェンとの繋がりを題材とした作品を書くように依頼されたとのことで、当作はベートーヴェンへのオマージュだそうな。中でもトゥールの父が衝撃を受けたというコリオラン序曲が引用されているとのことでしたが、13分ほどの全曲を聴き終えた後の感想は、「何処がコリオランじゃ」というもの。具体的な引用は無く、コリオランの作品構造が基本になっているとのことで、無理にコリオランを聴き取ろうとする必要はないのでしょう。
それよりも、作品を通して何度も出現する下降4音が印象的で、スコアは見ていませんので確証はありませんが、これがポイントかな? と聴きました。演奏後、客席からトゥール氏が呼ばれ、オーケストラ前での答礼。かつて読響ではカレヴィ・アホが来日し、その作品の演奏後に舞台に上がったことがありましたっけ。

日本初演に続いては、個人的には最も楽しみにしていたフラングによるストラヴィンスキー。スウェーデン生まれの評判ヴァイオリニストをナマで聴くのは初めてですが、スラリと背が高く、如何にも北欧の才気煥発な女性ヴァイオリニスト。
ストラヴィンスキーの協奏曲は誰でもが好んで弾くような作品ではないでしょうが、完璧に暗譜での演奏に先ず驚愕。ただ記憶しているというだけではなく、ソロが休みの箇所でもオーケストラの各パートに向かって共に音楽するような素振り。自身のソロもテクニックは当然ながら、切り立つようなリズム感覚が圧巻で、彼女が有名な古典派やロマン派の作品よりも現代の、ストラヴィンスキーへの共感に溢れていることが実感できます。確信犯とでも言うべきストラヴィンスキーの超名演。
作品の、バッハの精神にも通ずるスタイルと、兵士の物語に繋がる斬新さとを融合した素晴らしいストラヴィンスキーを聴くことが出来ました。もっと頻繁に聴かれて良い、もう一つのニ長調ヴァイオリン協奏曲!

会場の大喝采に応えてのアンコールは、ハイドンの皇帝讃歌(弦楽四重奏曲作品76-3の第2楽章)をクライスラーがソロ用にアレンジしたもの。終始重音奏法が奏でられる演奏至難と思われるピースですが、フラングは易々と歌い上げます。正に「重音の女王」という風格さえ漂わせていました。熱烈なるブラヴァ~を。
演奏会後に行われたサイン会には長蛇の列。特に男性ファンが目立っていたようです。

情報満載の前半を終え、後半は武満作品から。プログラムの曲目解説(柴辻純子)でも紹介されていましたが、当時無名、サークルからは完全無視されていた武満を「発見」したのがストラヴィンスキーでした。何故ここで武満、という選曲の意図はここにもあるのでしょう。
今回取り上げられた星・島 Star-Isle は、早稲田大学の創設100周年を記念して書かれたもの。6分ほどの短い作品ですが、冒頭にコルネットで奏される4音動機「ラ♭・ミ・レ・ラ」が全体に散りばめられています。曲の最後もホルン2本による4音動機で閉じられる。よくよく考えてみれば、演奏会の冒頭で聴いたトゥール作品も、音程は違えど4音動機が作品の核になっており、ここで我々はコンサートの前半と後半とで同じ、というか良く似た体験をしたことに気付くのでした。

前半と後半の共通点を無理に探せば、ストラヴィンスキー作品と武満作品にはほぼ半世紀の開きがあり、ストラヴィンスキーは1931年10月23日に、武満作品は1982年10月21日に夫々初演されており、2曲が同じ季節に誕生したということも付け加えておきましょうか。ま、これは些かこじ付けではありますが・・・。

武満ワールドを堪能した後は、今定期では恐らく最も人口に膾炙しているシベリウスの第5交響曲。北欧を代表する名曲でもあります。
エルツは前回の印象(あの時はゲルギエフ+ラザレフという単純な感想)もそのままに、棒を使わずに激しくも機敏な動きで読響を自在にリード。繊細(第1楽章の練習記号J辺りからの再弱音 ppp)かつダイナミック(第3楽章の練習記号Eの途中から登場するコントラバスの打ち付ける様な ff)な表現で堂々たるシベリウスを描いて見せました。

快演を称える客席の称賛にニコリともせず応えるエルツは、憎らしいほどに冷静そのもの。北欧、特にエストニアやフィンランドと極東日本とは太古にまで遡る不思議なDNAがあるという説も存在するほどで、一見バラバラに見えたプログラムも、実は底の底で太い根が張っていることにも改めて思いを致す定期でした。

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