読売日響・第588回定期演奏会
就任の一報が出てから待ち望んでいた演奏会、第10代常任指揮者就任披露演奏会を聴いてきました。5月の読響定期です。
ヘンツェ/7つのボレロ
~休憩~
ブルックナー/交響曲第9番ニ短調(ノヴァーク版)
指揮/セバスティアン・ヴァイグレ
コンサートマスター/長原幸太
カンブルランの後を受け継いだヴァイグレに付いては、当ブログ内で何度も紹介してきました。個人的な最初の出会いはCDで、それもハンス・ロットの素晴らしい録音だったことを懐かしく思い出します。その時は一介の無名指揮者でしたが、私の中で評価が決定的になったのが2016年8月の読響定期。自慢する訳ではないけれど、この時に次期常任はこの人、という確信すら感じたものです。
どうやらオケの関係者も同じ思いだったようで、私の個人的な夢が実現。その発表を「当然でしょ」と受け取りました。最初の出会いの翌年、二期会の「ばらの騎士」でも読響と見事な舞台をサポートしたヴァイグレですが、その間に共演したN響と九響定期は聴いていません。相性はどうだったのでしょうか?
さて、読売日本交響楽団は設立当初から海外の一流指揮者を常任指揮者に据えることを団是としてきましたし、特にドイツ人指揮者には特別な思い入れがあったはず。今月のプログラム誌にも「読響のドイツ人指揮者の系譜」というコラムがあり、そこではマッツェラート、シュタイナー、シュミット=イッセルシュテット、ヴァント、ザンデルリンク、マズア、レークナー、アルブレヒトが紹介されています。ヴァイグレはアルブレヒト以来のドイツ人常任指揮者となり、オーケストラの期待もこれまで以上に高くなっていると想像されましょう。
他にもプログラムには「ドイツ本格派がやってくる」というエッセイもあり、5月の読響はドイツ一色となった感もあります。
常任指揮者として最初となる令和元年5月、ヴァイグレは3種類のプログラムでモーツァルト、ベートーヴェン、ロルツィング、シューマン、ワーグナー、ブルックナー、ブラームス、そしてヘンツェと徹底的なドイツ・プログラムで登壇します。8人の作曲家夫々1曲づつの全8曲。これがヴァイグレ政権の方針であることは間違いないでしょう。彼自身がプログラムに寄せたメッセージを読んでも、それが読み取れるではありませんか。
定期演奏会は正にヴァイグレの就任披露演奏会に当たり、読響との因縁が深いヘンツェ、そしていきなりのブルックナー第9という直球勝負で臨んできました。その剛球は聴き手の胸に深く食い込んだようで、初回からホールは大歓声に包まれます。
ヘンツェの7つのボレロは、ドイツ人常任指揮者だったアルブレヒト時代に、そのコンビで読響が世界初演した作品。2000年2月2日のグラン・カナリア音楽祭(スペイン)でのことで、その時に参加していたメンバーも未だ大勢残っているのではないでしょうか。つまり勝手知ったるヘンツェ、ということでしょう。
オペラ「ヴィーナスとアドニス」を下敷きにした管弦楽作品で、敢えて言えば「ヴィーナスとアドニス」組曲のようなもの。この中からボレロを抜き出して7楽章に纏めた20分強の一品。ヘンツェが何故にスペインのボレロを作曲したかは、一つには7つのボレロがスペインの音楽祭からの委嘱だったこともあるでしょう。ドイツとスペインの意外な組み合わせ、ヘンツェは「バスク人のラヴェルがウインナ・ワルツを書き、ザルツブルク生まれのモーツァルトもイタリア・アリアを書く。サンクト・ペテルブルクから来たストラヴィンスキーはノルウェーの抒情に想いを寄せ、白人のガーシュインも黒人のスピリチュアルを書いたのと同じで、ウエストフェリア出身の自分もスペインの音楽を書く」とスコアの序文に記しています。
7つのボレロにはタイトルが付せられ、1.癇癪持ちの女 La irascible 2.賛歌 La alabanza 3.期待 La expectation 4.王の孔雀 El pavo real 5.高慢 La soberbia 6.痛み Dolor 7.アラビアの王女の偉大なダンス・ステップ El gran paso de la Reina Arabica から成ります。全体にボレロのリズム、3拍子を主体に書かれていますが、時に3拍子は8分の7拍子(3+2+2)、8拍子(3+3+2)、9拍子(3+3+3)等と捻りが加えられているのが面白い所。その意味でも第5曲と第6曲は極めて演奏が(聴く方も)難しいと思われます。
私はスコアを初めてダウンロード方式で購入、NMLで何度も予習してやっと作品のイメージを掴むことが出来ました。今回初めてナマで体験し、3管編成と多くの打楽器を含むオーケストレーションによる多層的な響きを堪能。特に最後の第7曲では第33小節から第61小節にかけての30小節余り(この楽章、全体は91小節ですから3分の1を占めます)、打楽器とハープ、チェレスタ、ピアノだけによるカデンツァ風なパッセージがあり、読響打楽器群の華麗なパフォーマンスがヴァイグレの就任披露を盛り上げてくれました。打楽器チームに最高級のブラヴィ~を。
そしてメインのブルックナー。就任早々第9交響曲を持って来る辺りがヴァイグレの真骨頂で、普通第9は任期の終わりに取り上げるのが常道でしょう。
そのブルックナー、マエストロの意欲通り、攻めの姿勢が目立つブルックナーで、繊細にして骨太、劇的な表現に貫かれた名演を満喫しました。特に最後の最後、敢えて言えば「死」を意味する壮絶な不協和音の fff が響き渡った後の長い休止。永遠に続くかと思われる沈黙は、一体どのくらい続いたのでしょうか。ここに至る音量の漸増がドラマティックだっただけに、長いパウゼにフルトヴェングラー的なドイツ精神を感じてしまいました。
生涯を追憶するような天国への道行きを終え、弱音で静止した後の祈り。客席も全員が身動きせず、最後の静寂に身を委ねます。これほどブルックナーに、ドイツ音楽に共感を覚える聴衆が他にあるでしょうか。本家のドイツでさえ、ベルリン・フィルの聴衆でさえここまでの一体感は持っていないでしょう。明らかに読響は、日本の聴衆は世界最高レヴェルにあると確信しました。
ヴァイグレも定期の大成功を確信した様子。これからの読響、少なくともヴァイグレの会は聴き逃せません。もちろん6月二期会のサロメ、行きますね。
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