日本フィル・第348回横浜定期演奏会

日本とフィンランドが外交関係を樹立して100年となる今年、フィンランドと縁の深い日本フィルは6月定期等でこれを記念する公演を行っています。
先週の東京定期では湯浅・サロネン・シベリウスによる素敵なプログラムを披露してくれましたが、横浜定期ではオール・シベリウス、以下のプログラムで修交100年を祝いました。

シベリウス/交響詩「フィンランディア」作品26
シベリウス/ヴァイオリン協奏曲ニ短調作品47
     ~休憩~
シベリウス/交響曲第5番変ホ長調作品82
 指揮/ピエタリ・インキネン
 ヴァイオリン/ペッカ・クーシスト
 コンサートマスター/白井圭(ゲスト)
 ソロ・チェロ/菊地知也

いろいろとサプライズがあった定期でしたが、恒例のオーケストラ・ガイドはヨーロッパ文化史研究家の小宮正安氏。3曲の音楽的な内容はプログラムを読むとして、氏はシベリウスが音楽史に占める位置づけなどに関して興味深いテーマを提供してくれました。
今回の3曲は、偶々作曲年代順に並べられていることになりますが、夫々がフィンランドのロシアからの独立を巡って様々な局面で書かれたもの。特に第1次世界大戦と時期的に重なる第5交響曲については、19世紀の音楽界を支えてきた王侯国家が崩壊した関係から、作曲家は何のために、どのような目的を持って音楽を創るのか、という課題に向き合うことになったか、という問題提起。いろいろと考えさせられる深いプレトークでした。

コンサートは、今春フィンランドでも高らかに奏されたフィンランディアから始まります。思えばインキネン、日本フィルとの出会いはここ横浜みなとみらいホールでした。その時はシベリウスのエン・サガとチャイコフスキーの第4交響曲だったのですが、翌日の東京公演でエン・サガに換えて取り上げたのがフィンランディア。私が聴いたのは横浜だけでしたから、今回は改めて、ジックリとフィンランディアを体験させてもらいました。合唱が入る版もある同曲ですが、通常通りオーケストラのみによる壮大な交響詩。

続いてはヴァイオリン協奏曲。これも近年になってオリジナル稿なるものが聴かれるようになっていますが、当然ながら昔から親しまれてきた決定稿による演奏。ソロはフィンランド出身、フィンランド人として初めてシベリウス国際ヴァイオリンコンクールの優勝者となったクーシストです。かなり以前から日本フィルとしてはゲストに招きたい意向があったそうな。積年の夢が実現。
個性派ヴァイオリニストと紹介されるだけあって、頭のてっぺんで髪を纏めた丁髷スタイル。これには思わず笑ってしまいました。

しかし風貌に驚いてはいけません。体を揺するように弾くヴァイオリンが独特。彼の奏法はヴァイオリンを「弾く」のではなく、楽器から音を「誘い出す」とでも表現したくなるようなもの。弓で弦を強く抑えるのではなく、弓を弦にあてがい、撫でるように触れ、楽器そのものが自発的に歌い始める、という印象なのです。
専門家ではないので詳しいことは判りませんが、弓の動かし方も独特。圧力で弾くヴァイオリンではないので、当然ながら音量は小さくなるはずですが、決してそうならない。楽器(Peter Biddulph 氏から貸与されているストラディヴァリの1738年製)が良いこともありましょうが、弱音ながらホールの隅々にまで良く通る。小さな音でも響く、ということは楽器の、奏者が優秀であることの証明でしょう。これには驚きました。

そしてクーシストのソロと、インキネンで聴く協奏曲の何と素晴らしい音楽であったことか。ほとんど涙が出そうになりましたね。これには会場も敏感に反応、大拍手と歓声が爆発しました。
当然ながらアンコール。英語で紹介された曲名は、フィンランドの古い民謡で、200年前から伝承されているフォーク・ダンス「悪魔の踊り」というものだそうな。
これが絶品で、悪魔の踊りならぬ悪魔のヴァイオリン。時に足踏みを交え、会場は完全に魅了されてしまいました。本編を上回る歓声が上がり、クーシスト更にもう1曲。今度はバッハの無伴奏パルティータ第1番から、第2曲のドゥーブル。

単音だけで奏でられる不思議な世界ですが、クーシストはまるでバロック・ヴァイオリンを奏でいるよう。それでいて古楽器奏法ではなく、何とも玄妙なヴァイオリンの世界を見せてくれました。
そうか、ストラディヴァリはかくのごとく奏でる楽器なんだ、ということに改めて納得したアンコールでしたね。

前半の興奮、その余韻が収まらぬまま後半へ。前の2曲と同様、異稿が存在する第5、もちろん現行決定稿による演奏です。
セッティングが終わり、ゲスト・コンマスの白井以下楽員が続々と入場。と、最後に出てきたのは何とクーシストじゃありませんか。セカンドの最後方にちょこんと座ると、シンフォニーのアンサンブルにも加わるというサプライズがあります。
知ってか知らずか(もちろん承知してますよ)インキネンが登場し、何事もなく第5交響曲が朗々と鳴り渡りました。

思えばクーシスト、コンクールでの出世コースなどには目もくれず、アンサンブルの世界で活動してきたヴァイオリニスト。マーラー室内管弦楽団のディレクターとしても活躍してきました。本来オーケストラの中でも演奏してきただけあって、一音でも数多く弾いていたいのでしょう。ましたやシベリウス、本人の血が騒いでの共演だったに違いありません。
前半のソリストが後半でもアンサンブルに加わる。そのソロがオケの楽員である場合には時々見られますが、楽員ではない本職ソリストが後半でも合奏に加わるというのは、以前に郷古素廉が神奈川フィルで登場したのを見たことがある位です。

このコンサートに先立ち、自らヴァイオリンの名手でもあるインキネンとクーシストは、フィンランド大使館でデュオを披露したそうな。その辺りの情報はフィンランド大使館と日本フィルがツイッターで紹介していましたから、ご覧になられた方も多いでしょう。正に気心の知れたインキネンとクーシストなんですねェ~。

ということでサプライズ満載の横浜でしたが、ヴァイオリン協奏曲の第1楽章にはヴィオラのソロが絡む場面がありますね。最近の日本フィルはヴィオラの頭にゲストが入ることが多いのですが、この日の女性トップは滅茶滅茶巧い。私の席からヴィオラの第1プルトは後ろ姿しか見えないので、演奏後の答礼の際に確認したのですが、何処かで見た記憶が・・・。
コンサート終了後、ホワイエで元ヴィオラ首席で常務理事、代表理事でもある後藤悠仁氏を見つけたので確認したところ、“安達真理さんです。私がお願いしたんですよ。”との答え。それで納得しました、巧い訳だ。プログラムに「ソロ・ヴィオラ/安達真理」と明記しても良いのじゃないか。

ご存知ない方のために安達真理さんとは、パーヴォ・ヤルヴィが主催するエストニア・フェスティヴァル・オーケストラでも活躍されている方。こちらをご覧ください。

http://www.mariadachi.com/

ところでインキネン/日本フィルの「日本・フィンランド外交関係樹立100周年公演」は、今日(6月16日)サントリーホールでも名曲シリーズとして行われます。横浜定期とは前半が同じ、後半をドヴォルザークの新世界交響曲に換えて開催され、ここでも安達真理がゲストのヴィオラ・トップとして参加しますから、クーシストとの見事な絡みを堪能してきてください。

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