今日の1枚(21)

東京都心でも3センチ、という積雪予報が出ていましたが、拙宅の周りには雪の気配なし。やや拍子抜けしました。寒いことは寒いですけどね。
今日はSACDを取り上げます。と言っても私のシステムはマルチチャンネルに対応していませんので、通常の2チャンネルとして聴いた感想ですから念のため。

①モーツァルト/ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲変ホ長調K364
②モーツァルト/ヴァイオリンとピアノのための協奏曲二長調KAnh56(フィリップ・ウィルビーによる完成版)

ヴァイオリンのソロは五嶋みどり、①でのヴィオラは今井信子、②のピアノはクリストフ・エッシェンバッハ、いずれも指揮はエッシェンバッハ、オーケストラは北ドイツ放送交響楽団です。従って、②はエッシェンバッハの弾き振りということになりますね。
ソニーの SIGC 1 、2000年9月28日と10月2日にハンブルクのNDRスタジオでの録音。プロデューサーは Steven Epstein 、エンジニアが Richard King 。技術的なことは判りませんが、DSD方式で録音されているということで、そちらの方の技術者名もクレジットされています。

この録音、鳴り物入りの解説の程には感心しません。少なくとも私の好みの音ではありませんね。全体に残響が付き纏うような感じで、ソロは良いのですが、オーケストラがモヤッとして聴こえます。マルチチャンネルとして聴けばホール(この場合はスタジオか)の雰囲気が豊かに、という表現になるのでしょうが、いずれにしても私の好みじゃありません。SACDの他に通常のCDチャンネルも聴いてみましたが、印象はほとんど同じです。
特に②には金管とティンパニが使われますが、どうもこれがツルツルした音で感心しません。もしかすると、このオーケストラそのものの音がこういう感じかも。積極的に聴きたいとは思わない指揮者とオーケストラです。
しかしこのディスクのブックレットは読み応えがあります。ポール・マイヤーズの解説を渡辺正が翻訳した一文。

①は「独奏ヴィオラにスコドゥラトゥーラと呼ばれる調弦法を使っている」のが聴きどころ。作品の主調は変ホ長調(♭三つ)ですが、ヴィオラ・ソロ・パートは♯二つで書かれています(つまり二長調)。従って両者に半音の差が生じますが、これを調弦を変えることによって合わせるのですね。即ちヴィオラの弦の張りが通常より強くなり、音に「特別な輝きとよく通る響きをもたらして」くれる訳です。
この辺りの機微を今井自身が語っていますし、実際にそのように聴こえますね。彼女自身はこの方法による演奏が初めての体験だったそうで、“何故もっと以前に試みなかったのだろう!”と語ったそうです。
更にこの録音では両者がグァルネリ一族の楽器を使っているのもポイントで、五嶋がジュゼッペ“デル・ジェス”のヴァイオリン、今井が一族の始祖であるアンドレア・グァルネリのヴィオラを使っている由。更に二人共ドミニク・ぺカット製作の弓を使うという拘り様。

一方の②は、モーツァルトが途中で断念したドッペル・コンチェルトをウィルビーが様々な推測を根拠に完成したもの。
モーツァルト自作は第1楽章の冒頭120小節。オーケストラのみによる提示部(74小節)は完成していますが、その後はソロ・パートのみ書かれていて、全体として120小節の断片が残されているだけ。
ウィルビーは、第1楽章の残りをモーツァルトの主題を使って完成。第2・3楽章については、ヴァイオリン・ソナタK306の第2・3楽章をオーケストレーションすることで全曲を完成させています。
ウィルビーによれば、306は他のソナタと違って、より大規模な作品を構想して書かれたと推測。その辺はブックレットに詳しく書かれています。306の第3楽章にはピアノとヴァイオリンの華やかなカデンツァもありますし、実際に完成版として聴くと、なるほどと頷いてしまう説得力があります。
因みにフィリップ・ウィルビー Philip Wilby (1949- ) は英国生まれの作曲家兼ヴァイオリニスト。コヴェントガーデン歌劇場やバーミンガム市響のヴァイオリン奏者を務めた人で、作曲はもちろん、この他にもモーツァルトの断片から完成版を何曲か「作曲」しているそうです。いわばこの方面のスペシャリスト。

参照楽譜
①旧版(ヴィオラパートが変ホ長調で書かれたもの) オイレンブルク No.734
新版(ヴィオラパートが二長調で書かれたもの) ベーレンライター TP176
(両販には微妙な違いがありますが、この録音は明らかにベーレンライターを使用しています)
②モーツァルト自作の断片 カーマス No.993
ヴァイオリン・ソナタK306 カーマス No.873
(ウィルビー完成版は未出版だと思います)

 

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