ウィーン国立歌劇場公演「ドン・カルロ」

オッタヴァ・テレビのウィーン国立歌劇場ライヴ・ストリーミング、2019-20シーズンの第2弾は現地9月6・9・12日に行われたヴェルディ「ドン・カルロ」3回公演の最終日、12日の中継でした。
主役級だけでも6人を必要とする、実際の公演でも中々目にする機会の少ない演目です。

フィリッポⅡ世/ルネ・パーペ Rene Pape
ドン・カルロ/ファビオ・サルトーリ Fabio Sartori
ロドリーゴ/サイモン・キーンリーサイド Simon Keenlyside
大審問官/ドミトリー・ウリヤノフ Dmitry Ulyanov
エリザベッタ/ディナラ・アリエヴァ Dinara Alieva
エボリ公女/エレーナ・ツィトコーワ Elena Zhidkova
修道士・カルロ5世/パク・ジョンミン Jongmin Park
テオバルド/マルガリータ・グリツコヴァ Margarita Gritskova
アレンブルゴ伯爵夫人(黙役)/エリザベス・ぺルツ Elizabeth Pelz
レルマ伯爵・王室の布告者/シャホウ・ジンシュ Jinxu Xiahou
天からの声/ディアナ・ヌルムカメトヴァ Diana Nurmukhametova
指揮/ジョナサン・ダーリントン Jonathan Darlington
演出/ダニエレ・アバド Danieie Abbado
舞台構想/グラツィアーノ・グレゴーリ Graziano Gregori
舞台監督/アンジェロ・リンツァラタ Angelo Linzalata
衣裳/カーラ・テーティ Carla Teti
照明/アレッサンドロ・カルレッティ Alessandro Carletti
演出助手/ボリス・ステトカ Boris Stetka
振付/シモーナ・ブッチ Simona Bucci

最初に、前回の椿姫に続いてドン・カルロでも出演者の交替がありました。当初予定されていたエリザベッタ役のアンニャ・ハルテロス Anja Harteros に替わり、アゼルバイジャン出身の若手・アリエヴァが難役に挑戦します。モンセラ・カバリエに絶賛されたソプラノだそうで、ウィーン国立歌劇場では既にドン・ジョヴァンニでも歌っているそうな。改めてスターツオパーの層の厚さを実感できました。

ドン・カルロと言えば、様々な版が存在することで知られていますが、今回はイタリア語歌唱による4幕版。通常リコルディ4幕版と呼ばれるエディションだと思います。
1867年に初演されたオリジナルはパリ・オペラ座から委嘱されたグランド・オペラで、フランス・オペラの決まりでもある5幕でバレーが入るものでした。しかし初稿は演奏時間も長く、様々な理由で失敗に終わったため、ヴェルディは何度か改訂。1884年のスカラ座での上演に際してイタリア語、4幕に短縮したものが今回の上演に使われている版でしょう。昨今は更に後になって削除された第1幕を復活した通称リコルディ5幕版による上演が主流でしょうが、ウィーンでは今回の4幕版が好まれているようです。
私がその昔、放送などで聴き慣れていたカラヤンによる舞台も確かこれ。かつて聴いたカラヤンの指揮と重ね合わせながら楽しみました。

演出は当時とは全く異なったもので、名指揮者クラウディオ・アバドの息子ダニエレ・アバドの演出というのも話題。当の父アバドはリコルディ5幕版の歌詞を更にフランス語に戻して録音していますから、皮肉なもの。
尤もクラウディオ・アバドは突然変異の大指揮者ではなく、芸術家を数多く輩出している名門アバド家の出身。ダニエレの近親にも作曲家や建築家などが出ていますから、演出家アバドは父とは切り離して見た方がよさそうです。

そのアバド演出、全体に暗い舞台が特徴。本来ドン・カルロはいくつもの対立軸がテーマになっており、単純な恋愛ものじゃありません。政治的葛藤、宗教対立、恋愛の中にも疑心暗鬼あり、嫉妬あり。更には密告、姦通、裏切り、陰謀、告白など決して明るくはない要素に満ちています。
舞台も修道院、王の書斎、牢獄など、どう演出しても暗い場面が主体となるオペラなのですね。
それでも最後の最後、先王カルロ5世がドン・カルロを墓に連れ去るとき、舞台奥に強い白光が当てられていたのは、希望を象徴しているのでしょうか。

ダニエレが全4幕で終始使用しているのが、天井から床まで通されている4本のロープ。これが何を意味するのかは不明ですが、これによってシーンは5面に分かれることになり、6人の登場人物の対立、亀裂を象徴的に表現しているのでは、と解釈しました。
音楽的にもいわゆるアリアより、重唱に重きが置かれているのもドン・カルロの特徴。上に書いた密告、裏切り、陰謀、告白などは多くが二重唱で表現されていることに着目したいと思います。そしてその二重唱の殆どが微かに当てられた光、ほぼ暗闇の中で進行していくのです。

ということで、極めて地味、華やかさに乏しいオペラですが、それが却って音楽の深さ、味わいの濃さにも通じており、いわば通の、あるいは大人のための舞台とも言えるでしょう。改めて「ドン・カルロ」という作品の深さに触れる思いのする公演でした。
一度見るだけじゃもったいない。

歌手たちもさすがにウィーン、夫々の役にピタリと嵌った名唱が続きます。特にエボリ公女のツィトコーワ、第3幕第1場の最後で歌われる「呪わしき美貌」は圧巻、見る者聴く者の目と耳を掴んで離しません。
代役となったエリザベッタのアリエヴァも素晴らしく、その高音は柔らかく透き通り、安定している低音部も良く音が通り、凄みも感じさせます。とてもピンチヒッターとは思えないエリザベッタ。
もちろん男声陣も夫々に見事で、フィリッポのパーペとドン・カルロのサルトーリはウィーンだけに止まらず、スカラ座でもコンビを組んでいる由。今旬の「ドン・カルロ」を居ながらにして、高音質で楽しめるのは、正に「ウィーン、わが夢の街」と言うべきでしょう。

第2幕と第3幕の間に休憩。この間に食事をしたり、家事を片付けたりできるのがライブ・ストリーミングの有難い所。
カーテンコールで右端に登場した女性は、天からの声を歌ったヌルムカメトヴァさんでしょうか。

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