サルビアホール 第121回クァルテット・シリーズ

そろそろ冬支度を始めなければ、と思い始めた11月の半ば、鶴見サルビアホールでヘンシェル・クァルテットを堪能してきました。
シーズン36の最終回、大阪国際室内楽コンクール優勝クァルテット・チクルスと題されたシリーズの第4回でもあります。

メンデルスゾーン/弦楽四重奏のための4つの小品 作品81
シュルホフ/弦楽四重奏曲第1番
     ~休憩~
シューマン/弦楽四重奏曲第3番イ長調 作品41-3
 ヘンシェル・クァルテット

ヘンシェルについては改めて紹介するまでもないでしょう。鶴見では2014年10月(第37回)、2016年5月(第59回)、2017年11月(第86回)に続いて4回目。サルビア以前には第一生命ホールのクァルテット・ウェンズディで何度も聴きましたし、サントリーホールのブルーローズで開催されたベートーヴェン全曲演奏会も一部だけ参加できました。
その間、2016年の6月には彼らがドイツの小都市ゼーリゲンシュタットで毎年開いている小さな音楽祭にも遠征したこともあるので、私はかれこれ10回は聴いている計算になるでしょうか。

今回は11月7日から22日までの日本ツアーということで、明日(15日)は名古屋の宗次ホールでコンサートがあります。そのほか長岡・広島・和歌山での演奏会が予定されていますし、藝大でのマスタークラスも開催されるとか。
彼らが大阪のコンクールで優勝したのは1996年でしたが、今や教鞭をとる立場。時の流れは速いもので、2019年はヘンシェル結成25周年にも当たっているのですね。結成の当日である6月28日には、本拠地ゼーリゲンシュタットで演奏会だけでなくレセプションもあったそうな。マイン川沿いの静かな修道院の街を懐かしく思い出しました。

今回は当初、冒頭にベートーヴェンの1番が告知されていましたが、メンデルスゾーンに差し替えられていました。ドイツの名作の間にモダンな作品を挟むというプログラム、鶴見では定着しているようです。
開演に先立ち、平井プロデューサーからメンデルスゾーンの演奏曲順が変更されることが通知されます。そもそも4小品は一つの作品として構想されたものではなく、前回ドーリックが演奏した第6番の前後に書かれた小品を集めたもの。楽譜の出版上、①主題と変奏 ②スケルツォ ③カプリッチョ ④フーガ と並んでいるだけ。今回は③と④を入れ替えて演奏されましたが、聴いてみれば分かる通り、4曲を纏めて取り上げる場合、この方が自然であることも納得できるでしょう。

4小品に調性上の関係もないようで、3番目に演奏されたフーガはモーツァルトのジュピター主題(ド・レ・ファ・ミ)がヴィオラ→セカンド→ファースト→チェロの順に提示され、静かに閉じられる楽章。
最後に演奏されたカプリッチョも、実態はアンダンテの序奏付きのアレグロによるフーガで、最後は堂々と終わる長大なもの。これで一つ大きなクァルテットを聴いた、という気持ちにさせてくれます。

因みに作品81が全曲サルビアホールで取り上げられたのは今回が初めてで、カプリッチョのみならダンテ・クァルテットが演奏したことがあります。
ヘンシェルの演奏についてはこれまでと同じ、いや更に熟成した印象を受けるもので、ドイツ的な精神の高揚感を表に出し、「楽器を弾く」のではなく「音楽を奏でる」クァルテットであることを再認識した次第。
なお、今回は新しいセカンドとして若き女流奏者テレサ・ラ・クール Teresa La Cour が加わっていました。セカンドは初代マルクス・ヘンシェル、後にベルリン・フィルに移ったダニエル・ベル、我々が参加したゼーリゲンから交替したカタリン・デサーガに続く4代目だと思われます。彼らのホームページを開くと、真っ先に新しいセカンドを迎えたというニュースが飛び込んできました。

2曲目のシュルホフ。彼らはサルビア初登場の2014年に弦楽四重奏のための5小品を取り上げていましたが、第1番も鶴見では初めて紹介される作品です。
4楽章から成りますが、最後の第4楽章がアンダンテで静かに終わるのが特徴でしょう。聴いていて、それ以上に見ても楽しめる作品で、4人の演奏する姿はムジチーレンそのもの。演奏する楽しさ、聴く喜びが直接伝わってくるような音楽でした。

第1楽章は、4人のユニゾンによるフォルテで勢いよく始まるプレスト・コン・フオコ。第2楽章はアレグレット・コン・モート・エ・コン・マリンコリア・グロテスカ、という長いタイトルが付いており、特にグロテスクな悲哀という表現記号が楽章そのもの。スル・ポンティチェロのミステリアスな響きが耳新しく、ヴィオラのソロも聴きどころ。
第3楽章アレグレット・ジョコーソにはアラ・スロヴァカという指示が続いており、このスロヴァキア風という文言がミソ。ヴィオラとチェロが拍子をずらしながらこコル・レーニョで戦う場面が楽しめます。
異様な第4楽章はアンダンテ・モルト・ソステヌート。全体が5拍子で、第2ヴァイオリンの「レ・ファ・レ・ファ」と続くピチカートで始まります。このピチカートは11小節も続くのですが、第1ヴァイオリンのカデンツァを挟み、最後は冒頭とは逆、チェロが「ファ・レ・ファ・レ」のピチカートを執拗に、実に24小節にも亘って繰り返す裡に終結となります。最後はレ・ファ・ラの和音にソ♯が乗る不思議な和音。これが曲目解説に書かれていた「近代的な響きと民族的な響きが適度に融合されている」という指摘なのでしょう。

休憩を挟んでシューマンの第3番。シューマンの弦楽四重奏曲では最も取り上げられる機会が多いとのことですが、サルビアでも人気曲。多分これが5回目位でしょうか。ヘンシェルの演奏はさすが。作品を大きく捉える視点が見事で、第2楽章の変奏曲風スケルツォというか、スケルツォが変奏曲になっているという他に例を見ない楽章が大いに楽しめました。
同じことを繰り返しているような第4楽章も、ロベルトとクララの書簡集を捲っているようで、それが微笑ましい愛の言葉になっているのが素敵。

この日のアンコールは、珍しいことにラヴェルの四重奏曲から第2楽章。レパートリーの極めて広いヘンシェルならではのサーヴィスでした。

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