サルビアホール 第120回クァルテット・シリーズ

今週は室内楽、ということで7日は鶴見のサルビアホールに出かけました。クラシック音楽ファンの間では目下ウィーン・フィル、ベルリン・フィル、コンセルトヘボウの世界三大オーケストラが日本で共演中とということが話題になっています。それだけじゃなくフィラデルフィア管、ハンブルク・フィル、ワルシャワ国立フィルも来ているそうですし、トリエステのオペラも来日中。もちろん日本のオーケストラも活発で、N響はブロムシュテットが、都響もインパルト、という具合に巨匠たちも次々と登場している昨今。
そんな中、オーケストラに背を向けて室内楽に足を運ぶなどというのは余程の天邪鬼。これだけの演奏会を支える聴き手がいるのかと心配になりますが、昨日の鶴見でもそれなりの天邪鬼たちが集っていました
。もちろん私もその一人。

で、今回はシーズン36の2回目。大阪国際室内楽コンクール優勝クァルテット・チクルスの3回目に当たっていて、2008年の覇者、鶴見には初登場のドーリック・クァルテットが実にヘヴィーなプログラムを披露してくれました。

モーツァルト/弦楽四重奏曲第21番ニ長調K575
バルトーク/弦楽四重奏曲第5番
     ~休憩~
メンデルスゾーン/弦楽四重奏曲第6番へ短調作品80
 ドーリック・クァルテット

初団体ですからプロフィールを。
結成は1998年のイギリス。丁度10年目に当たる2008年の大阪でブレイク、返す刀で最難関と言われるパオロ・ボルチアーニ国際コンクールでも2位と急速に注目を集めてきた団体です。今回の来日メンバーは、ファーストがアレックス・レディントン Alex Redington 、セカンドはイン・シュー Ying Xue 、ヴィオラにエレーヌ・クレマン Helene Clement 、チェロがジョン・マイヤーズコフ John Myerscough という面々。
結成時からのメンバーはファーストとチェロで、内声の二人はどうやら2代目のようですね。ヴィオラが先に交替し、セカンドのイン・シューが迎えられたのはごく最近のことのようです。英国メジャーのシャンドスに次々と録音していますし、オーケストラとの共演も多数。サルビアホールのチラシでは、「研究・考証を重ねた最先端のサウンド」というキャッチフレーズが踊っていました。ここから先は彼らのホームページをご覧ください。今回取り上げられたモーツァルトとバルトークは全曲映像付きで鑑賞できる贅沢なサイトでもあります。

今回の来日ツアーでも日本各地で公演してきたようで、首都圏でも上野、武蔵野、紀尾井ホールなどなど、既に体験されたファンも多くいたようです。鶴見が最終公演だったそうで、私は何とか駆け込みで聴くことができました。
ホールに入ると、他の団体に比べて椅子が奥に、そして真ん中に集中して置かれているように見えました。コンパクトに纏め、音を集中させるのでしょうか。

この印象は見た通りで、冒頭のモーツァルトは余り大きな音を出さず、4本の弦の音色に統一感を作り出すことに集中している様子。ある程度ピリオド系の演奏スタイルを意識しているようにも聴きましたが、いわゆる古楽のモーツァルトじゃありません。一つ一つの音を丁寧に合わせ、作品の構造を緻密に描いていく。多少の息苦しさを感じたのも事実でした。

2曲目はバルトークの中でも最も難しいのでは、と思われる第5。その所為でしょうか、第5番は鶴見初登場の作品でもありました。冒頭からしてモーツァルトとは異なるアプローチで、全員が一塊の音響体となってぶつかってくる。拍子もリズムも滅茶苦茶に難しい作品で、素人目で見ても縦線を合わせるのに苦労するのでは、と思いますが、彼らのアンサンブルはそうしたレヴェルを突き抜けた次元。合奏の一体感は、今流行の「ワンチーム」ということでしょうか。
4人の演奏姿、アイコンタクトも見もの。そうそう、ホームページにも記載されているように、エレーヌが手にしているヴィオラは、ブリテン=ピアース財団から貸与されている1843年の Guissani で、かつてフランク・ブリッジやブリテンが使っていた楽器だそうな。これも最大の見どころでした。

バルトークに圧倒され、後半のメンデルスゾーン。最後の作品でもある第6番は、確かミンゲット、シマノフスキに続く3度目のサルビアになるでしょう。最愛の姉ファニーが他界したショックが反映されており、翌年にはメンデルスゾーン自身も身まかってしまうという、正に白鳥の歌でもあります。
ドーリックの集中力は、ここでも並大抵のものではありません。ヴィオラなど時折腰を浮かせてアクセントを付けるなど、美しいメロディーと仄かなロマン主義に包まれた甘いメンデルスゾーンというイメージは完璧に覆されました。

思えば第6番は、全編へ短調。へ短調といえばベートーヴェンのセリオーソで、メンデルスゾーンはベートーヴェンの弦楽四重奏を徹底的に研究した作曲家でもありました。
第1楽章、第2楽章、第4楽章は全てへ短調という異例で、僅かに第2楽章だけが長調と聴けましょう。しかしこのアダージョも、落ち着いたヘ長調ではなく、へ短調と同じ♭4つの変イ長調。決して明るい、心安らぐような音調ではなく、明るさが見えたとしても雲間から僅かに薄日が差す程度。譬えれば、メンデルスゾーンのセリオーソをこれ以上ないほどにセリオーソに弾き切ったドーリック、ということになりましょうか。それでいて、演奏の核心部では知性を感じさせる。

言葉は適切ではないかもしれませんが、彼らの演奏するメンデルスゾーンは、やはり彼はユダヤ人の音楽だったのか、ということでした。
プログラム全体を聴き通してみると、今回のドーリックは真摯そのもの、微笑みを浮かべるような箇所はほとんど、いや全く無かった、というのが正直な感想です。会場の雰囲気もいつもとは一味も二味も違っていたのじゃないでしょうか。
アンコール。チェロのジョンが実に判りやすい英語で曲名を告げます。ハイドンの作品64-5から第2楽章。ブリティッシュ・イングリッシュというのでしょうね。サルビア初登場とあってサイン会にも長い列。初めは二つの机に二人づつ座っていた彼らですが、やがて一つの机に4人が固まってしまいました。やはりワンチームなんですねェ~。

最後に、来年のベートーヴェン生誕250年を機にベートーヴェン全集録音の企画もあるとか。しかし本命は2027年のベートーヴェン没後200年でしょう。そのときは是非日本でも、できればサルビアホールで全曲演奏会を期待したいものです。それまでこちらの命が保つかどうか・・・。

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