二期会公演「天国と地獄」
このところオペラというと、ウィーン国立歌劇場のライヴ・ストリーミングばかり見ています。ただ見るだけじゃなく、やや怪しい雰囲気にもなってきましたが、そろそろ実際に劇場に足を運んでナマの舞台を見ようと思って出かけたのがこれ。二期会が、日生劇場で4日間の公演を打つ「天国と地獄」であります。ま、オペラというよりオペレッタでしょうか。
登場人物が大変多く、主なキャストを列記するだけでも大変ですが、もちろんこの他にダンサー諸氏も大活躍しますし、装置・衣装・照明・振付といった舞台芸術には欠かせない方たちも大勢ですが、ここは申し訳ない、名前はカットさせていただきました。
プルート/上原正敏
ジュピター/大川博
オルフェ/又吉秀樹
ジョン・スティクス/吉田連
マーキュリー/升島唯博
バッカス/峰茂樹
マルス/野村光洋
ユリディス/愛もも胡
ダイアナ/小村朋代
世論/押見朋子
ヴィーナス/山本美樹
キューピット/吉田桃子
ジュノー/醍醐園佳
ミネルヴァ/高品綾野
管弦楽/東京フィルハーモニー交響楽団
指揮/大植英次
演出/鵜山仁
ということで、私が観戦したのは21日木曜日の初日。このあと24日の日曜までの合計4回、いわゆるAチームとBチームが交互に客席を笑いで包むことになっています。
なぜオッフェンバックかと言えば、もちろん2019年が生誕200年を迎えるから。先日ウィーンでも「ホフマン物語」が取り上げられましたし、世界を見渡せばザルツブルク、パリ、リヨンなどでも普段見ることが出来ないオッフェンバック作品が上演されているのだそうです。
それを考えれば「天国と地獄」だけ、というのは100作近くオペレッタを書いたオッフェンバックに対して失礼じゃないかとも思いますが、それでも実際の舞台に接する貴重な機会でもありましょう。
プログラム誌によると、わが国で「天国と地獄」が初演されたのは大正3年(1914年)だそうで、私の親父が生まれた年。クラシック音楽とは全く縁がなかった父親でもカンカンだけは知っていましたから、メロディーだけは戦前から人口に膾炙していたと思われます。
最近では昭和56年(1981年)のなかにし礼と萩本欽一演出、2年後に新宿文化センターで行われた同じ舞台、2007年日生劇場の二期会公演と続いてきたようです。もちろん浅草オペラなどでも舞台にかけられていたのじゃないでしょうか。二期会として、今回は2007年以来の上演となります。
誰でもそうだと思いますが、「天国と地獄」と言えばカンカンで終わる序曲が有名で、ウィーンのニューイヤー・コンサートでも時々取り上げられるほど。オペレッタ全体を見た人は意外と少ないと思いますし、映像などで見た人は多分驚きますが、あの序曲が最初に鳴らされるとは限りません。私の知見では「天国と地獄」には二通りの版があって、共に序曲はもっと大人しい牧歌的な音楽。第1幕第1場の麦畑を反映したものなのです。
今回の上演は、冒頭にしっかりと誰もが知っている序曲が堂々と演奏されます、ご安心ください。版に付いてプログラムから引用すれば、当時検閲が厳しかったパリで初演されたのが1858年。やがて劇場の自由化に伴ってより大規模な上演が可能になって改訂されたのが1874年。今回の二期会公演は1858年初演版を基に、1874年版で追加された楽曲を一部取り入れての上演になっています。序曲については別に纏められた慣用版を置き、本来の1858年版序曲に続けられるという形になっているのですね。
全2幕、夫々2つの場に分かれ、第1幕は第1場がテーバイ市郊外の田舎、第2場が天国。第2幕は第1場はプルートの部屋、第2場が地獄という構成で、第1幕と第2幕の間に休憩が入ります。
登場人物は男性7人、女性7人というバランスの整った陣容で、もちろんストーリーはグルックのオペラでも有名な「オルフェオとエウリディーチェ」のパロディー。倦怠期を迎えたオルフェオとエウリディーチェが離婚を画策するけど、「世論」が許さない。これを巡って天国と地獄では大騒ぎとなる荒唐無稽ですが、そこには政治への、人生への皮肉が入ろう、というものです。
今回の鵜山演出、細部に触れるとネタバレになってしまうので少しにしますが、馬鹿馬鹿しいと捉えられても仕方がない笑劇を極めて真剣に上演した舞台、とでも言っておきましょうか。日本でこういう作品を上演する際には原語にはこだわらず、歌唱も台詞も全て日本語。ただし歌唱の日本語は時に聞き取りにくくなるので、歌の部分には敢えて日本語字幕を付けたのは正解でしょう。
最初は堅かった客席の反応も次第にほぐれ、第2幕第2場のカンカン踊りでは手拍子も出るほど。初演を体験した聴き手が2日目、3日目と通う内に笑い所も浸透し、最後には冒頭から抱腹絶倒の舞台になるのでは、と期待しています。
第1幕の最後、グルックの有名なアリアが引用されるところは思わず笑ってしまいましたし、そのあとの「グローリア・イン・エクセルシス・ジュピター」も傑作でした。因みに日本語台本は演出家・鵜山仁氏自身によるもの。
役所としてはジュピターが良いですね。ハエに変身して歌うズズズの二重唱など笑わせます。ユリディスのコロラトゥーラも輝いていましたし、世論の存在感も。男女合わせて14人の主役たちのアンサンブルも、みっちり積んだリハーサルの成果が出ていたと感じました。
ところでオッフェンバック作品のタイトルは、あくまでも「地獄のオルフェ」、オルフェ・オ・ザンフェールであります。オペレッタ全体を見て、日本語訳を「天国と地獄」と付けた人の慧眼に感服しました。
実はこのタイトル、1914年の日本初演に際して翻訳されたものだそうで、今回のプログラム誌で初めて知りました。このプログラム、初演に関する情報は上野房子氏(ダンス評論家)の「『天国と地獄』日本初演を演出した、バレエ教師ローシー」に掲載されたものですが、資料として極めて貴重でしょう。
他にも「楽曲解説」(井上さつき)、「稽古場から」(鵜山仁)、「オッフェンバック 1819-2019」(友利修)、「ウィーンとシャンゼリゼのモーツァルト」(矢崎彦太郎)など読み所満載。これで1000円は安いと思います。
たまにはオペレッタを、真剣に上演されるオペレッタを、と高らかに宣伝しておきましょう。プログラムだけ窓口で買っても良いかもね。
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