サルビアホール 第122回クァルテット・シリーズ
サルビアホールのクァルテット・シリーズ、11月28日に行われたアルディッティ・クァルテットが登場する第122回は、シーズン36の第1回に当たります。
このシーズンはこのあと来年1月のクァルテット・エクセルシオ、2月のクァルテット・ベルリン=トウキョウと続きますから、2019年最後のクァルテット・シリーズでもありました。
アルディッティと言えば現代音楽の最前線。当然ながら客席もいつもの顔ぶれとは若干異なります。音楽は現代モノしか聴かない人たち、アルディッティの追っかけ大ファンと思われる方々が何人も押しかけていました。
ホールに入るや、よく来てくれました、と声を掛けられましたが、聞けばこの日はサントリーホールで「作曲家の個展」細川俊夫&望月京が開かれていて、現代音楽オタクにとっては見事にバッティングしていたのであります。サルビアは完売にこそなりませんでしたが、これだけ賑わっていたのは大健闘と言えるのではないでしょうか。泣く子も黙る次のプログラム。
ジョナサン・ハーヴェイ/弦楽四重奏曲第2番
クルターク・ジェルジュ/小オフィチウム~エンドレ・セルヴァンスキの想い出に~
野平一郎/弦楽四重奏曲第5番
~休憩~
ゲオルク・フリードリッヒ・ハース/弦楽四重奏曲第2番
パスカル・デュサパン/弦楽四重奏曲第5番
アルディッティ・クァルテット
アルディッティQがサルビアで弾くのは二度目。前回は2017年6月の第81回で、その時はバルトーク3番、リゲティ2番、細川俊夫の沈黙の花、ラッヘンマンの2番というプログラム。メンバーは今回も同じで、アルディッティQのプロフィールやホームページは前回のレポートをご覧ください。
今回は2017年以上に前衛的とも言え、演奏された5曲は全てサルビア初登場のもの。作曲家自体が鶴見では初めて聴く、という恐ろしい選曲でもあります。唯一クルターク作品については、ベルリン=トウキョウが最終楽章をアンコールしたことがありましたが、全曲を、本編で演奏するのは今回が初めてです。
コンサートそのものは、唯々彼らの奏でる弦楽器の摩訶不思議な世界に圧倒されるばかり。どうやって出すのか興味津々の繊細な音から、全体が塊のようになって迫ってくる音響まで、次々と繰り出される最前線の音たちに息をのむばかりでした。客席の緊張感も半端じゃありません。
前回同様、前半も後半も一気に弾きます。もちろん曲間の拍手は受けますが、一度舞台を降りて再登場、ということはありません。また使用する楽譜が様々で、印刷譜もあれば手書きと思われるようなものもある。サイズも区々で、通常の譜面台には乗り切らず、色々工夫しながら並べている光景に思わず奏者も客席も笑ってしまう場面すらありました。現代音楽は格闘技だ。
ということで通常の感想にはなりません。取り上げられた5曲の概要だけ紹介しておきましょう。あと、復習したいという方のための情報も。
最初に演奏された英国の作曲家ハーヴェイだけは、故人。プログラムに挟まれた簡単な曲目解説によると、シュトックハウゼンの影響を受けた方の様で、普通にイメージするイギリスの作品とは全然違います。
弦楽四重奏曲は4曲書いていて、第2番はアルディッティの委嘱を受け英アーツ・カウンシルの支援によって1988年に作曲、翌年アルディッティQによって初演された由。
演奏時間16~17分の単一楽章。冒頭でファースト・ヴァイオリンが弾くアルペジオのような速い上下動がライトモチーフのように現れ、最後は冒頭部分を繰り返すように終わる作品と聴きました。スコアはフェイバー社から出版されているので、同社のホームページを検索してください。フェイバーは View Score という形で無料で全曲を閲覧できますから、CDを持っていなくとも、例えばナクソスのNMLでアルディッティQの録音を聴きながらスコアを追うことも可能です。作曲家のプロフィール、作品の解説もフェイバー社ホームページで調べられますから、現代音楽ファンならその位の手間は疎まないでしょう。
次はハーヴェイ作品が初演されたのと同じ1989年に作曲され、その年にウィッテン・フェスティヴァルでアウリンQによって初演されたクルターク作品。ローマ・カトリックの聖務日課をタイトルとしていますが、弦楽四重奏曲第3番とも称されるもの。前出の通りQベルン=トウキョウが終楽章をアンコールしたことがありますが、その終楽章とは第15楽章のこと。しかし楽章数は15ではなく、第10楽章には「10a」という付録があり、更に付録の後に第10楽章を繰り返すよう指示があるので、実質は17楽章もあることになります。さぞ長大な作品と思われるかもしれませんが、全体でも十数分。つまり一つ一つの楽章は極めて短く、僅か3小節か4小節という楽章もあるほど。
ということは直ぐにウェーベルンを連想しますが、実際この小品集にはウェーベルンからの引用があり、第5楽章には「ウェーベルンのカノンによる和声による幻想曲」というタイトルが付けられています。2声のカノンである第7楽章はウェーベルンの作品31の第6楽章が引用され、第10楽章もウェーベルンの4声のカノンに基づいていて、ドイツ語の歌詞すら添えられています。ウェーベルンの引用、と言われても私にはサッパリ。もちろんドイツ語も。
副題にあるように尊敬するハンガリーの先輩作曲家エンドレ・セルヴァンスキを追悼する作品で、サルビアでもアンコールとして演奏された最終第15楽章は、ため息を表すような下降音型で締めくくられるもの。全体に悲しみと、先人たちへの尊敬に満ちた四重奏曲と言えましょう。楽譜はハンガリーの出版社であるブダペスト音楽出版から販売されていますが、奇特なことにユーチューブで楽譜付き映像をアップしている人がいて、これなら画面をクリックすることなしに全曲を音と譜面で追うことが出来ます。関心ある方は自分で探してください。
前半の最後は、野平一郎の第5番。この日は野平氏ご本人も来場されていて、演奏後にアルディッティQに促されるように舞台に上がり、客席からの熱心な拍手に答えておられました。
曲目解説も自ら執筆されたもので、全体は3楽章。楽譜を見ていないので明言は出来ませんが、第2楽章と第3楽章はアタッカで繋がっているように聴けました。解説も極めて明快、最初の楽章は極端な静と動とで構築され、怒りの爆発が衝撃的。第2楽章はスケルツォに相当するもので、上行するリズム音型が耳に残ります。楽章の最後は「スゥイング」と記されており、ほとんどジャズの世界。最後の楽章では静と動の対比が戻り、最後は「葬送の感情の中で」と記された葬送曲。
印象的なのは終わり方で、4人がバラバラに終えるのが見所・聴きどころ。まずチェリストが堂々と役目を終えると、更に2人のヴァイオリンが消え入るように終わる。一人残ったヴィオラは千鳥足でふらつくような音楽を奏で、「弦楽四重奏の未来について、まるでメンバーの1人1人が異なった意見を持っているように消えていく」のでした。
野平先生同席の下で、ということではありませんが、この日私の琴線に最も響いたのが野平作品でしたね。因みに楽譜は Lemoine という出版社から刊行されていて、ネットで買うこともできます。第5弦楽四重奏曲は静岡音楽館AOIの委嘱で、2015年11月14日に東京・石橋メモリアールホールでAOIレジデンス・クァルテット(松原勝也、小林美恵、川本嘉子、河野文昭)によって初演されました。
20分の休憩で後半。その最初に事件というか、ハプニングが起きました。ハースの弦楽四重奏曲第2番が演奏されたのですが、飛んだハース違い。実はチラシでも当日のプログラムでも、パヴェル・ハースの第2番が演奏されると案内されていたのですが、音楽が鳴り出すと、どうやら違うのでは、と気が付いた方が何人かおられました。私も当夜出会った知人に“今日のプログラムで一番聴き易いのはハースでしょう。特に終楽章はリズミックで楽しめますよ”と囁いていたほど。それが冒頭、チェロの最低音弦がガツンと持続音を鳴らした時、アレッ、と思った本人でもあります。
コンサート終了後に笑い話のように聞いたのは、当初アルディッティが指定してきたのは、単に「ハースの2番」。室内楽に詳しい開催者側はハースと言えばパヴェル・ハースの2番と思い込んだのが間違いの始まりでした。彼らが来日してからプログラムを見せて確認しても、これで間違いないと念を押された由。おいおい、そんなことってあるのか。と言っても今更遅い。アルディッティの面々は知らぬ顔で「ゲオルク・フリードリッヒ」ハースの2番を演奏し終えました。例えばナクソスのNMLで「ハース」を検索すると10人も出てくるほど。ハース選びに難儀した方も多いでしょう。
ということで解説にも無かったゲオルク・フリードリッヒ・ハースは、野平氏と同い年の1953年生まれで、オーストリアのグラーツ生まれ。野平氏は5月5日、ハースは8月16日が誕生日ですから、ハースは3か月ほど野平氏の後輩に当たります。弦楽四重奏曲は、確か現在まで番号付きのものが8番まであると思いますが、今回紹介された第2番は1998年の作品で、同年3月24日にウィーン・コンツェルトハウスで、ハーゲンQによって初演されています。
作品は単一楽章、4本の楽器が奏でる持続音が近づいたり、離れたり。ほとんど一つの音塊となって押し寄せてくる音楽で、この日最も難解な作品と聴きました。何処で終わったのか判らないような音楽で、アルディッティも苦笑しながら、これで終わったよ、とほほ笑んでいたのが印象的。
出版はユニヴァーサルで、この曲はペルーサル・スコアとして全曲無料で閲覧できますので、ナクソスNMLで音源、ユニヴァーサルのホームページでスコアを見ながら復習することが可能です。ぜひお試しを。
いよいよ最後、デュサパンの5番です。フランスの作曲家デュサパンは、この日取り上げられた作曲家では最も若い1955年生まれ。クセナキスの弟子らしく、極めて難解な単一楽章作品。様々なテクニックを駆使した内容で、聴き慣れない音たちが飛び交います。特に4人がほとんど聴こえないような弱音で細かく動き回る箇所が印象的。ここは一度聴いたら忘れられません。
これまたアルディッティQによって初演された作品で、譜面を見るとサミュエル・ベケットの「メルシエとカミエ」という詩?が引用されており、冒頭と最後のほか、音楽のあちこちに詩の引用が書き付けてあります。これは今回の解説では一切触れられていませんでしたので、敢えて紹介しました。フランス語ですから小生にはチンプンカンプン。ベケットという詩人についても調べていません。
楽譜はサラベール社から出版されていますが、有料楽譜閲覧サイトの nkoda で配信されています。私はNMLでアルディッティの演奏、nkoda でサラベールの譜面を見ながら予習しました。
以上長くなりましたが、超絶技巧と斬新な音響に身を委ね、最前衛のアルディッティを堪能したサルビアホールでした。
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