サルビアホール 第125回クァルテット・シリーズ

先週シーズン37が終了したばかりの鶴見サルビアホールのクァルテット・シリーズですが、僅か5日後の18日、早くもシーズン38がスタートしました。このシーズンは、今年開催される大阪国際室内楽コンクールに因み、優勝団体を招く回が2回も含まれています。この日のべネヴィッツも2005年の優勝団体で、このシリーズとしては5回目に当たっています。
べネヴィッツがサルビアホールに登場するのは、2017年9月(第83回)に続いて2回目。颯爽と登場した黒の4人組を見てあの時のことを思い出しました。今回も国柄を反映してチェコの作品から始めます。

クラーサ/主題と変奏
スメタナ/弦楽四重奏曲第2番ニ短調
     ~休憩~
ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第15番イ短調作品132
 べネヴィッツ・クァルテット

メンバーは前と変わらず。その時にホームページも紹介しましたから、併せてご覧ください。感想に入る前に、前回は紹介しなかった団体名に付いて触れておきましょう。
メンバーの中にべネヴィッツという名前はありません。実はスメタナQ、ヤナーチェクQなどと同じで、チェコを代表する過去の偉大な音楽家の名前を付しているのですね。

そのべネヴィッツという人物は、世代からいうとスメタナとドヴォルザークの丁度真ん中に位置していて、スメタナより9歳年下、ドヴォルザークより8歳年上に当たります。アントニン・べネヴィッツ Antonin Bennewitz (1833-1926) と言い、ヴァイオリンの名手で指揮者、教育者でもあった方。ヴァイオリニストとしては、スメタナがピアノ三重奏曲を初演した際に、ピアノのスメタナ本人と共にヴァイオリンのパートを弾いていました。
ですから今回のプログラムにスメタナがあるのは、べネヴィッツQとしては先人への敬意でもありましょう。因みにアントニン・べネヴィッツは弦楽四重奏団も組織していて、その名もずばり「べネヴィッツ・クァルテット」。昨日鶴見で聴いたべネヴィッツQは、二代目の団体ということでもあります。

指揮者としては、現在でもプラハ音楽界の中心であるルドルフィナムというコンサートホールが1885年に創建された時、そのオープニング・コンサートを指揮したのがべネヴィッツその人でした。
また教育者としてはプラハ音楽院の学長に就任しており、べネヴィッツの後任がドヴォルザークだったんですね。我々はこうした人物を見落とし勝ちですが、チェコの音楽家にとってべネヴィッツという名前は極めて大きい存在であるということを、この際肝に銘じておきましょう。

ということで改めて前半の曲目を見ると、現代のべネヴィッツQの目指すところが見えてくるじゃありませんか。
最初に演奏されたハンス・クラーサ Hans Krasa (1899-1944) は、鶴見初登場の作曲家。没年、年若くして亡くなったことから想像できるように、テレージェンシュタットの音楽家。テレージンでは生き延びましたが、アウシュヴィッツに送られた当日、ガス室に送られたという悲劇の作曲家でもあります。

プラハで生まれ、父はチェコ人の弁護士、母はドイツ人。プラハ・ドイツ音楽アカデミーでツェムリンスキーに学び、後にパリで私的にルーセルに就いて学んでもいます。卒業作品のオーケストラ曲が高く評価されましたが、ユダヤ系であったためテレージンに収容されます。ここで子供たちによって初演されたオペラ「ブルンジバル」(マルハナバチの意味)は、何と55回も上演されたそうな。
今回べネヴィッツが取り上げた主題と変奏は、弦楽四重奏のためのオリジナル作品。残された手書きの遺稿を作曲家の妹アダ・クラーサ・ロヴィット、ハンス・クラーサ・メモリアル・ファンド、イスラエルにあるテレージン・ミュージック・メモリアル・プロジェクトが整理・校訂し、ボーテ&ボック社が出版して演奏することが可能になった佳曲です。

テーマはクラーサの自作。未だ自由に作曲活動を行っていた1935年に、アドルフ・ホフマイスター Adolf Hoffmeister (1902-1973) の戯曲「Youth at play」(プレイ中の青春?)のために書いた作品の中で歌われ、当時大ヒットしたアンの歌というもの。クラーサはこのテーマが気に入っていたようで、同じ主題を使って「チェンバロと7つの楽器のための室内楽」も作曲しているほどです。
主題と変奏はテレージン時代以前の作品ですが、初演はテレージンだったということがスコアの序文で紹介されています。

作品は♭一つ、つまりヘ長調で始まってヘ長調で終わるようにも読めますが、主題そのものも直ぐに半音が登場し、これに続く6つの変奏も度々転調していきます。しかしクラーサは無調などの手法には反対しており、メロディックで、ある意味聴き易いともいえるでしょう。
第1変奏 Allegretto 、第2変奏 Allegro と続き、第3変奏 sehr ruhig では弱音器を付けた8分の6拍子による子守歌風。第4変奏 Bewegt ではピチカート、グリッサンド、スル・ポンティチェロ、フラジォレットなどの特殊奏法も繰り出されます。第5変奏 Quasi Fantasia (sehr ruhig) はチェロからカノン風に始まり、ffff の最強音でクライマックスを形成。第6変奏が Finale (Bewegt) で、prestissimo を経て sehr ruhig に至り、ヘ長調?の和音で静かに閉じられるという構成。
べネヴィッツはこの作品をレコーディングしているだけあって、クラーサへの思い、自国の作品に対する愛情が手に取るように聴き取れます。特に第5変奏での集中力、音圧の凄まじさは圧倒的でした。

拍手に応えた彼ら、そのまま着席してスメタナへ。有名な「わが生涯より」ではなく、より短く、四つの楽章がエッセイ風な第2番を取り上げたのも特徴。とは言ってもこの第2、鶴見では人気作品の一つで、これまでも2012年にブラジャークが、去年はウィハンも演奏しており、何と3回目となります。何れもチェコを代表する団体で、弦の国の音楽家にとって特別な愛着がある作品なのでしょう。
ここでもべネヴィッツの磨き抜かれた解釈、パワーと推進力、前回も譬えたように肉食系の逞しさが漲るスメタナを堪能しました。

後半は、アニヴァーサリー・イヤーに敬意を表してのベートーヴェン。5日前に作品131を満喫したばかりですが、この日は作品132。ベートーヴェンに付いてはドイツも日本もなく、ましてやチェコでもなくインターナショナルな大傑作ではありますが、そこはそれ。やはり先日の131とこの日の132には微妙な違いがあったようです。
前半の演奏と同じレヴェルではありますが、個人的にはクラーサやスメタナほどの説得力には欠けていたように感じましたがどうでしょうか。もちろん感動の質、という微妙な段階での感想です。

もちろんありますね、アンコール。セカンド・シュテパンが告げたのは、“エルヴィン・シュルホフの弦楽四重奏のための5小品から、第4楽章アラ・タンゴ・ミロンガ”。
これまた個人的な好みですが、ベートーヴェンから解放されたチェコ作品に寄せる愛情の発露。冒頭クラーサと同じユダヤ系テレージェン音楽のダイナミズムに息を呑みます。これだけで聴衆は満足せず、“同じ曲の第5楽章、アラ・タランテラ”も。
ところでシュルホフの同曲、やはり鶴見では定番で、2014年にはヘンシェルが、2018年にもヴォーチェが全曲をプログラム本編で紹介しています。5つの楽章に付けられたタイトルが全てアラ Alla 、つまり何々風で統一されているという面白い作品で、アンコールにもピッタリと言えましょう。
べネヴィッツも前記クラーサと同じCDに録音していて、この盤にはテレージェンの作曲家ウルマン第3とパーヴェル・ハース第2もカップリングされていますから、べネヴィッツで一枚と言えば、文句なくこのCDがお勧めです。

今回の日本ツアー、このあとは懐かしの大阪(ザ・フェニックスホール)、名古屋(宗次ホール)と回り、24日の静岡で締められるようです。
静岡と言えば、この日の会場で忙しく走り回っているイジー・ローハン氏の姿を見かけました。ローハンと言えば前回のべネヴィッツ、ドヴォルザークの弦楽五重奏曲でコントラバスとして参加して名演奏を披露された方。チェコの団体が来るたびに裏方を快く引き受けられているようで、日本茶のソムリエでもあります。何時だったか勇気を奮って“今年の新茶の出来はどうですか?” と声を掛けたところ、ペラペラの日本語で気さくに応じてくれましたっけ。今回は慌ただしかったので声は掛けませんでしたが、皆さん、ローハン氏の姿を見かけたらお茶の話題を持ち掛けてみては如何? 彼のコントラバスとべネヴィッツの共演、また聴いてみたいな。

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