ウィーン国立歌劇場アーカイヴ(34)
今日は「ニーベルングの指環」の合間を縫うように配信されているドニゼッティの喜劇「ドン・パスクワーレ」を取り上げましょう。
実はこの演目、別キャストによる公演が5月14日にも放映されていて、二通りの歌手たちによる競演が楽しめました。もちろん同じ演出で指揮者は異なり、4人の主役の内タイトル・ロールでもあるドン・パスクワーレとノリーナは両公演で共通しています。14日配信のものは2016年4月21日、今日(5月17日)楽しめるのが2016年10月31日の公演。同じ年の出し物でしたが、シーズンは異なります。最初にキャストを列記しておくと、
5月14日配信
「ドン・パスクワーレ」(2016年4月21日の公演)
ドン・パスクワーレ/ミケーレ・ペルトゥージ Michele Pertusi
ノリーナ/ヴァレンチナ・ナフォルニツァ Valentina Nafornita
エルネスト/フアン・ディエゴ・フローレス Juan Diego Florez
マラテスタ/アダム・プラチェツカ Adam Plachetka
公証人/ヴォルフラム・イゴール・デルントル Wolfram Igor Derntl
指揮/エヴェリーノ・ピド Evelino Pido
5月17日配信
「ドン・パスクワーレ」(2016年10月31日の公演)
ドン・パスクワーレ/ミケーレ・ペルトゥージ Michele Pertusi
ノリーナ/ヴァレンチナ・ナフォルニツァ Valentina Nafornita
エルネスト/ドミトリー・コルチャック Dmitry Korchak
マラテスタ/アレッシオ・アルドゥイニ Alessio Arduini
公証人/ミハイル・ドゴターリ Mihail Dogotari
指揮/フレデリック・シャスラン Frederic Chaslin
演出以下の顔ぶれは、
演出/イリーナ・ブルック Irina Brook
舞台装置/ノエル・ジネフリ=コーベル Noelle Ginefri-Corbel
衣装/シルヴィー・マーチン=ヒズカ Sylvie Martin-Hyszka
振付/マーチン・バツコ Martin Buczko
照明/アルノー・ユング Arnaud Jung
となっています。
ご覧になって直ぐ判るように、話を思い切り現代に置き換えた舞台で、開幕前からカーテンが上がっています。何やらバーかキャバレーのようなフロアーに酔客たちがたむろし、踊っている男女も。序曲が演奏されている間に店が閉店となり、嫌がる客たちを二人の従業員が慌ただしく追い出して後片付けを済ませたところから第1幕が始まります。
そう、ドン・パスクワーレはバーの経営者で、医者のマラテスタは鍼灸師という設定でしょう。
ドニゼッティのオペラの中では「愛の妙薬」と並んで良く上演される喜劇ですから、ここでストーリーを解説するまでもありますまい。好色老人ドン・パスクワーレを懲らしめるべく、若き恋人たちが一芝居打つコメディーが始まります。
何も舞台を現代に置き換えるまでもあるまい、と最初は思いますが、演出家も歌手たちも思う存分ドニゼッティの現代化を楽しんでいることに気が付きました。これを見てしまうと、古典的・伝統的な演出が何とも退屈に感じられてしまうから不思議ですね。
フランスの演出家イリーナ・ブルックは、実はピーター・ブルック(高松宮殿下記念世界文化賞受賞)の娘だそうで、オペラとしてだけでなく演劇的な視点にも拘った演出になっていると見ました。例を挙げれば、いくつかある登場人物単独のアリアでも、歌手が一人登場して棒立ちで歌う、というような昔ながらの振付では断然ありません。
第1幕冒頭でドン・パスクワーレが歌う場面では古参の使用人相手に演説を打つし、場面が代わってノリーナが歌うカヴァティーナ(第3番)では、女中(Kammerfrau)がノリーナの着替えを手伝っている。
また第2幕冒頭、エルネストが将来を悲観して歌うアリア(第5番)では、伴奏のトランペット奏者(ゲルハルト・ベルントル Gerhaed Berndl)が楽器を吹きながらエルネストを慰める役としても演技するという具合。
つまりアリアには必ず共演者(?)が同道していることで、陳腐になり勝ちなオペラに演劇的要素を加え、見るものを飽きさせない工夫が凝らされていると思いますね。さすがピーター・ブルックの娘さんだけのことはある。
ということで、歌手陣も演出を夫々に楽しみながら工夫しているのが判りました。特に極端だったのは最初に配信された公演でエルネストを歌ったフローレスで、第3幕で浮気を装ってノリーナを呼び出す合唱付きのセレナータ。一般的な演出では舞台裏でコーラスを伴いながら歌う場面ですが、ブルック演出では桁外れの派手さで朗々と歌い上げる。そのロックスターを思わせる「振り」には爆笑してしまいましたワ。
これ、些かやり過ぎじゃないのと思われるかもしれませんが、これこそフローレスのキャラであり、ウィーンの客席は沸きに沸いて拍手喝采が何分続いたことか。
対してコルチャックのエルンストは真面目、というか彼の性格なのでしょう。極めて純情、かつ誠意を込めてノリーナに歌い掛けます。二人の名テナーによる歌比べ、夫々に味があって同じ演出ながら一粒で二度美味しいドン・パスクワーレを楽しみました。
プラチェツカとアルドゥイニのマラテスタ共演も味わい深いもの。以前に配信された「愛の妙薬」では、同じ公演でプラチェツカがドゥルカマラを、アルドゥイニがベルコーレを歌っていましたっけ。あの公演を見た方は、今回のマラテスタ比べが一層興味深く楽しめたことでしょう。
ドン・パスクワーレのペルトゥージはイタリアの名バス歌手で、本国イタリアだけではなくロンドン王立歌劇場やニューヨークのメトロポリタン歌劇場でも引っ張り凧。ロッシーニ、ドニゼッティ、ベルリーニでは欠かせない存在で、そのコミカルな演技はカーテンコールでも十二分に発揮されていました。(17日配信分では客席から投げ入れられた花束を見事にキャッチ!)
両日ともコケティッシュにノリーナを歌い演じたナフォルニツァは、モルドバ出身のベルカント。ウィーン国立歌劇場のアンサンブル・メンバーでもあり、これまでも「真夏の夜の夢」「フィデリオ」「ナクソス島のアリアドネ」などで素晴らしい歌を披露してくれました。モルドバでは福祉活動にも積極的だとのこと。
大いに楽しませてもらった「ドン・パスクワーレ」ですが、偶然にも現在新国立劇場の巣篭りシアターでも無料配信中。こちらはステファノ・ヴィツィオーリの比較的オーソドックスな演出ですが、ウィーンの「シンデレラ」でもお馴染みのマキシム・ミロノフがエルンストを歌っています。ウィーンと見比べてみるのも一興でしょう
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