ウィーン国立歌劇場アーカイヴ(53)

6月も半ばとなり、ウィーン国立歌劇場のアーカイヴ配信も残り半月となりました。6月後半はヴェルディ週間とも呼べるほどに巨匠の名作が続きますが、今日15日はヴェルディの事実上の出世作となった「ナブッコ」が配信されています。「ナブコドノゾール」が正式のタイトルですが、初演から大ヒットとなったためにナブッコと短く呼ばれて定着しました。
1842年3月9日、ヴェルディ29歳の時にミラノ・スカラ座で初演。面白いのは、この翌年の1月2日にドレスデンでワーグナーの「さまよえるオランダ人」が初演されていること。オランダ人の初演はワーグナー30歳の時と解説されることが多いようですが、ワーグナーは5月生まれですから、ヴェルディのナブッコと同じ作曲者29歳の時だったんですねェ~。1年以内に同年生まれの二大巨匠の出世作がほぼ同時に日の目を見た、と想像するだけで楽しくなってしまいます。

以上が前置き、今回の配信は2017年2月11日の公演とクレジットされていて、キャストは以下の通りです。

ザッカリア/ロベルト・タリアヴィーニ Roberto Tagliavini
ナブッコ/レオ・ヌッチ Leo Nucci
イスマエレ/ブロール・マグヌス・テーデネス Bror Magnus Todenes
アビガイレ/アンナ・スミルノヴァ Anna Smirnova
フェネーナ/イルセヤー・カイルロヴァ Ilseyar Khayrullova
ベル教の大司祭/ソリン・コリバン Sorin Coliban
アブダーロ/ベネディクト・コーベル Benedikt Kobel
アンナ/カロリーネ・ウェンボーン Caroline Wenborne
指揮/グリエルモ・ガルシア・カルヴォ Guillermo Garcia Calvo
演出/ギュンター・クレーマー Gunter Kramer
舞台/マンフレード・ヴェス、ペトラ・ブッフホルツ Manfred Voss, Petra Buchholz
衣装/フォルク・バウアー Falk Bauer
照明/マンフレート・ヴォス Manfred Voss

このオペラ、通常の「幕」ではなく「部」と表記された4部分で構成されていますが、慣例により第2幕と第3幕の間に休憩が置かれていました。
序曲が始まって間もなく、クラリネットとファゴットが懐かし気なメロディーを奏し始めるアンダンティーノに移るところで幕が開き、舞台上手のスペースで何人もの子供たちが遊具で楽しそうに遊んでいる様子が演じられます。このパントマイムのような小芝居が何を意味するのかは不明ですが、序曲がアレグロに変わると再び幕は下り、通常の第1幕(正しくは第1部か)が開きます。

幕が開いて最初の合唱、紗幕に古代文字が書かれていく様子が照明を使って映し出されるのですが、古代エジプトらしき演出は恐らくここだけ。人物たちは今風の衣装、特に男性は皆背広にネクタイという姿で登場してきます。
古代に題材をとったオペラでは定番の神殿、偶像なども一切置かれておらず、舞台上手スペースと下手スペースに僅かな小道具が設置されているだけ。全4部とも同じ舞台で演じられているシンプル、というか象徴的なステージが特徴と言えましょう。
最初は違和感を抱きながら見ていましたが、途中で上手の遊具類は過去の楽しかった思い出・平和を現し、一方の下手スペースは対称となる権力・戦争を意味する一角か、と思い当たりました。

冒頭の黙劇、古代文字の映像、象徴的な舞台に暫くは馴染めませんでしたが、後半の第3部からは漸く演出の意図が分かってきたようにも思えます。(本当のところは判りませんが)
つまり第2部の最後で傲慢になったナブッコが雷に打たれて天罰が下る、とされるシーン。どうやらこれはナブッコが脳卒中を起こしたということで、第3部以降は右手が麻痺し、痴呆症も進行している様子。古代においては天罰とか神の祟りと思われていたものが、実際は病気であったり自然現象であることが現代科学によって解明された、という解釈でしょうか。そのナブッコが、第4部では信仰の賜物かリハビリの効果か、回復して善王として君臨するという、言わばコメディーにも思えてきたのでした。

一旦そのように納得すると、大御所レオ・ヌッチ演ずるナブッコは誠に人間的で、見事な演技だと気付きます。登場人物たちの平服も自然に見えてきますし、ヌッチさんなんて自前の服装で歌劇場に出勤し、そのままの衣装でホテルに戻れるんじゃないかと笑えてきましたね。
ナブッコと言えば第3部の有名なメロディーに限らず合唱のオペラで、以降の名作に比べれば直ぐに思い出せるようなシーンはほとんどありません。毎年「ナブッコ」を見なければ生き甲斐もない、という人は稀でしょう。その意味では、新たな視点が楽しめたクレーマー演出と評価しましょう。

最後にこのオペラ、随所に舞台上(裏)のオーケストラが活躍しますが、ピットに入る歌劇場オーケストラとは別に舞台上管弦楽団を所有しているのは世界広しといえど、ウィーン国立歌劇場だけだそうですね。先日現地でのみ配信されていたドキュメント映像で知りました。ドン・ジョヴァンニのように実際に舞台に「出演」する作品もありますが、多くはナブッコのように縁の下の力持ち的存在。良い機会なので紹介した次第。

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