ウィーン国立歌劇場アーカイヴ(55)
ウィーン国立歌劇場アーカイヴ・シリーズ、6月後半のヴェルディ週間に挟まれるように、スラヴ系オペラが配信されています。昨日の仮面舞踏会と明日のシモン・ボッカネグラの間には、ヤナーチェクの奇談に基づくオペラ「マクロプーロス事件」が放映中。滅多に体験できない機会ですから、是非ヤナーチェクの不思議な世界を味わってください。
なおヤナーチェク作品は、シモン・ボッカネグラの後に「カーチャ・カバノヴァ」も配信されますから、併せてご覧ください。
今回の舞台は2015年12月20日、年も押し詰まった頃に上演された公演で、配役は、
エミリア・マルティ(高名なオペラ歌手)/ラウラ・アイキン Laura Aikin
アルベルト・グレゴール(相続案件の依頼人)/ルドヴィート・リュドハ Ludovit Ludha
コレナティー博士(弁護士)/ヴォルフガング・バンクル Wolfgang Bankl
ヴィテク(弁護士の助手)/トーマス・エベンシュタイン Thomas Ebenstein
クリスティーナ(ヴィテクの娘)/マルガリータ・グリツコヴァ Margarita Gritskova
ヤロスラフ・プルス(遺産相続人でグレゴールと抗争中)/マルクス・マルカルト Markus Marquardt
ヤネク・プルス(ヤロスラフの息子でクリスティーナと恋仲)/カルロス・オスナ Carlos Osuna
老伯爵ハウク・センドルフ/ハインツ・ツェドニク Heinz Zednik
オペラ座の舞台技術者/マーカス・ペルツ Marcus Pelz
掃除婦/アウラ・ツヴァロフスカ Aura Twarowska
女中/イルセヤー・カイルロヴァ Ilseyar Khayrullova
指揮/ヤクブ・フルシャ Jakub Hrusa
演出/ペーター・シュタイン Peter Stein
舞台/フェルディナンド・ヴェーゲルバウアー Ferdinand Wogerbauer
衣装/アンナマリア・ハインライヒ Annamaria Heinreich
メーキャップ/セシル・クレッチュマー Cecile Kretschmar
照明/ヨアヒム・バース Joachim Barth
初めてご覧になる方も多いと思われますので、役名の後に()書きで身分等も紹介しておきました。俄かには信じられないようなストーリーですので、予め筋書きを頭に入れておかないと混乱必至。加えて今回の配信では日本語字幕がありませんので、余計に予習が必要でしょう。ドイツ語が得意な方はドイツ語字幕を、そうでない方は英語字幕で何とか付いて行けるかと思われます。
ここで詳しいストーリーを紹介するわけにはいきませんが、マクロプーロス「事件」というのは、1827年に生じたヨゼフ・フェルナンド・プルス男爵の相続問題のこと。従って事件というより相続「案件」と表記する方が適切かも。更にはこのオペラの主役であるオペラ歌手エミリア・マルティの素性に関する秘密が重要な鍵でもあることから、「マクロプーロスの秘密」と和訳する向きもあるようですね。
1827年の相続問題は、子供が無いまま亡くなった故男爵の父方であるプルス家と、母方に当たるグレゴル(綴りは McGregor)家が互いの主張を譲らず、オペラの舞台である1922年になっても係争中という設定。係争を扱っているのがコレナティー法律事務所で、所長のコレナティーと助手のヴィテク、その助手の娘とプルス家の御曹司が恋仲という複雑さ。問題のエミリア・マルティーが何故か95年前の相続についても詳しい、というからややこしい。
種明かしをしてしまうと、エミリア・マルティーは本名をエリナ・マクロプーロスと言い、何と1585年生まれの337才。とうてい他の登場人物たちは本気にしませんが、その身の上話を告白するうちに、彼女の名前の頭文字である「E・M」が世代を超えた関係者と共通し、その筆跡も一致。最後は彼女の長生きの秘密が語られますが、長寿を実現させた薬の処方箋が焼かれることにより、主人公の死と共に幕切れを迎えるというオペラです。
却って混乱された方も多いでしょうが、先ずはオペラを見てください。ヴェルディとは相当に異なるオペラの世界に驚かれること間違いなし。
実は「マクロプーロス事件」は日生劇場で上演されたことがあり、私も実際の舞台を体験しました。2008年11月のことで、この時は「マクロブロス家の事」というタイトル名、鈴木啓介演出、クリスティアン・アルミンク指揮。プログラム誌もしっかり保存していて手元にもありますが、オペラそのものがどんなであったか、殆ど思い出せません。恐らく奇抜なストーリーに狼狽して記憶が抜け落ちてしまったのでしょう。
従ってその時の舞台と比較することもできませんが、今回のシュタイン演出は実にリアル。第1幕の法律事務所、第2幕のオペラ座の舞台裏、第3幕のホテルの一室も見事な舞台装置によって実現されています。特に第1幕の法律事務所内はさもありなん。100にも亘って引き継がれてきた法律案件を扱う老舗事務所の執務室が見事に再現されています。
オペラの幕切れ、いよいよ「E・M」の寿命が尽き、337才の老女が姿を現すときのメークがまた見もので、タイトル・ロールに態々メーキャップ・アーティストの名前が挙がっているのにも納得しました。
オペラそのものは全3幕とは言いながら2時間も掛かりません。第2幕と第3幕の間に休憩がありましたが、ここはいつもの配信同様に編集されています。
ウィーンはこれまでもヤナーチェク作品を積極的に取り上げており、巨匠チャールス・マッケラスが続々とオペラ全曲を録音してきました。マッケラスの業績はユニヴァーサル出版社(これまたウィーンの出版社)に結実し、今回の「マクロプーロス事件」も次の「カーチャ・カバノヴァ」も同社のペルーサル・スコアによって全曲の総譜が閲覧できるという有難い時代になっています。
ウィーンではクラウディオ・アバドも「死者の家から」を上演し、それも映像化されていたと記憶します。そのオペラにも出演していた筈のハインツ・ツェドニクが、今回も老伯爵として矍鑠たるところを見せてくれていますし、エミリア・マルティを歌ったアメリカのソプラノ、アイキンを初めとする歌手たちにも盛大なブラヴォ~を贈りましょう。そのアイキン、オペラ終了時は337才の老女として一人カーテンコールを受けましたが、このあと個別のカーテンコールではオペラ歌手「エミリア・マルティ」の衣装で登場。これまた見逃せない見所の一つですね。
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