真夏のバッハ(オンライン)

ミューザ川崎シンフォニーホールにはパイプ・オルガンが備えられており、毎年のフェスタサマーミューザでもオルガンによるコンサートが組まれてきました。残念ながら私はこれまで一度も経験していませんでしたが、今年は全公演がライブ配信され、しかも配信セット券が格安の価格で販売されていたからこそ、今回のオルガン・コンサートも聴くことができたのです。コロナならではと言えましょうか。
私が演奏会に出掛けるようになった当時、東京のオーケストラの会場は日比谷公会堂と落成したばかりの東京文化会館がメインでした。日比谷も上野もパイプ・オルガンは無く、例えばサン=サーンスの第3交響曲、リヒャルト・シュトラウスのツァラトゥストラやアルプス交響曲、ホルストの惑星などを聴いてはいたものの、本当の意味でオーケストレーションを満喫できたわけではありません。N響にしても読響にしても、オルガン・パートはハルモニウムで代用していたと思います。

ところがパイプ・オルガンを装備したNHKホールやサントリーホールが開場し、事態は変わります。上記の名曲も初めて本当の響きが体験できるようになり、当初は本格的なオルガンを聴くために作品目当てでチケットを買ったものでした。
ところが悲しいかな、若い頃にオルガン体験が無かったため、オルガンによるコンサートには二の足を踏んできたのが正直なところ。そもそもオルガンは設置されている教会やホールと一体になったもので、現地に行かなければ聴くことが出来ません。幸いレコードやCDに優れた録音があったので、バッハのオルガン作品は専ら家庭で楽しんできました。という言い訳で、8月9日にライブ配信されたのは、

《オール・J.S.バッハ・プログラム》
トッカータとフーガニ短調BWV565
目覚めよと呼ぶ声ありBWV645
フルート・ソナタ変ホ長調BWV1031から第2楽章シチリアーノ
主よ、人の望みの喜びよ(カンタータ第147番から第10曲)
幻想曲とフーガト短調BWV542
カンタータ第51番から第1曲アリア「全地よ、神に向かいて歓呼せよ」
     ~休憩~
アンナ・マグダレーナ・バッハの音楽帳から「ただあなたが共にいてくだされば」
ヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタ第3番BWV1029から第1楽章
無伴奏チェロ組曲第1番ト長調BWV1007から第3曲クーラント(サクソフォン・ソロ)
装いせよ、おお愛する魂よBWV654
前奏曲とフーガ変ホ長調BWV552「聖アン」
 パイプ・オルガン/椎名雄一郎
 サクソフォン/長瀬正典
 ソプラノ/天羽明惠

コンサートに先立って行われたプレトークは、ホールオルガニストの大木麻里氏とオルガン制作者でミューザのオルガンをメンテナンスされている横田宗隆氏。横田チームのアシスタント二人がオルガンの裏側に上って映像を送ってくれるという、貴重な経験も出来ました。専門的な用語などは覚えられませんでしたが、そこはアーカイブ配信がある有難さ。これから何回も視聴して復習したいと思います。

コンサート本編も椎名氏が解説を挟みながら進められ、意外な共演者・サクソフォンの長瀬氏も楽器に付いて紹介してくれました。思えば、オルガンもサクソフォンもリードを震わせて音を出すわけですから、同じ木管楽器と言えなくもない。実際、この二つの楽器は相性が良く、そのことはプログラムに椎名氏自身が解説を書かれています。
また、欧米ではオルガンのコンサートが行われるのは真夏が多いのだとか。確かに暖房装置など無い教会では、冬のオルガン・コンサートは耐えられないでしょう。初めて知りました。単に「真夏のバッハ」とはサマーミューザが作ったキャッチコピーじゃないんですね。

この二人にソプラノの天羽氏を加えたバッハづくし。サブタイトルに「鍵盤、管、声の三位一体」と銘打ってあることにも納得です。
作品については初歩の知識しかありませんので、演奏形態だけを紹介しておきましょう。

ホール奥に屹立しているオルガンは、パイプの下のメイン鍵盤と、これと連動した舞台上のリモート鍵盤とを使って演奏されます。最初の2曲はオルガン独奏曲。
バッハのBWV番号はジャンル別に振られていて、オルガン独奏曲は525から771まで。この中にはバッハが他の作品をアレンジしたものもあったり、偽作とされている曲もありますが、単純計算でも247曲はある計算。この日はその中から最初の2曲と前半の最後から二つ目の幻想曲とフーガ、それに最後の2曲の5曲だけが取り上げられたことになります。

3曲目のフルート・ソナタとカンタータからの楽章は、ソプラノ・サックスとオルガンの二重奏。何れも二つの楽器のためのアレンジによる演奏です。
ここで椎名は舞台に降り、リモート鍵盤に。この時間を利用して長瀬がサックスに付いて解説し、ソプラノを迎えた三位一体で前半を終わります。

後半はアンナ・マグダレーナ・バッハの音楽帳に納められた歌曲から。ここでは椎名が舞台上にもう1台置かれているポジティブ・オルガンを使用。もちろんこの楽器に付いても解説がありました。
曰く、構造はパイプ・オルガンと同じだけれど、パイプは楽器の中に納められていて、持ち運び可能なオルガン。据え置きパソコンとスマホの関係でしょうかね。

次のガンバ・ソナタは長瀬のテナー・サックスと、椎名のポジティブ・オルガンによる二重奏。これに続くチェロ・ソナタのサックス編曲では、長瀬が更にバリトン・サックスに持ち替えてのソロ。今回は3つのサイズによるサクソフォンも満喫できました。
サックス・ソロの演奏中にメイン鍵盤に駆け上った椎名、真夏のバッハの締め括りとしてバッハ晩年の傑作2曲を弾きました。椎名解説で最後の前奏曲とフーガは三位一体を表す作品であることを学びます。即ち調性が♭3つの変ホ長調であり、前奏曲もフーガも3つのテーマがある、と。

最後に3人がカーテンコールに応え、アンコールはカンタータ第208番、いわゆる「狩りのカンタータ」から第9曲のアリア(椎名はリモート鍵盤、長瀬はソプラノ・サックス)。
いろいろと勉強になった、そしてもちろん楽しい真夏のバッハでした。来年はナマで聴こうかな。

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