日本フィル・第727回東京定期演奏会
1月15日、今年最初のオーケストラ公演を聴いてきました。首都圏の1都3県で二度目の緊急事態宣言が実施されたのが、確か1月8日。当初コンサートの開催そのものが危ぶまれていましたが、今回は前回ほどのパニックにはならず、企画されていた公演はほぼ予定通り開催されるようです。
当面2月7日までの1か月間、演奏会などのイヴェントは収容率50%以下、終演時間は午後8時という要請になっています。しかし余り報道されていないようですが、内閣官房とクラシック音楽公演運営推進協議会から、既にチケットが販売されている公演は終演時間などの制限の対象外とするという見解が出されました。
これをどう判断するかについてはホール、主催団体により対応にバラツキがあるようですね。あるオーケストラでは開演時間を1時間早めて午後8時に終演するとか、別のオケでは休憩時間をカットして8時までに終わらせてしまうとか。既にチケットが販売されているという点についても、例えばオーケストラの定期演奏会に付いては何か月も前に会員券を販売しているので対象外であることは間違いないでしょうが、同じ公演でも当日券に付いては対象となるでしょう。
ということで日フィルの1月東京定期に付いては、当日券や緊急事態宣言が発出された日以降の前売りを停止し、演奏会そのものは予定通り開催という判断だったかと思われます。
とはいえ、連日のテレビ報道しか見ていない善男善女の皆さんは事態を不安に感じ、定期会員であっても自粛と言う決断をされた方が少なからずおられたようです。
実際、いつもなら埋まっている筈の常連席にも空席が目立ち、当たり前だった演奏会風景も大きく様変わりしていました。見た目でも50%以下要件を満たしていることは明らか。二日目の土曜日はどうなるのでしょうか。
そんな中で聴いたプログラムは、以下のもの。
チャイコフスキー/ロココ風の主題による変奏曲イ長調作品33
~休憩~
マーラー/交響曲第1番ニ長調「巨人」
指揮/小林研一郎
チェロ/水野優也
コンサートマスター/木野雅之
ソロ・チェロ/菊地知也
「桂冠名誉指揮者」小林研一郎は、去年11月に続いての登場。前回は予定されていたインキネンが来日出来なかったためのピンチヒッターでしたが、1月は当初から指揮する予定だった回。但し、曲目は忘れてしまいましたが、当初発表の内容からは変更になっていました。
それでも、去年の春以来ほとんど聴く機会が奪われていたマーラーのシンフォニーが聴ける、という期待が高まります。
前半は、1998年生まれの若手チェリスト・水野優也を迎えてのチャイコフスキー。日本フィルに限らず、現在は海外演奏家の招聘が不可能なことを逆手に取って、日本が誇る期待の若手演奏家を続々と起用する動きがあるのは大いに歓迎すべきこと。今シーズンの日フィルでも9月にチェロの横坂源、10月がピアノの福間光太朗、12月にもピアノの吉見友貴と将来の日本楽壇を担っていく若手を紹介してきました。私のように日本のオーケストラに通うことが主食となっている人間にとって、協奏曲のソリストこそ新しい音楽家を発見する絶好のチャンスでもあるのです。
この日の水野もその一人。日本音楽コンクールの優勝者、日本各地の音楽祭出演などで既に多くのファンを持つ逸材ですが、私は目の前でその音楽に接するのは初めて。その瑞々しいチャイコフスキーに感心しました。
所謂ロココ・ヴァリエーションは、現在ではフィッツェンハーゲン版と呼ばれている楽譜で親しまれてきました。作品の献呈者でもあるフィッツェンハーゲンが初演の際にチャイコフスキーの許可も無いまま変更してしまったことは、今回のプログラム(曲目解説/齋藤弘美)でも詳しく触れられています。昨今では復元されたチャイコフスキーのオリジナル稿を取り上げる例もあるようですね。
水野/小林が選択したのは、慣例通りのフィッツェンハーゲン版で、小林は指揮台を用いず(但しスコアは見ながら)、オーケストラの楽員たちと同じ平面で演奏に加わる、というスタイル。編成も標準的な2管とあって、規模が大きい室内楽に徹していました。
演奏後、マエストロはソリストに寄り添い、アンコールを促しながら椅子に陣取ります。弾かれたのは、バッハ無伴奏チェロ組曲からサラバンド。いつか水野のソロ・リサイタルを聴く日が来るかもしれません。
20分の休憩を挟み、久し振りにナマで聴くマーラーの交響曲。大合唱を必須とする第2・3・8番などは現時点では難しいでしょうが、器楽のみの第1番はマーラー復活には相応しいもの。少し前までは時に煩くも感じられたマーラーでしたが、久方振りの大音響に、正直感動してしまいました。サントリーホールも、隅々まで響き渡るナマ音の振動に歓喜しているよう。
チラシには「我らがマエストロ小林 傘寿にして取り上げるマーラーの青春賛歌」という文言が踊っていましたが、いつも以上に若々しく、躍動感の溢れる巨人だったと言えるでしょうか。
コバケンの巨人を聴いたのはかなり以前のことでなので、改めて気付いた点を列記しておくと、
・11月定期ではチェロを右端に出す弦の配置でしたが、今回は日本フィル本来のヴィオラが右端に座るスタイルに戻されていました。
・弦の編成は、ソーシャル・ディスタンスに配慮して12型という小振りなもの。コントラバスは5本しかなかったと思います。その分弦楽器の奮闘が目立ち、各メンバーが120%の力演で応えていました。
・特にヴィオラ・チームが素晴らしい活躍で、この日の頭は今シーズンから正式団員に加わっているデイヴィッド・メイソン。彼がヴィオラの頭に座るのは、私が見た限りでは今回が初めてじゃないでしょうか。
・ティンパニは2組が必要ですが、もちろん首席エリック・パケラが1番で、2番は団友の森茂が懐かしい姿を見せてくれました。
・第1楽章冒頭の序奏部、遥か彼方からと指示された3本のトランペットは舞台裏で吹かれ、3回のファンファーレのあと舞台に登場する形が殆どだと思いますが、この日は3人とも舞台上の定位置で吹いていました。
・第1楽章提示部繰り返しは省略。
・第3楽章冒頭のコントラバス、最近ではコントラバス・チームのユニゾンと言う演奏もあるようですが、従来通りソロでの演奏。高山智仁主席がとりわけ見事なソロを聴かせてくれました。
・第4楽章のクライマックス、楽譜の指定通り練習番号56で7本のホルン(アシスタントも入れて8人)、5番トランペット、4番トロンボーンが立ち上がって吹きますが、次の練習番号57から最後までは残る金管楽器全員がスタンド・アップして吹くのはコバケン版。これが初めて巨人をナマで体験するファンにとてつもない衝撃を与えます。
・全曲最後のオクターヴ下降(レ・レ)の2拍目、ティンパニと大太鼓が決めの一発を追加するのもコバケン流。いつもならフライング・ブラヴォ~を誘発する箇所ですが、もちろん今回は熱い拍手のみ。
・カーテンコールが終わっても拍手鳴り止まず、着替え途中のマエストロを舞台に呼び戻す熱狂的な光景も見られました。読響などでは日常茶飯事ですが、大人しい会員の多い日フィルでは極めて珍しい風景でしょう。
以上、フル・オーケストラの大音量が炸裂する肉体的とも呼べる快感を味わいましたが、時差退場の最後としてホワイエに出ると、今や人気絶頂のピアニストS氏が同団理事長とにこやかに歓談している場面に遭遇。
そう言えばS氏は、今日のソリスト・水野優也とも共演していたことを思い出しました。確か日フィルの九州公演のソリストも務めていたはず。その九州公演、今年は開催できませんが、その代替公演が企画されているようです。テレビマンユニオンチャンネルでの配信も決まっているようですから、今年はそれで楽しむことにしましょう。
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